第二章 第二十三話 蒼月亭の暖簾
街が広がれば、人も育っていきます。
それは建物だけではなく、“受け継がれるもの”の話でもありました。
雨だった。
しとしとと降る雨が、完成した石畳を静かに濡らしている。
だが以前とは違う。
水は排水溝へ流れ、中央通りに泥はできない。
荷車も止まらない。
「……すごいにゃ」
ルナが屋根の下から通りを見ていた。
「前だったら地獄だったにゃ」
「止まらず通れるの、かなり大きいですね」
カイも少し感心したように石畳を見る。
商人達も驚いていた。
「揺れ少ねぇ!」
「荷崩れしにくいぞ!」
「車輪沈まねぇ!」
ロークは腕を組みながら鼻を鳴らす。
「これで修理減るといいんだが」
「減らないと思うよ」
ミレーヌが即答した。
「荷車自体増えてるし」
「だよなぁ……」
その時。
蒼月亭の中から、慌ただしい声が聞こえた。
「すみません! 四名様ご案内します!」
若い女性従業員が走っている。
茶色の髪を後ろでまとめた、小柄な女性だ。
「あの子、だいぶ慣れてきたねぇ」
ミレーヌが眺める。
「川辺の村の子でしたっけ?」
カイが聞く。
「そうそう。リナって子」
ミレーヌは笑った。
「最初は皿三枚割った」
「そんなに?」
「緊張で手震えてたにゃ」
ルナが笑う。
だが今の動きは悪くない。
客案内。
料理運び。
注文確認。
忙しい蒼月亭の流れについてきている。
その様子を見ていたミレーヌが、ふと口を開いた。
「……川辺の村、宿足りないんだよねぇ」
カイが顔を上げる。
「言ってましたね」
「うん」
ミレーヌは雨の向こうを見る。
「人の流れ、まだ増えるよ」
「橋補強したらもっと来る」
ロークも頷いた。
「止まらんだろうな」
少し静かになる。
その時。
「……あの」
後ろから声。
振り向くと、リナが立っていた。
「どうしたんだい?」
ミレーヌが聞く。
リナは少し迷った後、口を開く。
「川辺の村に、宿が必要なら……」
そこまで言って止まる。
「……私、戻ってやってみたいです」
静かになる。
雨音だけが聞こえた。
「本気かい?」
ミレーヌが聞く。
リナは緊張しながらも頷く。
「まだ全然ですけど……」
「でも、今の村、人増えてて」
「泊まれなくて困ってる人もいて」
言葉は少し拙い。
だが、ちゃんと前を向いていた。
ミレーヌはしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「……半年だけどねぇ」
リナが顔を上げる。
「見込みは十分あるよ」
「……!」
ぱっと顔が明るくなる。
「ただし」
ミレーヌの目が少し真面目になる。
「蒼月亭の名前使うなら、中途半端は駄目だ」
「はい!」
即答だった。
カイはその様子を見ながら、少し嬉しそうに微笑む。
「暖簾分け、ですね」
「そんな大層なもんじゃないよ」
ミレーヌは肩をすくめた。
「ただ、“休める場所”を増やすだけさ」
だが、その言葉には不思議な重みがあった。
蒼月亭は、ただの宿ではない。
人が戻り、笑い、安心する場所だ。
それを、外へ広げようとしている。
その時。
「じゃあ見に行くかにゃ?」
ルナが突然言った。
「場所」
「……そうだねぇ」
ミレーヌは少し考える。
「一回見ないと始まらないか」
カイが顔を上げる。
「俺も行きます」
「カイが行くなら私も行く」
リディアが即答した。
迷いが一切ない。
レオンが少し笑う。
「もうセットだな」
「当然にゃ」
ルナまで頷いた。
その光景に、小さな笑いが起きる。
雨はまだ降っている。
だが石畳の上を、荷車は止まらず進んでいく。
紅陽から伸びた流れは、もう街の外へ届き始めていた。
今回は石畳完成と、蒼月亭暖簾分けの始まり回でした。
第二章はここから、“紅陽の外へ文化が広がる”流れにも入っていきます。




