第188話「境界に立つ者」
立場は与えられるものではない。
自分で決めるものだ。
蒼月亭、夜。
喧騒が去り、静けさが戻っていた。
灯りだけが柔らかく揺れている。
カウンター。
ルミアとカリナが並んで座っていた。
珍しく二人とも無口だった。
その空気を見て。
ミレーヌがため息を吐く。
「で?」
短い一言。
「説明してもらおうかね」
逃げ場のない問いだった。
ルミアは少しだけ苦笑する。
「……やはり、そうなりますか」
「当たり前だろ」
ロークが腕を組む。
「どう見ても普通じゃなかった」
レンも頷く。
「知り合いって感じじゃなかったよな」
「敬語だったし」
ルナが笑う。
「にゃはは」
「なんか偉い人を見る目だった」
リディアは黙ったままルミアを見る。
そして短く言った。
「……話せるか」
沈黙。
しばらく考えた後。
ルミアは小さく息を吐いた。
「隠し続けるのも難しそうですね」
カリナが静かに頭を下げる。
「申し訳ありません」
そして。
ルミアは立ち上がった。
「改めまして」
静かな声。
「ルミア・ゼルフィアと申します」
一拍。
「ゼルフィア王国第一王女です」
店内が止まった。
「……は?」
レンが固まる。
「え?」
レオンも固まる。
ルナだけが笑う。
「にゃはは」
「やっぱりね」
「やっぱりじゃねぇよ!」
レンが叫んだ。
ロークも額を押さえる。
「王女?」
「本物の?」
「はい」
ルミアは平然と答える。
「本物です」
「本物ですじゃねぇ!」
レンが再び叫ぶ。
ミレーヌは頭を抱えた。
「とんでもないのが来てたねぇ……」
その横で。
カリナが胸を張る。
「私はカリナ」
「ルミア様付きの専属メイドです」
「そっちもかい!」
今度はレオンが叫んだ。
セラが小さく手を上げる。
「……納得」
アリアも頷く。
「礼儀が綺麗だった」
フィオも静かに言う。
「言葉遣いも」
カイだけは少し考えていた。
そして聞く。
「じゃあさ」
優しい声。
「なんで紅陽に来たの?」
その瞬間。
ルミアが固まった。
カリナも固まった。
空気が変わる。
ルナが首を傾げる。
「ん?」
レンも気付く。
「なんだ?」
ルミアは視線を逸らした。
珍しく。
本当に珍しく。
「……それは」
言いかける。
止まる。
もう一度言いかける。
止まる。
カリナが助け舟を出す。
「申し訳ありません」
「その件は……」
珍しく歯切れが悪い。
ミレーヌが眉を上げる。
「言えないのかい?」
「……はい」
ルミアが答える。
「今はまだ」
静かな声だった。
だが。
どこか妙だった。
そんな感じだった。
リディアが言う。
「追及はやめろ」
「話せない理由があるのだろう」
「……助かります」
ルミアが少しだけ肩の力を抜く。
ミレーヌも頷いた。
「まあいいさ」
「王女だろうが何だろうが」
一拍。
「明日も働くんだろ?」
ルミアは少しだけ笑った。
「はい」
「働きます」
ロークも笑う。
「なら問題ない」
「給料分は働けよ」
「善処します」
「善処じゃない」
ルナが吹き出した。
店内に笑いが広がる。
王女。
専属メイド。
正体は分かった。
だが。
紅陽へ来た理由だけは分からないまま。
カイは少しだけ首を傾げる。
「変な話だね」
「そうですね」
ルミアは苦笑する。
「いつか話します」
その言葉だけを残して。
その夜
ルミアだけは少し長く窓の外を見ていた。
だが――もう他人でもない。




