第二章 第六話 帰る場所の味
遠征は順調。
けれど、外へ出たからこそ気付くものもありました。
夜の森は静かだった。
焚き火の火が小さく揺れ、ぱちぱちと薪の弾ける音だけが耳に残る。
「じゃ、次俺な」
レオンが立ち上がる。
「二時間後に起こして」
レンは毛布に包まりながら短く返した。
セラは焚き火の近くで静かに目を閉じている。
「セラは見張り無しでいいのか?」
フィオが聞く。
「魔力温存。何かあった時に動ける人を休ませるのは普通」
レンが代わりに答えた。
「それに、今日は静かすぎるくらいだ」
実際、妙だった。
魔物の気配も薄い。
風も穏やか。
森はただ静かに夜を迎えていた。
レオンは火の番をしながら空を見上げる。
星がよく見えた。
少し前なら、野営の夜はもっと張り詰めていた気がする。
物音ひとつで起きるような、そんな夜。
だが今は違う。
紅陽へ戻るための旅。
そう思うだけで、不思議と気持ちが落ち着いていた。
結局、一晩何事も無かった。
朝。
「……平和だな」
焚き火の残り火を見ながらフィオが言う。
「いいことだろ」
レオンが肩を回す。
「平和じゃなきゃ交易路確認なんてできない」
簡単な朝食を済ませ、四人は再び街道を進み始めた。
昼前になる頃には、人の往来も少しずつ増えてくる。
荷車。
旅人。
商人。
紅陽から流れ始めた人と物が、少しずつ外へ広がっているのがわかった。
「……見えてきた」
レンが前方を指差す。
川沿いに、小さな集落が広がっている。
木造の家々。
簡素な柵。
荷車置き場。
そして、小さな橋。
「ここが川辺の村か」
レオンが周囲を見回す。
「思ったより人多いな」
「交易途中の休憩地点になってる」
レンが道を確認しながら言った。
実際、村には思った以上に人がいた。
大半は旅人や商人らしい。
荷車を整備している者。
水を補給している者。
簡易露店まで出ている。
「紅陽の影響、かなり来てますね」
セラが静かに呟く。
「前はこんなに人いなかったみたいだよ」
フィオは川を覗き込みながら言った。
「魚は多そうだけど」
「そこじゃないでしょ」
四人は村を一通り歩いて確認する。
橋の強度。
水場。
荷車の通行量。
野営できそうな空き地。
簡易的だが、確かに“中継地点”として機能し始めていた。
夕方。
四人は村の簡易宿へ入った。
木造二階建て。
最低限の食堂付き。
旅人向けの安宿だ。
「おぉ……」
フィオが中を見回す。
「狭いな」
「お前、蒼月亭基準になってるぞ」
レオンが呆れる。
「だって蒼月亭の飯うまいし」
「比較対象が悪い」
宿の女将が料理を運んでくる。
豆の煮込みと硬めのパン。
悪くはない。
むしろ普通だ。
だが。
「……」
四人が無言になる。
「……どうしたの?」
女将が不思議そうに聞いた。
「あ、いえ」
セラが慌てて首を振る。
「普通に美味しいです」
「普通に、って何だよ」
フィオが小声で言った。
「いやだって」
「蒼月亭の飯が異常なんだよ」
レオンが苦笑する。
レンも黙って頷いていた。
「パン柔らかかったよな」
「スープも熱かった」
「あと肉」
「ソース」
会話が完全に蒼月亭になっていた。
セラが少し笑う。
「……帰ったら、また食べましょう」
「絶対食う」
フィオが即答する。
その様子を見ながら、レオンは少しだけ窓の外を見る。
遠征は順調だ。
道も使える。
村も機能している。
何も問題はない。
けれど、こうして外へ出るほど実感する。
紅陽は、もう特別な場所になっている。
蒼月亭も。
以前なら、宿は寝る場所だった。
だが今は違う。
帰る場所。
落ち着く場所。
そう思っている自分達がいた。
「……変わったなぁ」
レオンがぽつりと呟く。
「何が?」
フィオが聞く。
「俺達」
その言葉に、少しだけ静かな空気が流れた。
外の夜は静かだった。
けれどその静けさの先には、ちゃんと帰る場所がある。
それが、少し嬉しかった。
今回は川辺の村到着回でした。
“蒼月亭が特別な場所になっている”ことを、外へ出たからこそ実感する話にしてみました。




