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第170話「条件の前に」

交渉は言葉だけで行われるとは限らない。

その前に――力の位置を揃える。

翌日。


紅陽の外れ、黒影洞へ続く街道。


「最近、静かすぎるね」


フィオが弓を背負いながら言う。


「嵐の前ってやつだろ」


レンが軽く返す。


「だろうな」


リディアは短く答える。


「……でも」


フィオが目を細める。


「気配はある」


「どこだ?」


「まだ遠い」


「でも――」


少しだけ笑う。


「隠すの上手いけど、甘い」


その瞬間。


ヒュッ


風を切る音。


フィオの矢が放たれる。


森の奥。


「っ!?」


隠れていた影が飛び出す。


「やっぱりいた」


「見えてるよ」


「……!」


影が一気に距離を詰める。


「来るぞ!」


レンが構える。


だが――


「遅い」


ルナが前に出る。


一瞬で間合い。


「それで来たの?」


影の攻撃を受け流す。


「浅い」


返しの一撃。


影が弾かれる。


だが――


「数が増えた!」


左右からさらに二人。


「散開しろ!」


その時。


「ここでいい?」


後方から声。


セラだった。


「やっていい!」


レオンが叫ぶ。


セラが小さく頷く。


「じゃあ……止めるね」


地面に手をかざす。


淡い光。


次の瞬間。


影達の足元の地面が歪む。


「っ!?」


足が取られる。


「動けない!?」


「範囲固定……!」


セラが静かに言う。


「逃げられないよ」


その隙に――


フィオの矢。


「一本」


正確に武器を弾く。


「二本」


もう一人の動きを止める。


「三本」


最後の一人の足元へ。


完全に制圧。


「終わりだな」


レンが息を吐く。


ルナが一歩前に出る。


「で?」


見下ろす。


「誰に言われて来たの?」


沈黙。


「……言わないか」


一瞬だけ、空気が冷える。


「まぁいい」


「どうせわかる」


その時。


リディアが視線を上げる。


「……来たな」


全員が振り向く。


街道の先。


ゆっくりと、一台の馬車が近づいてくる。


装飾は控えめ。


だが――


明らかに“格”が違う。


「……あれか」


ロークが呟く。


馬車が止まる。


中から一人の男が降りる。


整った服装。


落ち着いた動き。


「初めまして」


軽く一礼。


「私は――」


「ヴェルディア商業同盟の交渉役です」


静かな声。


「本日は、お話に伺いました」


空気が変わる。


ロークが一歩前に出る。


「……だろうな」


ミレーヌも並ぶ。


「話は聞くよ」


「ただし――」


一拍。


ルナが横でぼそりと呟く。


「つまらない条件なら帰っていいよ」


軽い声。


だが、完全に上から。


交渉役はわずかに笑う。


「安心してください」


「こちらも、“選ぶ側”ですので」


一瞬の緊張。


ルミアは少し離れた場所で、その様子を見ていた。


「……来ましたね」


カリナが小さく言う。


「はい」


「ここからが本番です」


紅陽は、ついに“交渉の場”に立った。


それは戦いとは違う。


だが――


一歩間違えれば、戦いよりも危険な場。

条件は出揃った。

次は――選択。

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