第二章 第九話 森を揺らすもの
大きな異変ではない。
けれど、“慣れている者ほど気付く違和感”というものがあります。
翌朝。
森側の村には、まだ薄い霧が残っていた。
見張り台では夜番を終えた男達が交代し、村の女達は朝の火を起こし始めている。
《黎明の風》の四人は、宿の前で装備を整えていた。
「今日は東側だな」
レオンが地図を確認する。
昨日、村長から聞いた場所。
夜になると気配が増えるという森沿い。
「奥まで行く?」
セラが聞く。
「深追いはしない」
レンが即答した。
「今回は討伐じゃない。確認優先」
「珍しく真面目」
フィオが笑う。
「いつも真面目だ」
「それはない」
即答だった。
少しだけ笑いが起きる。
その時、昨日の村長がゆっくり歩いてきた。
「行くのか」
「ああ」
レオンが頷く。
村長は四人を見回したあと、静かに言った。
「森の中で、変な跡を見た」
空気が少し変わる。
「跡?」
「荷車だ」
フィオが眉を上げる。
「こんな森の近くに?」
「普通じゃねぇ場所だ」
村長は腕を組む。
「昔から獣道しかない。商人は通らん」
レンとレオンが視線を合わせた。
「……見に行く価値はあるな」
森へ入ると、空気はすぐに変わった。
湿った土。
深い木々。
静かすぎる鳥の声。
川辺の村周辺とは明らかに違う。
「気配、昨日より濃い」
フィオが小声で言う。
「近いですね」
セラも杖を握り直した。
戦闘になるほどではない。
だが、森の奥から常に何かがこちらを見ている感覚がある。
四人は慎重に進んでいく。
すると。
「……これか」
レオンが足を止めた。
地面に残る深い轍。
確かに荷車の跡だった。
しかも新しい。
「本当に通ってるな」
レンがしゃがみ込む。
「しかも一回じゃない」
「でも変だよね」
セラが周囲を見る。
「この方向、村にも繋がってない」
フィオが森の奥を睨む。
「隠れて動いてる感じがする」
普通の交易路ではない。
人目を避けるような道。
その違和感が、四人の空気を少しだけ張り詰めさせる。
「……魔物避けてる?」
フィオがぽつりと言った。
「何が?」
「いや、この辺。妙に静か」
確かにそうだった。
気配はある。
だが、近付いてこない。
まるで何かを避けているような空気。
レンは荷車跡を指でなぞる。
「定期的に使われてる」
「商人じゃないな」
レオンが言う。
「こんな道、普通は使わない」
その時だった。
ガサッ――
森の奥で音がした。
四人の動きが止まる。
フィオが即座に弓へ手をかけた。
セラも魔力を集中させる。
だが。
飛び出してきたのは、小型の獣型魔物だった。
一体だけ。
しかも。
「……逃げてる?」
セラが目を見開く。
魔物はこちらを見ることもなく、森の反対側へ駆け抜けていった。
「なんだ今の」
レオンが眉をひそめる。
「普通逆だろ」
「こっち避けた」
フィオも警戒を解かない。
森が、おかしい。
大規模な異変ではない。
だが、生き物の流れが変わっている。
レンは静かに記録板へ書き込む。
『森内部、不自然な荷車痕』
『魔物行動変化あり』
『原因不明』
しばらく周囲を確認したあと、レオンは立ち上がった。
「戻るぞ」
「いいの?」
セラが聞く。
「十分だ」
レオンは森の奥を見る。
「これは俺達だけで追う話じゃない」
レンも頷いた。
「紅陽戻って報告した方がいい」
フィオは最後にもう一度、森の奥を見た。
静かだ。
だが、その静けさが逆に不気味だった。
村へ戻る頃には、空は夕方へ近づいていた。
村長は四人の顔を見るだけで、何かを察したらしい。
「……何かあったか」
「小さい違和感だ」
レオンが答える。
「でも、放置しない方がいい」
村長は黙って森を見た。
風が木々を揺らす。
遠くで鳥が飛び立つ音がした。
ほんの少し。
本当に少しだけ。
世界の流れが変わり始めている。
そんな気配が、確かにそこにあった。
今回は“違和感の正体が少し見え始める回”でした。




