第178話「流れの先」
守りきった後に来るのは、静けさだけではない。
流れを掴んだ場所には――必ず次の波が来る。
蒼月亭の朝は、いつもより少し早く始まっていた。
「パン焼けたよー」
アリアの声が響く。
「はーい」
セラが皿を並べる。
昨日の戦いが嘘のように、日常が戻っていた。
「……でも増えてるね」
フィオが窓の外を見る。
「人」
「噂、広がったね」
実際、表には見慣れない顔が増えていた。
冒険者、商人、そして――観察する者。
ロークが酒を片手に笑う。
「そりゃあな」
「昨日のあれだけ派手にやりゃ、嫌でも広まる」
レンがパンをかじる。
「派手ってレベルじゃなかったぞ」
「青白く光る剣で無双とか」
「……あれ、目立つよね」
セラが小さく言う。
「うん」
カイが頷く。
「隠すのは難しいかな」
ミレーヌが腕を組む。
「隠す気もないだろ?」
「……うん」
「使うものだから」
その時。
「失礼します」
入口から声。
全員の視線が向く。
見慣れない男。
だが、雰囲気が違う。
「宿を利用したいのですが」
「空いてるよ」
ミレーヌが答える。
男は軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
そのまま中へ。
ルナが小さく呟く。
「……増えてるね」
「においが違う」
リディアも同意する。
「……ああ」
「ただの客ではない」
カイは少しだけ困ったように笑う。
「でも、断る理由もないよね」
ロークが肩をすくめる。
「これが“流れ”だ」
「来るやつは来る」
■ 外
レオンとレンが木剣で軽く打ち合っている。
カンッ
「昨日の感覚、まだ残ってるな」
「抜けてねぇな」
スゥ……
ほんのわずかに光る。
「……これ、慣れると戻れねぇな」
「だろうな」
フィオが近くで弓を構える。
「距離感も変わる」
ヒュンッ
「……当たる」
「当たりすぎる」
■ 蒼月亭裏
リディアが一人、剣を振るっている。
スゥ……
青白い光。
音もなく、空気を裂く。
「……」
止める。
「やはり、扱いやすい」
その時。
「一人でやってるの?」
ルナが現れる。
「……ああ」
「どう?」
「問題ない」
「にゃはは」
「そっか」
少し間。
ルナが横に立つ。
「でもさ」
「昨日、楽しかったよ」
「……ああ」
「久しぶりに“ちゃんとした相手”だった」
「でしょ?」
ルナが笑う。
「またやろうね」
「……ああ」
短い約束。
■ 蒼月亭・酒場
壁の上段。
一本の剣。
朝の光を受けて、静かにそこにある。
昨日より、人の視線が増えていた。
「……あれが」
「昨日の……」
ざわつき。
ロークが小さく笑う。
「いい宣伝だ」
「勝手にな」
ミレーヌがため息をつく。
「面倒も増えるけどね」
「それも含めてだろ」
カイがその剣を見る。
「……」
「ちゃんと、残ってるね」
「何がだい?」
「流れ」
「……?」
カイは少しだけ笑う。
「ここにあったものが、ちゃんと繋がってる」
ミレーヌはそれ以上聞かなかった。
■ 外(引き)
紅陽の外れ。
森の奥。
影が動く。
「……確認した」
「間違いない」
「例の“青白い刃”だ」
もう一つの影。
「数は?」
「複数」
「……厄介だな」
短い沈黙。
「だが――」
「面白い」
風が流れる。
紅陽は、もう“ただの村”ではない。
それを理解した者達が、動き始めていた。
守った場所には、人が集まる。
そして――争いもまた、集まる。




