第193話 継がれる刃
戦いの後に残るのは、傷だけじゃない。
受け継がれるものがある。武器はただの道具ではない。使う者の生き方を映す。
翌朝。
蒼月亭には、いつもの喧騒が戻っていた。
「パン追加です!」
「今持ってくにゃ!」
昨日の出来事などなかったかのように、人は動く。
だが一つだけ違う。
「……」
店の隅に、見慣れない男が座っている。
――ダリウス。
いや、もうその名ではない男。
「まだ慣れませんか?」
カイが声をかける。
「……ああ」
短く返す。
「鏡を見ても、どうにも実感がねぇ」
「ですよね」
カイは苦笑する。
「僕も最初見たときは驚きました」
「お前がやったんだろうが」
「……はい」
少しだけ気まずそうにする。
ダリウスはふっと息を吐く。
「まぁいい」
「生きてるだけマシだ」
一拍。
カイの方を見る。
「……それより」
「随分と変わったな」
「え?」
「修理屋、なんて話じゃねぇだろ」
視線が、店の奥――鍛冶場の方へ向く。
火の音。
鉄を打つ音。
「……見てましたか」
カイは少しだけ笑う。
「はい」
「鍛冶屋も、始めました」
ダリウスが鼻で笑う。
「だろうな」
「お前が修理だけで終わるはずがねぇ」
カイは一瞬だけ言葉を探す。
そして。
「……オヤジさんの、意思を継ぎたくて」
静かに言う。
その言葉に、ダリウスの目がわずかに細くなる。
「……オヤジの、か」
「はい」
短く頷く。
一瞬、昔を思い出すように視線が遠くなる。
「……変わらねぇな」
「そうですか?」
「いい意味で、だ」
ダリウスは立ち上がる。
「見せてみろ」
カイは一瞬驚くが、すぐに頷く。
「はい」
二人で鍛冶場へ向かう。
その様子を、ミレーヌが見ていた。
「……相変わらずだねぇ」
ロークが笑う。
「古い付き合いだろ?」
「まぁね」
ミレーヌは肩をすくめる。
「戦場帰りの顔してても、中身は変わってない」
小さく笑う。
「安心したよ」
――鍛冶場。
カイが一本の剣を取り出す。
布に包まれたそれを、ゆっくりと開く。
「……」
ダリウスの目が止まる。
「それは――」
「はい」
カイが差し出す。
「あなたの剣です」
ダリウスはそれを受け取る。
重さを確かめるように、軽く振る。
「……間違いねぇな」
低く呟く。
「オヤジとお前で打った剣だ」
「覚えていますか」
「忘れるか」
即答だった。
一拍。
「俺が初めて“預けられた”剣だ」
ダリウスは刃を見る。
「この剣で、何度も生き延びた」
「何度も斬った」
「何度も守った」
静かに語る。
「戦場じゃ、これがあるだけで違った」
「信じられるもんがあるってのは、でかい」
カイは黙って聞いている。
ダリウスは剣を軽く握り直す。
「……だからな」
視線をカイに向ける。
「裏切ることはねぇ」
短い言葉。
だが重い。
「この剣を打った奴を、裏切る理由がねぇ」
カイは一瞬、驚いた顔をする。
そして、ゆっくり頷く。
「……ありがとうございます」
「礼は言うな」
すぐに返す。
「これは俺の問題だ」
ダリウスは剣を腰に戻す。
「それに」
一拍。
「もう“死んだ身”だ」
「今さら戻る場所もねぇ」
少しだけ口元が緩む。
「だったら、使える方に回るだけだ」
カイも笑う。
「それ、すごくダリウスさんらしいです」
「うるせぇ」
だが、その声に棘はない。
外からルナの声が聞こえる。
「にゃはは!カイー!仕事たまってるよー!」
「今行きます!」
カイが慌てて戻る。
ダリウスはその背中を見る。
そして、ミレーヌと目が合う。
「……変わらないね」
ミレーヌが言う。
「ああ」
ダリウスは短く答える。
「変わらねぇ」
一拍。
「だから、守れる」
ミレーヌはふっと笑う。
「頼もしいじゃないか」
ロークが笑う。
「それでいい」
ダリウスは剣を腰に戻す。
「……一時的だ」
ぼそっと言う。
ルナが笑う。
「まだそれ言う?」
「うるせぇ」
だがその声は少し柔らかい。
カイが言う。
「ここでやることは変わりません」
「はい」
「守るだけです」
ダリウスは小さく頷く。
「……悪くねぇ」
蒼月亭の空気が流れる。
蒼月亭の中に、いつもの日常が流れる。
だがそこには確かに、新しい力が加わっていた。
ダリウスの立ち位置確定回です。




