第176話「静かな誓い」
強さを得た後に残るのは、理由だ。
何のために振るうのか――その答えが、刃を定める。
夕暮れが紅陽を染めていた。
「……今日はここまでにしようか」
カイが穏やかに言う。
「無理すると逆に崩れるからね」
「だな……」
レンが肩を回す。
「でも、だいぶ掴めてきた」
「うん」
「いい流れだったよ」
ルナは軽く伸びをする。
「久しぶりに楽しかったにゃ」
「まだやれるけど?」
「やめろ」
レオンが即答する。
「明日動けなくなる」
笑いが少しだけ広がる。
その時。
リディアが静かにカイの方へ歩く。
「……少し、いいか」
「うん?」
カイが振り返る。
リディアは手に持っていた剣を見下ろした。
「この剣」
長年使い続けた一本。
王女から授かった剣。
守るために振るい続けた剣。
そして――守れなかった過去が刻まれた剣。
「……完成しているな」
「うん」
カイは頷く。
「今のところはね」
「まだ細かい調整はできると思うけど」
リディアは小さく首を振った。
「十分だ」
静かな声。
そして。
腰の剣を抜く。
夕陽を受けた刃が静かに光る。
「これは私の過去だ」
その場の空気が少しだけ変わる。
誰も口を挟まない。
「この剣で私は生きてきた」
「戦い」
「守り」
「失い」
「そして後悔した」
短い言葉。
だが重かった。
「だが――」
ゆっくりとカイへ差し出す。
「ここで終える」
カイは少し驚いた顔をする。
「……いいの?」
「ああ」
迷いのない返事。
「もう、この剣の役目は終わった」
カイは静かに受け取った。
しばらく刃を見つめる。
そして。
「本当はね」
少し困ったように笑う。
「こういうのってもっと大げさにやるものなんだと思う」
「人を集めて」
「形式も整えて」
「それっぽいことを言って」
レオンが吹き出した。
「お前が一番苦手そうだな」
「苦手だよ」
即答だった。
周囲から小さな笑いが漏れる。
カイは頭を掻いた。
「だからさ」
「別にそんな堅いのはいらないから」
「新しい剣も、使いたいなら使ってくれればいい」
気負わない言葉。
それがカイらしかった。
だが。
リディアは静かに首を振る。
「それでは駄目だ」
「え?」
「これはあなたのためではない」
カイが言葉を止める。
リディアはゆっくりと膝をつく。
その場の全員が驚いた。
「お、おい?」
レオンが目を丸くする。
ルナも耳をぴくりと動かした。
しかしリディアは構わない。
右手を胸に当てる。
それは王国騎士の誓いの礼。
レオン達も表情を引き締める。
それがどういう意味を持つか知っていたからだ。
「私は長い間、この剣に縛られていた」
過去の剣を見る。
「守れなかった誓い」
「果たせなかった責務」
「全てがそこにある」
静かな声。
「だから終わらせる」
風が吹いた。
夕陽がリディアの銀髪を照らす。
「あなたは私に新しい剣をくれた」
「新しい居場所をくれた」
「新しい仲間をくれた」
一拍。
そして。
リディアはまっすぐカイを見る。
「カイ・クローディア」
その名を呼ぶ。
「私はあなたに忠誠を誓う」
空気が止まる。
ルナも。
レンも。
レオンも。
誰も口を挟まない。
だが。
リディアは続けた。
「貴族としてではない」
「命令に従うためでもない」
「騎士としてでもない」
静かな声。
「リディアとして」
「自らの意思で」
「あなた達と共に歩むことを誓う」
それは主従ではない。
縛られた誓いでもない。
自分自身で選んだ誓いだった。
しばらく沈黙が続く。
そして。
カイは大きくため息をついた。
「うーん……」
困った顔。
「やっぱり重いなぁ」
ルナが吹き出した。
レオンも笑う。
レンも肩を震わせる。
だがリディアは真顔だった。
「真面目な話だ」
「そうなんだけどさ」
カイは苦笑する。
それから。
新しい剣を手に取った。
「じゃあ」
ゆっくりと差し出す。
「改めてよろしく」
リディアは両手で受け取る。
まるで新しい人生を受け取るように。
「……ああ」
短い返事。
だが迷いはなかった。
その瞬間。
風が流れる。
「……」
リディアとルナが同時に顔を上げる。
「来るね」
「……ああ」
「さっきより多い」
静かな緊張。
レオンが剣を握る。
「もう来たか」
ロークが舌打ちする。
「早ぇな」
フィオが弓を構える。
「距離、詰めてきてる」
セラが小さく呟く。
「……止める」
カイは周囲を見渡した。
そして優しく言う。
「無理しなくていい」
「でも――」
一拍。
「きっと、みんななら大丈夫だ」
全員が頷く。
スゥ……
それぞれの武器が青白く光る。
「行くにゃ」
ルナが前へ出る。
リディアも並ぶ。
新しい剣を握り締めながら。
「……ああ」
二人の足が同時に踏み出された。
紅陽の外れ。
闇の中から無数の気配が現れる。
魔物。
そして――その後ろに立つ影。
「……魔族だな」
リディアが言う。
「雑魚は任せるにゃ」
ルナが笑う。
「後ろは、私がやる」
「……任せる」
短いやり取り。
それで十分だった。
青白い光が闇を切り裂く。
戦いが始まる。
誓いは終わった。
次は――守る番だ。




