第164話「仕掛ける側」
守るだけでは、流れは掴めない。
掴むためには――一度、餌を撒く。
翌朝。
紅陽は、いつも通りに見えて――
少しだけ“作られた日常”が流れていた。
「いらっしゃいませ〜」
セラとアリアが声を揃える。
ルナもその横で手を振る。
「今日はいい武器あるにゃ〜」
笑顔。
いつも通り。
だが――
「……」
リディアは店の外から全体を見ている。
「……動きは?」
ロークが横に立つ。
「まだない」
「だが、見てるのはいる」
「どこだ?」
「特定はできない」
「……上等だ」
ロークが小さく笑う。
「見せてやれ」
一方、蒼月亭の裏手。
レンファが小瓶を並べていた。
「これが今回のやつ」
「表に出す用だね」
ミレーヌが覗き込む。
「ええ」
「品質は抑えてます」
「でも――」
「見た目は綺麗にしてあります」
「……なるほどね」
ミレーヌが笑う。
「“本物っぽく見える本物”ってわけだ」
「はい」
ルナが後ろから覗き込む。
「レンファ、これ大丈夫?」
「うん、ちゃんと効くよ」
「弱すぎず、強すぎず」
「……ふーん」
ルナは小瓶を手に取る。
「これで釣れるなら、楽だね」
「釣れるよ」
レンファが即答する。
「向こうは“似せてる”だけだから」
「違いはわかる」
「……そっか」
軽く笑う。
「じゃあ、来るね」
その一言だけ、少し低い。
昼。
蒼月亭は再び賑わい始めていた。
「ポーションあるか?」
「あるよ〜」
ルナが軽く答える。
「これなんかどう?」
小瓶を差し出す。
「ほう……綺麗だな」
「でしょ〜」
「うちの自慢だよ」
やり取りは自然。
だが――
店の奥。
一人の男が静かにそれを見ていた。
フードを深く被っている。
「……」
視線は、小瓶。
そして――
ルナ。
ほんの一瞬。
目が合う。
その瞬間。
ルナの表情が消える。
「――見てるだけ?」
声が変わる。
低い。
男がわずかに動く。
「……」
「買うならどうぞ」
「買わないなら――」
一歩、前に出る。
「邪魔」
空気が一瞬で変わる。
男は目を逸らし、ゆっくりと背を向ける。
店を出ていく。
「……」
ルナはその背を見送る。
そして――
「……にゃ〜ん」
何事もなかったように戻る。
「次のお客さんどうぞ〜」
だが、リディアは見ていた。
「……確定だな」
「来てる」
ロークも頷く。
「食いついた」
「じゃあ?」
レンが聞く。
「追う」
短く。
「今度は、こっちの番だ」
紅陽は、守るだけではない。
仕掛ける側へと回り始めていた。
その流れの中で――
ルミアは静かに立っていた。
「……」
カリナが小さく聞く。
「よろしいのですか」
「……ええ」
「この流れは、悪くない」
「……」
「ただし」
ほんの一瞬だけ、目が鋭くなる。
「混ざっているのが問題です」
紅陽を狙う思惑は、一つではない。
商売。
観察。
そして――別の意図。
それらが交差し始めている。
まだ、全ては見えていない。
だが確実に――
“狩り”は始まった。
餌は撒かれた。
次は――喰らいつく者の正体。




