第二章 第十二話 帰ってくる場所
旅の終わりに必要なのは、豪華な報酬ではないのかもしれません。
温かい灯りと、いつもの食事。
それだけで、人は安心できるのでした。
蒼月亭の夜は賑やかだった。
商人達の笑い声。
食器の触れ合う音。
厨房から漂う香草と肉の匂い。
《黎明の風》の四人は、いつもの奥の席へ座っていた。
「……生き返る」
フィオが机に突っ伏す。
「大げさ」
セラが苦笑する。
だが、その顔は少し緩んでいた。
目の前には、大皿に盛られた煮込み料理。
焼きたてのパン。
湯気の立つスープ。
数日ぶりの“蒼月亭の飯”だった。
「やっぱりここだよなぁ」
レオンがパンをちぎりながら言う。
「宿の飯が悪かったわけじゃないんだけど」
「比較対象が悪い」
レンが即答した。
「あと椅子」
フィオが真顔で言う。
「椅子?」
「向こう硬かった」
「あー……」
レオンも少し遠い目になる。
「なんか妙に背中痛かったな」
「ベッドも狭かったですし」
セラも静かに頷いた。
ミレーヌが料理を追加しながら笑う。
「何だい何だい。帰ってきた途端文句かい?」
「違うって!」
レオンが慌てる。
「蒼月亭が快適すぎるって話!」
「飯うまいし」
フィオが真顔で続けた。
「それは知ってるよ」
ミレーヌは呆れながらも嬉しそうだった。
カイも近くで椅子を直しながら微笑む。
「問題なく戻ってこれてよかったです」
「まぁ、問題ゼロではなかったけどな」
レオンが言う。
その瞬間だけ、少し空気が変わった。
だが。
「はいはい、今は飯食べる!」
ミレーヌが手を叩く。
「難しい話は後!」
「賛成」
フィオが即答した。
その様子に、セラが小さく笑う。
「……なんだか、帰ってきたって感じしますね」
「する」
レンまで素直に頷いた。
以前の遠征は違った。
帰る場所なんて、どこでもよかった。
寝られればよかった。
食べられれば十分だった。
けれど今は違う。
蒼月亭へ戻る。
その前提で動いている自分達がいる。
「変わったなぁ、俺達」
レオンがぽつりと呟いた。
「またそれ言ってる」
フィオが笑う。
「でもまぁ、わかる」
レオンはスープを飲みながら、店内を見回した。
忙しそうに動くミレーヌ。
修理依頼を受けているカイ。
商人と話しているローク。
そして、外から聞こえる街の音。
紅陽は、もう廃村じゃない。
人がいて、灯りがあって、帰ってくる場所になっている。
「……いいよね、ここ」
レオンが静かに言った。
その頃。
蒼月亭の二階。
客室の一つでは、別の空気が流れていた。
机の上には、布に包まれた金属片。
森で見つかった“古い貴族紋”。
ダリウス、リディア、ルミア、カリナの四人が集まっていた。
「どう思う?」
リディアが静かに聞く。
カリナは紋章を見つめたまま答える。
「断定材料が足りません」
「だが、貴族系である可能性は高い」
ルミアが腕を組む。
「裏流通と貴族。珍しい話ではないわね」
「問題は“どこの”だ」
ダリウスの声は低い。
部屋が少し静かになる。
リディアが紋章を見る。
「……嫌な感じがする」
「同感です」
カリナが即答した。
「古い。ですが、使われ慣れている痕跡があります」
「最近使われ始めた物じゃない?」
「ええ」
カリナは頷く。
「継続して使われている可能性があります」
ダリウスは椅子へ深く腰掛けた。
「現時点では保留だな」
「調査しますか?」
ルミアが聞く。
「まだ動かん」
ダリウスは即答した。
「情報が少なすぎる」
「それに」
その視線が、階下へ向く。
笑い声が聞こえる。
《黎明の風》の声。
ミレーヌの声。
カイの穏やかな声。
「今は、あの空気を乱す必要はない」
静かな言葉だった。
リディアも小さく頷く。
「……うん」
カリナは布を閉じた。
紋章は再び隠される。
まだ表へ出すべき話ではない。
だが確実に、何かは動いている。
その一方で。
一階ではフィオが追加のパンを要求していた。
「まだ食うのかい!?」
「遠征帰りだから!」
「便利な言葉だねぇ!」
笑い声が広がる。
蒼月亭の夜は、今日も温かかった。
今回は“帰る場所”を改めて実感する回でした。
一方で、裏側では少しずつ不穏な流れも動き始めています。




