第二章 第四話 道を繋ぐ者達
外へ向かう者。
そして、それを送り出す場所。
紅陽は少しずつ、“繋ぐ街”になり始めていました。
夕方の蒼月亭は、昼とはまた違う賑わいを見せていた。
交易商人達が酒を飲み、旅人達が席を埋め、奥では冒険者達が依頼書を広げている。
厨房からは香草と肉の焼ける匂い。
窓の外では、夕陽に照らされた荷車がゆっくりと通り過ぎていった。
「……最近、夜まで人がいるようになったねぇ」
ミレーヌが皿を拭きながら呟く。
「前は夕方過ぎたら静かだったのに」
「泊まる人が増えましたからね」
カイは椅子の脚を締め直しながら答えた。
「商人さん達、朝早いですし」
「その割には夜遅くまで飲むけどねぇ」
「元気なんですよ」
「若いっていいねぇ」
「ミレーヌさんも若いじゃないですか」
「はいはい、あとで皿洗い追加ね」
「なんでですか!?」
そのやり取りに、近くの席から笑い声が上がった。
蒼月亭の空気は柔らかい。
忙しいのに、不思議と落ち着く。
それはもう、宿というより街の中心に近かった。
その時。
「失礼します」
入口から入ってきたのはエドガーだった。
ヴェルディア商業同盟の商人である。
後ろには数人の商人らしき男達もいた。
「今日は人数多いですね」
カイが席を空ける。
「少し本格的な話になりまして」
エドガーはそう言いながら、地図を広げた。
ローク、カリナ、そして《黎明の風》の四人も自然と集まってくる。
「現在、紅陽から西へ向かう交易路ですが」
エドガーが指で道をなぞる。
「中継地点として使われている村が二つあります」
「二つ?」
レオンが聞いた。
「一つは森沿い。もう一つは川沿いです」
セラが地図を覗き込む。
「川沿いの方が安全そうですね」
「その代わり、道が悪い」
レンが言った。
「雨でぬかるむ」
「正解です」
エドガーが頷く。
「森側は距離が短い。ただし魔物が出やすい」
「どっちも一長一短か」
ロークが腕を組む。
「そこで、今回は両方確認してもらいたい」
エドガーは静かに続けた。
「荷車が通れるか。休憩地点は安全か。橋は使えるか」
「護衛依頼っていうより調査だな」
フィオが言う。
「はい。今後の流れを作るための確認です」
蒼月亭の空気が少しだけ引き締まる。
紅陽は発展した。
だが、その発展を維持するには、“道”を知らなければならない。
「日程は?」
カリナが聞く。
「最短で三日。長くても五日程度でしょう」
「なら問題ないにゃ」
ルナが椅子の背にもたれながら言った。
「近場だし」
「今回はルナちゃんは留守番だよ」
ミレーヌが即答する。
「にゃ?」
「街の警備もいるだろう?」
「……むぅ」
不満そうに尻尾が揺れる。
だが否定はしなかった。
最近の紅陽は人が増えた。
外へ出る者だけでなく、中を守る者も必要なのだ。
「《黎明の風》が行く」
レオンが言う。
「俺達なら機動力もある」
レンも頷いた。
「人数増やすより早い」
「索敵は任せて」
フィオが軽く笑う。
「川沿いも森側も見てくる」
「環境確認もしておきます」
セラが地図を見ながら言った。
「水質や野営場所も必要ですね」
エドガーは満足そうに頷いた。
「ありがとうございます。非常に助かる」
そのやり取りを、カイは静かに聞いていた。
少し前まで、紅陽はただ生き残る場所だった。
だが今は違う。
人が増え、道ができ、外と繋がっていく。
そして、その繋がりを支えるために動く人達がいる。
「……なんか、不思議ですね」
カイがぽつりと言った。
「何がだい?」
ミレーヌが聞く。
「前は、外へ出るって言ったら戦うためだったのに」
今は違う。
確認するため。
繋ぐため。
守るため。
そういう理由で人が動いている。
ミレーヌは少しだけ優しく笑った。
「街ってのは、そうやって広がっていくんだよ」
ロークが地図を巻き直す。
「出発は明日の朝だな」
「夜明けと同時ですね」
カリナが確認する。
「荷物は軽装。目的は調査。無理な交戦は禁止」
「了解」
四人の返事は揃っていた。
窓の外では、空が少しずつ暗くなっていく。
蒼月亭の灯りが通りを照らし始めた。
その光の向こうには、西へ続く道がある。
まだ知らない場所。
まだ不安定な流れ。
だが、それでも。
紅陽はもう、閉じた街ではなかった。
「じゃあ今日は早めに休むか」
レオンが立ち上がる。
「久しぶりの遠征だしな」
「五日もないのに大げさ」
レンが呆れたように言う。
「でも、ちょっと楽しみかも」
セラが小さく笑った。
フィオも肩をすくめる。
「帰ったらミレーヌさんの飯だし」
「それ目的じゃないよね?」
「半分くらい」
蒼月亭にまた笑い声が広がる。
遠征は明日からだ。
けれど、その空気はもう、静かに始まりかけていた。
次回から、《黎明の風》の小規模遠征が始まります。




