第二章 第二十五話 川辺の小さな宿
大きな街も、最初は小さな灯りから始まります。
それは宿屋も同じでした。
川辺の村へ着いた頃には、昼を少し回っていた。
川の流れる音。
橋を渡る荷車。
以前より増えた人の声。
その中を、リナは少し緊張した様子で歩いている。
「こっちです」
案内されるまま進んだ先。
村の奥側。
川沿いに、小さな家が建っていた。
「……なるほど」
ミレーヌがゆっくり周囲を見る。
二階建て。
古い木造。
だが骨組みはまだ生きている。
「昔は宿もやってたんです」
リナが言った。
「旅人向けに少しだけ」
「悪くないねぇ」
ミレーヌは素直に頷いた。
入口は古い。
窓も傷んでいる。
だが立地は良い。
橋から近い。
荷車置き場も作れる。
「一人で回すなら、ちょうどいい規模ですね」
カイは柱を軽く叩きながら言う。
「基礎も大丈夫そうです」
その言葉に、リナが少し安心した顔をした。
「直せますか?」
「十分」
カイは即答した。
「扉と床は直します」
「厨房も少し広げたいですね」
ミレーヌが中へ入る。
女将の目になっていた。
「導線悪くない」
「客席は少し減らして余裕作るか」
「部屋は二階で三つ……」
ぶつぶつ言いながら歩いていく。
カイは少し苦笑した。
「完全に仕事モードですね」
「宿屋は戦場だからねぇ」
ミレーヌは振り返らずに答えた。
その横で、リディアは静かに周囲を見ていた。
「……ここなら守りやすい」
ミレーヌが吹き出す。
「そこ基準なんだねぇ」
その時だった。
「リナ?」
外から声。
振り向くと、若い女性が立っていた。
栗色の髪。
村娘らしい服装。
「あ、エマ」
リナが驚く。
「帰ってきてたんだ!」
「ちょっとね」
少し話す。
どうやら幼馴染らしい。
「宿やるの?」
「うん」
リナはまだ少し緊張しながら頷いた。
「蒼月亭の暖簾分けって形で」
エマの目が丸くなる。
「えっ、あの蒼月亭!?」
「知ってるの?」
ミレーヌが聞く。
「最近すごく有名ですよ!」
エマは少し興奮気味だった。
「料理美味しいし、安全だし、冒険者も商人もみんな話してる」
ミレーヌは少しだけ照れ臭そうな顔をする。
「噂広がるの早いねぇ」
「そりゃ広がりますって!」
その時だった。
エマが少し迷うように口を開く。
「……人、足りてます?」
空気が少し止まる。
リナが目を瞬かせた。
「え?」
「その宿」
エマは少し緊張していた。
「私、働けます」
リナが驚いた顔をする。
「いいの?」
「最近、橋の方忙しいけど……」
エマは笑った。
「でも、宿増えるなら絶対必要だし」
ミレーヌは静かに二人を見ていた。
そして小さく頷く。
「悪くないねぇ」
「まずは二人」
「回せる規模から始めようか」
リナの表情が少しずつ変わる。
不安だけじゃない。
前へ進もうとする顔だ。
その頃。
リディアは一人、森側への道を歩いていた。
静かだった。
川辺の村側とは違う。
人の流れが急に減る。
やがて森近くの分岐へ着く。
リディアはしゃがみ込み、地面を見る。
轍。
複数。
しかも新しい。
深い。
「……重い荷」
静かな声。
さらに奥。
木の幹。
削れた跡。
荷車が無理やり通った痕跡。
しかも街道を避けている。
リディアはゆっくり周囲を見る。
森は静かすぎた。
魔物の気配も薄い。
「避けている……?」
小さく呟く。
その時。
風に混じって、わずかに臭いがした。
薬品。
以前と同じ。
魔物避け。
リディアの目が細くなる。
だが動かない。
今はまだ追う時ではない。
静かに状況を記憶し、来た道を戻る。
その頃。
川辺の村では。
カイが床板を外し始めていた。
木槌の音。
ミレーヌの指示。
リナとエマの笑い声。
小さな宿が、少しずつ形になり始めていた。
今回は“蒼月亭暖簾分け開始”と、“森側の不穏再確認”回でした。




