第169話「商人の論理」
剣で奪う者もいれば、金で支配する者もいる。
後者の方が――気付かれにくい。
翌日。
蒼月亭の一角。
ローク、レン、リディア、ミレーヌがテーブルを囲んでいた。
「で、昨日のあいつだが」
ロークが酒を置きながら言う。
「何者なんだよ」
レンがストレートに聞く。
「敵じゃないんだろ?」
「……ああ」
ロークは少しだけ考える。
「正確には、“まだ敵じゃない”だな」
「は?」
ミレーヌが眉をひそめる。
「どういうことだい」
ロークは椅子にもたれた。
「説明するか」
一拍。
「世の中にはな、“国じゃない力”ってのがある」
「国じゃない?」
レンが聞き返す。
「王も軍も持たねえ」
「だが――」
「金と流れを握ってる連中だ」
「……商人か?」
「ただの商人じゃねえ」
ロークが笑う。
「“繋いでる側”だ」
「物を、金を、人を」
「全部な」
ミレーヌが腕を組む。
「……行商人とは違うのかい?」
「全然違う」
ロークは指でテーブルを叩く。
「行商人は“運ぶだけ”だ」
「そいつらは“流れを作る”」
「……」
「どこで売るか」
「誰に売らせるか」
「何を価値にするか」
「全部決める」
「……それ、国と変わらないんじゃない?」
「むしろ厄介だな」
ロークが答える。
「国と違って、責任を取らねえ」
「気に入らなきゃ切る」
「……」
レンがため息をつく。
「で、そいつが来たってわけか」
「そういうことだ」
「紅陽を見に」
「価値があるかどうか」
リディアが短く言う。
「……ああ」
ロークが頷く。
「昨日のは“査定”だ」
「戦う気は最初からなかった」
「必要なのは“強さの確認”だけ」
ミレーヌがぼそりと呟く。
「気分のいい話じゃないね」
「いい話じゃねえよ」
ロークが笑う。
「だが現実だ」
その時。
「それで?」
ルナが後ろから顔を出す。
「合格だったの?」
軽い口調。
だが視線は鋭い。
ロークがちらっと見る。
「どう思う?」
「来るって言ってたし」
「合格でしょ」
即答。
「……だろうな」
レンが顔をしかめる。
「じゃあどうなるんだよ」
ロークは酒を一口飲む。
「そのうち来る」
「今度は“ちゃんとしたやつ”がな」
「ちゃんと?」
「交渉役だ」
「……」
ミレーヌがため息をつく。
「めんどくさいねぇ」
「もっとめんどくさくなるぞ」
ロークが言う。
「話はだいたい三つだ」
指を立てる。
「一つ。“一緒にやろう”」
「交易を繋ぐ」
「利益は出る」
「二つ。“任せろ”」
「流れを握る」
「その代わり守る」
「三つ――」
少しだけ間を置く。
「断るなら、“別のやり方”にする」
「……それって」
レンが顔をしかめる。
「圧力か」
「そうだ」
ロークはあっさり答える。
「商売ってのはな」
「綺麗に見えて、えげつねえ」
静かに空気が重くなる。
その時。
ルナがぽつりと言う。
「来たらどうするの?」
全員の視線が向く。
ミレーヌが答える。
「まだ決めてないよ」
「話は聞く」
「でも、縛られる気はない」
「……にゃるほど」
ルナが軽く頷く。
「じゃあ、やることは一つだね」
「何だ?」
一瞬。
目が冷たくなる。
「ナメられないこと」
静かな声。
「……」
リディアが小さく頷く。
「……同意だ」
ロークが笑う。
「それが一番効く」
その頃――
外。
紅陽を見下ろす丘の上。
一人の影が立っていた。
「……なるほど」
小さく呟く。
「確かに、価値はある」
その背後に、もう一つの影。
「報告は?」
「済ませた」
「判断は?」
「……来る」
短く。
「次は、交渉だ」
紅陽は、ただの村ではなくなった。
“選ばれる場所”から――
“選ばせる場所”へ。
その境界に立っていた。
評価は終わった。
次は――条件提示。




