第192話 戦後の静寂
戦いの後に残るのは、勝敗ではない。選んだ結果だ。
蒼月亭の夜は、いつもより静かだった。
つい数刻前までの出来事が、まるで嘘のように思える。
「……落ち着いたな」
ロークがぽつりと呟く。
「ああ」
ミレーヌも短く答える。
客はほとんど引き、店内には身内だけが残っていた。
その中心に、一人。
ダリウス。
正確には――もう“ダリウスではない男”が座っている。
「……」
男は自分の手を見つめていた。
わずかに若返った指先。
違和感は、消えない。
「まだ慣れませんか?」
レオンが声をかける。
「……当然だ」
短く返す。
その声音も、以前より少し軽い。
「お顔も変わっていますしね」
レンが言う。
「鏡はご覧になりましたか?」
「……見た」
一拍。
「別人だな」
自嘲気味に呟く。
ルナが笑う。
「にゃはは、これなら絶対バレないよ」
「完璧に“死んだ人”だね」
「言い方どうにかならないのか」
ロークが呆れる。
だが、空気はどこか軽い。
重い決断の後だからこそ、そうなる。
「……しかし」
ダリウスがゆっくり口を開く。
「王都には、既に報告が届く」
「俺は死んだことになる」
「そうだろうね」
ミレーヌが腕を組む。
「隊長戦死で一件落着、ってとこかい」
「そうなる」
ダリウスは静かに言う。
「問題は一度、終わった扱いになる」
「しばらくは動かないでしょうね」
セラが言う。
「いずれまた来る」
リディアが短く言う。
「だが」
一拍。
「時間は稼げた」
ダリウスが頷く。
「それで十分だ」
カイが小さく笑う。
「十分すぎます」
「助かっていただけて、本当によかったです」
その言葉に、ダリウスはわずかに目を逸らす。
「……礼は言わん」
「そういう方ですものね」
カイは柔らかく返す。
ルナがニヤリとする。
「素直じゃないなぁ」
「黙れ」
即答だった。
少しだけ、以前の調子に戻っている。
「で?」
ミレーヌが話を戻す。
「これからどうするつもりだい」
全員の視線が集まる。
ダリウスは一度だけ考える。
そして――
「……一時的だ」
それだけ言った。
ロークが笑う。
「まだそれ言うか」
「事実だ」
ダリウスは変わらない。
「俺は既に死んだ身だ」
「本来の役目は終わっている」
「でしたら、自由ではありませんか?」
レンが言う。
「……そう単純でもない」
「だが」
一拍。
「ここにいる間は、戦力として動く」
リディアが小さく頷く。
「……十分だ」
ルナも笑う。
「にゃはは、頼りにしてるよ」
「期待はするな」
「するよ?」
「勝手にしろ」
やり取りに、少しだけ笑いが生まれる。
その時。
「……」
ルミアが静かに口を開く。
「今回の件で」
全員が見る。
「紅陽は、明確に認識されました」
静かな言葉。
「隠れた拠点ではなく」
「一つの勢力として」
ロークが頷く。
「だろうな」
「ですから次は」
ルミアの目が細くなる。
「交渉ではなく、“対応”になります」
ミレーヌがため息をつく。
「面倒だねぇ」
「ですが」
カイが言う。
「やることは変わりません」
一拍。
「ここを守るだけです」
シンプルな答え。
だが、それで十分だった。
ダリウスはその言葉を聞いて、わずかに口元を緩める。
「……悪くない」
小さく呟く。
誰にも聞こえないくらいの声で。
蒼月亭の灯りは、変わらず暖かい。
だが、その中にいる者達はもう――
ただの集まりではなかった。
それぞれが選び、それぞれの理由でここにいる。
紅陽は、確実に“場所”から“意志”へと変わっていた。
ダリウス加入後の余韻が残るシーンです。




