第194話 看板娘と困った客
平和な日常には、だいたい面倒もついてくる。
蒼月亭、昼。
今日も店は賑わっていた。
「エール三つです!」
「はいはい、今行くにゃ!」
看板娘三人――セラ、アリア、ルミアが忙しく動く。
「……こちら、お待たせしました」
ルミアの所作は相変わらず綺麗だった。
その時。
「ねぇねぇ」
軽い声。
三人の前に、三人組の男が立つ。
「この店、可愛い子多いねぇ」
「……」
セラが一瞬固まる。
アリアが苦笑する。
ルミアは表情を崩さない。
「お食事のご注文はございますか?」
淡々。
「いやいや、そうじゃなくてさ」
男が距離を詰める。
「ちょっと外で話さない?」
「……業務中ですので」
「いいじゃん、少しくらい」
その瞬間。
空気がわずかに変わる。
カリナが静かに背後に立っていた。
「お客様」
声は丁寧。
だが温度が低い。
「営業の妨げになりますので」
男が一瞬ひるむ。
「な、なんだよ」
「普通に話してるだけだろ?」
「でしたら、ご注文を」
一歩も引かない。
その時。
「にゃはは」
ルナが横から顔を出す。
「やめといた方がいいよ」
男たちを見る。
「その人たち、強いから」
「は?」
男が笑う。
「女だろ?」
その瞬間。
ルナの目が少しだけ変わる。
「……へぇ」
一歩踏み出す。
「試してみる?」
空気が凍る。
「いや、ちょっと待て」
ロークが間に入る。
「店壊す気か」
「つまんない」
ルナが引く。
男たちは顔を見合わせる。
「……行こうぜ」
そそくさと退散する。
セラがほっと息を吐く。
「……怖かった」
アリアが笑う。
「でも助かりました」
ルミアが軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
ルナが笑う。
「いいよいいよ」
「暇だったし」
カリナが一言。
「……抑えていただき感謝します」
「にゃはは、えらい?」
「はい」
真顔で返す。
少しだけ空気が緩む。
蒼月亭の日常は、今日も騒がしい。
◇蒼月亭、夕方。
「聞いたか?」
「この店、すげぇ美人揃いらしいぞ」
新規の客が話している。
「しかも強いとかなんとか」
「なんだそれ」
店内では。
「……何見てるんですか?」
ルミアが静かに言う。
男が慌てる。
「い、いや別に!」
セラが小声で言う。
「最近多いね……」
「噂が広がってますからね」
アリアが答える。
その時。
「本当かどうか試してみようぜ」
また別の男。
ルナが横で笑う。
「にゃはは、また?」
「人気者だね」
「嬉しくないです……」
セラが肩を落とす。
男が近づく。
「ちょっと腕相撲でも――」
「お断りします」
即答。
だが。
「いいじゃん、軽く――」
その瞬間。
ゴンッ
机に手がめり込む。
ルナだった。
「……やるの?」
にこやか。
だが圧が違う。
男は固まる。
「……やめとく」
「そう?」
にゃはは、と笑う。
完全に噂通りだった。
遠くでダリウスが見ている。
「……変わらねぇな」
ミレーヌが笑う。
「何がだい」
「こういうのだ」
ダリウスが答える。
「面倒が寄ってくる」
「人気商売だからね」
ロークも笑う。
「まぁ、強ぇのは事実だ」
ダリウスは小さく頷く。
「……ああ」
日常は、少しだけ賑やかになっていた。
◇夜。
蒼月亭の外。
ダリウスが一人立っていた。
店の中から笑い声が聞こえる。
「……」
静かに見ている。
そこにカイが来る。
「外ですか?」
「ああ」
短く返す。
「中、騒がしいですね」
「いつも通りだ」
一拍。
「いい場所だな」
ぽつりと呟く。
カイが少し驚く。
「そうですね」
ダリウスは目を細める。
「だから守ったんだろ」
「……はい」
カイは頷く。
「みんなで」
ダリウスは小さく笑う。
「らしいな」
一瞬の沈黙。
「……一時的だ」
ぼそっと言う。
カイが苦笑する。
「まだ言うんですね」
「性分だ」
その時。
「にゃはは!外で何してるのー!」
ルナが顔を出す。
「寒いよー!」
「……行くか」
ダリウスが言う。
「はい」
二人は中へ戻る。
灯りの中へ。
それぞれの理由で、ここにいる。
それで十分だった。
軽めのトラブル。




