第168話「選別の夜」
観察の次に来るのは選別。
価値を測るのは――言葉ではなく行動だ。
夜。
蒼月亭はほどよい賑わいのまま、静かに時間が流れていた。
「おかわりいる人〜?」
ルナが軽く手を振る。
「頼む!」
「はーいにゃ〜」
いつも通り。
だが――
あの男は、同じ席に座ったままだった。
酒も、食事も進んでいる。
だが、動きがない。
「……」
リディアが外から見ている。
「……来るな」
ロークが横で言う。
「だな」
「選別か」
「そういうことだ」
その時。
「……少し外に出ます」
男が立ち上がる。
自然な動き。
だが――
「……行くにゃ」
ルナがぼそりと呟く。
「俺も行くよ」
レンファが言う。
「いいよ」
ルナが笑う。
「すぐ終わる」
その声だけ、少し低い。
外。
月明かり。
男はゆっくりと歩く。
「……尾行、雑だな」
振り向かずに言う。
「バレてるよ」
ルナが姿を現す。
「隠す気ない」
一歩、近づく。
「何しに来たの?」
男がゆっくり振り返る。
「……確認だ」
「何の?」
「価値の」
「……へぇ」
ルナの表情が消える。
「で?」
「合格?」
一歩。
踏み込む。
「遅い」
男の足元を払う。
だが――
「……軽いな」
男がわずかにずれる。
完全には崩れない。
「……」
ルナの目が細くなる。
「面白い」
次の瞬間。
速度が変わる。
一瞬で距離を詰める。
「見えてる」
掌底。
男は腕で受ける。
衝撃。
「……!」
わずかに後退。
「……なるほど」
男が小さく笑う。
「十分だ」
「は?」
「確認は終わった」
「……逃げるの?」
ルナの声が低い。
「今のじゃ足りないでしょ」
「足りている」
一歩引く。
「これ以上は“戦闘”になる」
「それは目的じゃない」
「……」
ルナが一歩踏み出す。
「関係ない」
「来たなら――」
「潰す」
その瞬間。
空気が変わる。
完全な殺気。
だが――
「やめろ」
リディアの声。
「……」
「目的が違う」
「ここでやる意味はない」
一拍。
ルナが止まる。
「……ちっ」
小さく舌打ち。
「今回は見逃す」
冷たい声。
「次はない」
男は軽く頷く。
「承知した」
そして――
そのまま闇に消える。
静寂。
「……逃がしたにゃ」
いつもの声に戻る。
リディアが短く言う。
「情報は取れた」
「……何が?」
「敵じゃない」
「……ああ」
ルナも頷く。
「でも――」
一瞬だけ、目が鋭くなる。
「味方でもない」
「その通りだ」
紅陽へ戻る。
ロークが待っていた。
「どうだった?」
「選別だ」
リディアが答える。
「向こうも確定した」
「で?」
「来る」
ロークが小さく笑う。
「やっとか」
蒼月亭の中。
ルミアは静かに目を閉じていた。
「……」
カリナが小さく聞く。
「確定ですか」
「はい」
目を開く。
「来ます」
「……」
「ここからが本番です」
紅陽は選ばれた。
それは、守られる場所ではない。
“試される場所”だ。
そして――
選ばれた以上、避けることはできない。
選別は終わった。
次は――関与。




