第二章 第十一話 帰還と報告
遠征の役目は、戦うことだけではありません。
見て、持ち帰り、共有することもまた、大切な仕事でした。
森側の村を出た頃には、空はすっかり晴れていた。
昨日まで重く感じていた森の空気も、街道へ戻ると少し和らぐ。
「やっぱ道の上は安心するな」
レオンが肩を回した。
「森の中、静かすぎた」
フィオが後ろを振り返る。
「あれ絶対普通じゃない」
「うん」
セラも小さく頷いた。
「薬剤の残り方も気になった」
レンは荷物の中を軽く確認する。
布に包まれた、小さな金属片。
森の野営跡で見つけた“古い貴族紋”。
「……それ、どうする?」
フィオが聞く。
「紅陽で確認だな」
レンは淡々と答える。
「ここで判断するものじゃない」
四人はそのまま街道を進み、昼前には川辺の村へ戻った。
前回より人が増えている。
荷車も多い。
橋の近くでは、商人同士が値段交渉をしていた。
「流れ、でき始めてるな」
レオンが周囲を見回す。
「紅陽経由の荷物も増えてる」
「いいことなんだけどね」
セラは少し複雑そうだった。
道が繋がる。
人が増える。
その裏で、別の流れも生まれている。
昨日見た森の跡が、頭から離れなかった。
簡単な休憩を済ませ、《黎明の風》は再び紅陽への道を歩き始める。
夕方。
西日が差し始めた頃。
遠くに、木柵と煙が見えた。
「……見えた」
フィオが少し笑う。
「帰ってきたな」
紅陽だった。
以前は廃村だった場所。
だが今は違う。
新築の家。
広がった畑。
往来する荷車。
そして、通りへ漏れる灯り。
街として、生きている。
門の近くでは警備隊が巡回していた。
「おかえりにゃ」
ルナが柵の上からひょいと顔を出す。
「遅かったにゃ」
「予定通りだよ」
レオンが笑った。
「問題あった?」
「大問題ってほどじゃない」
レンが答える。
「でも報告は必要」
ルナは少しだけ真顔になる。
「……何かあったにゃ?」
「後で話す」
そのまま四人は蒼月亭へ向かった。
扉を開けた瞬間。
「おかえり!」
ミレーヌの声と、煮込みの匂いが飛んでくる。
「……あー」
フィオが天を仰いだ。
「帰ってきた」
「大げさだねぇ」
ミレーヌが笑う。
「たった数日でしょ」
「数日だからだよ」
セラも少しだけ安心したように息を吐いた。
カイが奥から出てくる。
「お疲れ様です」
いつもの穏やかな笑顔。
それだけで、妙に肩の力が抜けた。
「どうでした?」
「道は使える」
レオンが答える。
「でも、森側はちょっと厄介だ」
「何かあったんですか?」
四人はテーブルへ座り、遠征内容を報告し始めた。
川辺の村。
森側の村。
魔物の気配。
薬剤。
そして。
レンが布包みを机へ置く。
「これも」
カリナが静かにそれを受け取った。
布を開く。
古びた金属片。
家紋のような刻印。
カリナの目が、ほんのわずかだけ細くなる。
「……古い貴族紋ですね」
その場にいたダリウスも視線を向ける。
だが、すぐには何も言わなかった。
「知ってるのか?」
レオンが聞く。
ダリウスは少し考え、それから首を横に振る。
「断定はできん」
低い声だった。
「だが、あまり気分のいい物ではないな」
カリナは金属片を布へ戻す。
「こちらで預かります」
「危ない感じ?」
フィオが聞く。
「まだ不明です」
カリナは即答した。
「ですが、“何もない”とは思わない方がいいでしょう」
蒼月亭の空気が、ほんの少しだけ静かになる。
大事件ではない。
まだ。
だが、《黎明の風》が持ち帰ったのは、ただの遠征報告ではなかった。
道が繋がれば、人が増える。
そして、人が増えれば――
裏もまた、流れ始める。
窓の外では、紅陽の灯りが夜を照らしていた。
その光は温かい。
だからこそ、その外側にある闇が少しだけ際立つのだった。
今回で小規模遠征編は一区切りです。




