第二章 第十三話 広がる街の朝
遠征が終わっても、紅陽の日常は止まりません。
むしろ、人が増えたことで“やること”は少しずつ増えていくのでした。
翌朝。
紅陽は、朝から慌ただしかった。
まだ陽が昇り切る前だというのに、通りにはすでに荷車の音が響いている。
「野菜こっち運べー!」
「木材足りねぇぞ!」
「鍛冶場の注文書どこ行った!?」
以前なら考えられない光景だった。
蒼月亭の窓から外を見ながら、カイは少し目を細める。
「……本当に人増えましたね」
「最近また家建ててるからねぇ」
ミレーヌが朝食を盛り付けながら言った。
「昨日も移住希望来てたよ」
「そんなに?」
「商人の護衛家族だってさ」
外では、大工達が新しい家の骨組みを組み立てている。
以前は空き家と廃屋ばかりだった通りだ。
今はもう、空き地の方が少ない。
「おはようございます!」
蒼月亭へ元気よく入ってきたのはベルンだった。
パン屋を始めた男である。
「朝焼きできたんで持ってきました!」
「助かるよ!」
ミレーヌが笑う。
「最近ほんと足りないんだよ」
「いやぁ、売れるんですよ」
ベルンは少し嬉しそうだった。
「昼前にはなくなる日もありますし」
「いいことじゃないですか」
カイも微笑む。
「前は材料集めも大変だったのに」
「今は仕入れができてきたからな!」
ベルンは胸を張った。
その時。
蒼月亭の扉がまた開く。
「おはようにゃー」
ルナだった。
眠そうな顔のまま席へ座る。
「肉」
「朝から?」
ミレーヌが呆れる。
「朝だからにゃ」
理論が雑だった。
その後ろから《黎明の風》の四人も入ってくる。
「お、まだ席空いてる」
レオンが辺りを見る。
以前なら朝はガラガラだった。
だが最近は、朝食目的の客も増えている。
「ほんと人多いな」
フィオが席へ座りながら言う。
「昨日帰ってきた時も思ったけど」
「交易路でき始めてる影響でしょうね」
セラが答えた。
レンは静かに窓の外を見る。
通りを行く荷車。
建築中の家。
巡回する警備隊。
そして、少しずつ広がる街。
「……もう村じゃないな」
ぽつりと呟いた。
「今さら?」
レオンが笑う。
「いや、改めて」
レンは淡々としているが、その視線はどこか柔らかかった。
そこへ、ロークが入ってくる。
「おう、帰還組」
「朝から忙しそうだな」
レオンが言う。
「忙しいぞ」
ロークは即答した。
「武器修理、農具、荷車補強、新築用の釘」
「全部増えてる」
「景気いいじゃん」
「俺が休めん」
それでも顔は悪くない。
むしろ、少し楽しそうですらある。
「そういや」
フィオがパンを齧りながら言う。
「森側の村、見張り台ちゃんとしてた」
「あそこは森近いからな」
ロークが頷く。
「昔から魔物避けに苦労してる」
「紅陽も、今後考えないとですね」
セラが言う。
「人増えれば、外も変わる」
その言葉に、ほんの少しだけ空気が静かになった。
森の裏道。
魔物避け薬。
古い貴族紋。
まだ大事にはなっていない。
だが、“何か”は確実に動いている。
その時だった。
蒼月亭の入口近くで、小さな騒ぎが起きる。
「す、すみません!」
若い商人風の男が飛び込んできた。
息を切らしている。
「ロークさんいるって聞いて!」
「俺だが?」
「荷車の車輪が割れました! 西門の近くで!」
ロークは即座に立ち上がる。
「カイ!」
「はい!」
「道具持って来い!」
「すぐいきます!」
二人が慌ただしく飛び出していく。
ミレーヌはそれを見送りながら笑った。
「ほんと休む暇ないねぇ」
「でも」
レオンが窓の外を見る。
朝日に照らされた紅陽。
動き続ける人々。
「……いい感じだよな」
誰も否定しなかった。
街は、確かに広がっている。
今回は“発展していく紅陽の日常”回でした。




