第二章 第二十六話 修理屋カイ
壊れたものを直す。
それは道具だけではなく、人が集まる場所も同じでした。
翌朝。
川辺の村は、朝から荷車の音で賑わっていた。
橋を渡る音。
積み荷を下ろす声。
川沿いを歩く商人達。
その少し奥。
リナの実家では、朝から木槌の音が響いていた。
「ここの床、やっぱり傷んでますね」
カイが床板を持ち上げる。
下の木材が少し腐り始めていた。
「水気かな」
ミレーヌが覗き込む。
「川近いからねぇ」
「全部交換します」
カイは手際よく寸法を測り始めた。
その動きに迷いがない。
釘。
木材。
補強位置。
必要数。
全部が頭に入っている。
リナはその様子を少し呆然と見ていた。
「……すごい」
「ん?」
「いや、もっとこう……」
リナは困ったように笑う。
「感覚でやってるのかと思ってました」
「感覚だけじゃ崩れますよ」
カイは苦笑した。
「人が泊まる場所ですし」
その言葉は、妙に安心感があった。
一方。
ミレーヌは厨房を確認している。
「釜はまだ使えるねぇ」
「棚は増やす」
「食材置き場も欲しい」
完全に女将の目だ。
エマは慌てながら後ろをついて回っていた。
「は、はい!」
「あと動線」
「料理運ぶ時、ここ狭いとぶつかるよ」
「あっ……!」
「覚えること多いですね……」
リナが少し青くなる。
ミレーヌは笑った。
「最初から全部できる女将なんていないよ」
「私だって昔は酷かった」
「ミレーヌさんが?」
エマが驚く。
「鍋焦がしたし、注文間違えたし、酔っ払いに水ぶっかけたこともある」
「最後はちょっと違う気が……」
カイが小さく笑った。
空気は穏やかだった。
木を削る音。
鍋を動かす音。
窓を開ける風。
小さな宿が、少しずつ形になっていく。
その頃。
リディアは再び森側へ出ていた。
今度は昨日より少し奥。
静かだった。
鳥の声すら少ない。
リディアは地面を見る。
昨日の轍。
さらにその先。
新しい跡。
「……増えてる」
荷車は複数。
しかも定期的に通っている。
隠す気配がある。
だが、完全ではない。
木の枝。
削れた石。
踏み固められた土。
注意深く見れば痕跡は残る。
リディアはゆっくり森の奥を見る。
その時だった。
微かに。
金属音。
「……」
リディアの目が細くなる。
遠い。
かなり遠い。
だが確かに聞こえた。
何かを運んでいる。
あるいは、組み立てている。
リディアはしばらく動かなかった。
今踏み込めば、何か見えるかもしれない。
だが。
「……今じゃない」
小さく呟く。
一人で確認する範囲を超えている。
静かに踵を返した。
戻る途中。
川辺の村の灯りが少し見えてくる。
そして聞こえる。
木槌の音。
人の声。
笑い声。
リディアはほんの少しだけ目を細めた。
守るべきものが増えている。
それを実感するには、十分だった。
村へ戻ると。
「リディアさん!」
エマが手を振っていた。
「見てください!」
入口横。
そこには、新しい木板が立てかけられている。
まだ文字はない。
「看板用です!」
カイが少し照れ臭そうに言う。
「最後に作ろうかと」
ミレーヌが笑う。
「宿は看板ついてからが本番だからねぇ」
夕日が、川を赤く染めていた。
小さな宿は、少しずつ“蒼月亭”になり始めていた。
今回は“修理屋カイ”回でした。
戦うだけではなく、「場所を作る」こともまた、この物語の大事な軸になっています。




