第二章 第三話 外へ続く道
少しずつ形になっていく紅陽。
けれど、街が大きくなるほど、“外”との繋がりも増えていきます。
昼過ぎの蒼月亭は、朝ほどではないが相変わらず賑わっていた。
商人達の話し声。
食器の触れ合う音。
厨房から漂う煮込みの香り。
窓の外では荷車がゆっくりと行き交い、警備隊が通りを巡回している。
「……ほんと、落ち着かなくなったねぇ」
ミレーヌが苦笑しながら皿を拭いた。
「前は昼過ぎなら少し暇だったのに」
「いいことですよ」
カイは椅子の脚を削りながら笑う。
「街が動いてるってことですから」
「その分、あんたの修理も増えてるだろう?」
「まぁ、それは……」
少し困ったように笑う。
実際、最近は依頼が多い。
荷車の車輪。
警備隊の装備。
商人の道具。
最近では、宿屋の扉修理まで来るようになった。
「修理屋っていうより便利屋だにゃ」
窓際で果実を食べていたルナが言う。
「否定できないですねぇ」
「でも、頼られてるってことにゃ」
「そう思うことにします」
その時、蒼月亭の扉が開いた。
入ってきたのは見覚えのある男だった。
ヴェルディア商業同盟の商人、エドガー。
以前、紅陽との交渉役として来ていた男である。
「おや」
ミレーヌが目を細める。
「今日は一人かい?」
「ええ。今回は商談というより相談です」
エドガーは軽く頭を下げた。
「空いている席をお借りしても?」
「もちろん」
カイ達は奥の席へ移動する。
少しして、ロークとカリナも呼ばれてきた。
「相談ってのは?」
ロークが椅子に座る。
エドガーは地図を広げた。
「紅陽から西へ半日ほど行った場所に、小さな中継集落があります」
地図の一点を指差す。
「最近、そこを利用する商人が増えていまして」
「問題でも?」
カリナが聞く。
「問題というほどではありません。ただ――道の状態が悪い」
「あー……」
ロークが納得したように頷く。
「最近、荷車増えたからな」
「ええ。加えて、近辺の魔物も少し活発化しています」
「護衛依頼ですか?」
カイが聞く。
「半分正解です」
エドガーは笑った。
「正式には、“道の確認”ですね」
「確認?」
「紅陽とアルヴェリアを繋ぐ流れは、今後さらに大きくなります」
静かな声だった。
「ですが、現状はまだ、“使えている”だけです」
その言葉に、カリナがわずかに頷く。
「安定していない、と」
「その通りです」
エドガーは続ける。
「荷車が通れるか。休憩地点は安全か。橋は耐えられるか。水場は確保できるか」
「なるほどにゃ」
ルナが尻尾を揺らした。
「つまり、道をちゃんと見るってことにゃ」
「ええ」
ロークが地図を見る。
「距離は?」
「往復で二日ほどです」
「近いな」
「まずは小規模確認から、ということです」
蒼月亭に少し静かな空気が流れる。
紅陽は発展した。
だが、その発展を支える“道”は、まだ完全ではない。
「どうする?」
ミレーヌが聞いた。
「断る理由はないですね」
カイが答える。
「実際、見ておいた方がいいと思います」
「俺も賛成だ」
ロークが腕を組む。
「街だけデカくしても、流れが止まったら意味がねぇ」
「では、人選を決めましょう」
カリナが帳簿を閉じた。
「大規模な遠征ではありません。確認が主目的です」
「なら、俺とレンで十分だろ」
レオンが言う。
「フィオも連れて行きます。索敵役は必要です」
セラも頷いた。
「橋や地形確認なら、魔法で補助できますね」
「決まりにゃ」
ルナが立ち上がる。
「久しぶりに外の空気吸うにゃ」
「ルナちゃんは確認じゃなくて遊びに行く顔なんだよねぇ」
ミレーヌが呆れる。
「違うにゃ」
「ほんとかい?」
「たぶんにゃ」
全然信用できなかった。
だが、その軽いやり取りが妙に心地いい。
少し前まで、外へ出るというのは危険と隣り合わせだった。
けれど今は違う。
街を維持するために、外を見る。
繋がりを強くするために、道を知る。
紅陽は、そういう段階へ進み始めていた。
エドガーは席を立つ。
「では、準備が整い次第」
「ああ」
ロークが頷く。
「ちゃんと見てくる」
「期待しています」
商人が去ったあと、カイは窓の外を見る。
西へ続く道。
荷車がゆっくりと進んでいる。
その先には、まだ自分達の知らない景色がある。
「……外かぁ」
ぽつりと呟く。
ミレーヌが笑った。
「なんだい、緊張してるのかい?」
「いえ。ただ……」
カイは少しだけ目を細めた。
「紅陽の外を、ちゃんと見る時が来たんだなって」
その言葉に、誰も否定しなかった。
街は完成したわけじゃない。
むしろ、ここからなのだ。
紅陽から伸びる道は、少しずつ世界へ繋がり始めていた。
次回から、少しずつ“外”へ出始めます。
とはいえ、いきなり大冒険ではなく、まずは交易路確認のような小さな遠征から始まる予定です。




