第二章 第八話 森のざわめき
道が繋がれば、人も増える。
けれど、それを歓迎する者ばかりではありませんでした。
翌朝。
森側の村は、川辺の村よりも朝が早かった。
まだ陽が昇り切る前から、見張り台には人影が立ち、柵の門では槍を持った男達が交代している。
「やっぱ空気違うな」
宿を出ながらレオンが言った。
「紅陽より?」
フィオが聞く。
「というより、川辺の村よりだな」
確かに、こちらの村には常に少し張り詰めた空気がある。
森が近い。
それだけで、人は自然と警戒するのだろう。
セラは小さく周囲を見回した。
「……視線、多いですね」
「見られてるな」
レンが短く答える。
昨日から感じていた。
敵意ではない。
だが、完全な歓迎でもない。
《黎明の風》が村の広場へ出ると、年配の男が近づいてきた。
村長らしい。
「紅陽の連中か」
低い声だった。
「はい。交易路の確認に来ています」
レオンが答える。
村長は四人を順番に見たあと、小さく鼻を鳴らした。
「最近増えたな。紅陽から来る連中」
「困ってますか?」
セラが穏やかに聞く。
「……困るってほどじゃねぇ」
村長は腕を組む。
「だが、人が増えりゃ流れも変わる」
「流れ?」
「商人、旅人、冒険者。道ができりゃ色んなもんが通る」
そこまで言って、村長は森へ目を向けた。
「最近は森の様子も少し変だ」
四人の空気がわずかに変わる。
「魔物ですか?」
レンが聞く。
「数は増えてねぇ。だが、動きが落ち着かん」
「落ち着かない?」
「前より森の外側に出てくる」
レオンは視線を細めた。
昨日感じた気配。
あれか。
「襲撃は?」
「まだ大きいのは無ぇ」
村長は柵へ目を向ける。
「だから“まだ”だ」
静かな声だった。
長く森と付き合ってきた人間の声。
軽視してはいけない類のものだ。
「確認してみます」
レオンが言うと、村長は少し意外そうな顔をした。
「……お前ら、ただの商人護衛じゃねぇのか」
「今回は道の確認です」
レンが答える。
「使うなら、安全も必要になる」
村長はしばらく四人を見ていた。
やがて、小さく息を吐く。
「なら、東側の森沿い見てみろ」
「何かあったんですか?」
「夜に気配が増えた」
フィオがすぐに反応する。
「獣系?」
「わからん。だが、いつもの感じじゃねぇ」
《黎明の風》は村を出て、森沿いの道へ向かった。
道幅は狭い。
木々も深い。
だが、確かに荷車の跡がある。
「交易路として使われ始めてるな」
レオンが地面を見る。
「問題は森側か」
レンは周囲を警戒していた。
風は穏やか。
鳥の声も聞こえる。
だが。
「……いる」
フィオが小さく呟く。
森の奥。
視線。
気配。
遠い。
けれど確実にこちらを見ている。
セラが杖を握る。
「昨日より近いですね」
「うん」
レオンは静かに頷いた。
「こっちの村が警戒する理由もわかる」
戦闘になるほどではない。
だが、安心できる空気でもない。
「記録しとこう」
レンが板に書き込む。
『森側、魔物接近傾向あり』
『夜間警戒必要』
『定期巡回推奨』
フィオは森を見ながら言った。
「道ができると、人だけじゃなく色んなもん動くんだな」
「森も変わる」
セラが静かに呟く。
紅陽が発展した。
道が繋がった。
それは良いことだ。
けれど、その影響は人間だけに出るわけじゃない。
世界そのものが少しずつ動き始めている。
夕方。
村へ戻る頃には、空は赤く染まっていた。
村長は四人を見る。
「どうだった」
「まだ危険ってほどじゃない」
レオンが答える。
「でも、警戒は必要だ」
「……そうか」
村長は短く頷いた。
「紅陽は平和そうでいいな」
ぽつりと漏らしたその言葉に、少しだけ疲れが混ざっていた。
レオンは返事に少し迷う。
そして。
「平和ですよ」
静かに答えた。
「でも、守ってる人がいる」
その言葉に、村長はわずかに目を細めた。
風が森を揺らす。
遠くから、獣の鳴き声が聞こえた気がした。
小さな違和感。
けれどそれは確かに、世界が動き始めている音だった。
今回は“外と繋がったことで起きる小さな変化”の回でした。




