第162話「交差する思惑」
一度向けられた刃は、理由なく止まらない。
その裏には――必ず意図がある。
翌朝。
蒼月亭の空気は、いつもより少しだけ張り詰めていた。
「見張りは増やしたが……」
レオンが外を見ながら言う。
「相手が動かなきゃ意味がないな」
「動くさ」
ロークが淡々と答える。
「“様子見”はもう終わってる。次は仕掛けてくる」
ミレーヌは腕を組む。
「客に被害が出るのは困るよ」
「だったら先に掴むしかねえな」
レンが言う。
その時。
「……あの」
ルミアが静かに口を開く。
「昨夜の動きですが……完全に殺す気はありませんでした」
「……ああ」
リディアが頷く。
「狙いが甘い」
「違うにゃ」
ルナが口を挟む。
「外してたんじゃない。“当てる気がなかった”」
「……」
「見てただけ。こっちの動き」
ロークが小さく笑う。
「やっぱりそうか。つまり、向こうも様子見ってことだな」
「はい」
ルミアが続ける。
「それと……複数です。動いているのが」
「……何がだ?」
「流通と、昨夜の件。同一ではない可能性があります」
「……ほう。理由は?」
「動きの質が違います。流通は粗いですが規模がある。昨夜のは単独、もしくは少数の精鋭です」
カリナが一歩前に出る。
「推測の範囲ですが、可能性は高いかと」
「……なるほどな」
ロークは腕を組む。
「偽物ポーションは“商売”、昨夜のは“別件”か」
「面倒だな」
レンがため息をつく。
「混ざってるにゃ」
ルナが言う。
「全部一緒じゃない」
「……ああ」
リディアが短く答える。
「狙いが違う」
その時――
「おい!誰か来てくれ!」
外から声が上がる。
レオンが駆ける。
「何だ!」
冒険者が一人、地面に倒れていた。
「急に……倒れて……ポーションを……」
手には小瓶。
「……またか」
レンが舌打ちする。
レンファがすぐにしゃがみ込む。
「下がってください」
状態を確認する。
「……これは、毒ですね」
「毒!?」
周囲がざわつく。
「偽物ポーションに混ざっています。解毒します」
処置を始める。
その横に、ルナがすっとしゃがみ込む。
「レンファ、大丈夫?」
「うん、問題ない。軽い毒だよ」
「そっか」
少し安心した声。
「ちゃんと治るにゃ?」
「もちろん。すぐ楽になる」
「ならいいにゃ」
少しだけ距離を詰めて、小声で。
「……気をつけてね」
「うん。ルナもね」
短いやり取り。
だが、空気が違う。
その様子を、ルミアが静かに見ていた。
「……やはり」
小さく呟く。
カリナが聞く。
「……確信ですか?」
「ええ。流通の方は“商売”ですが……昨夜のは違います」
一瞬だけ目を細める。
「目的が別です」
その時。
ルナがぽつりと言う。
「……面倒だにゃ」
だが、その目は笑っていない。
「レンファが狙われたら、全部潰すけど」
軽い口調。
だが言葉は重い。
レンファが苦笑する。
「そこまでしなくていいよ」
「するにゃ」
即答。
「私のだもん」
「……はいはい」
少しだけ場が緩む。
だが――
ロークは笑っていなかった。
「二つの流れ、か。どっちも放ってはおけねえな」
紅陽に入り込んだ歪みは、一つではない。
交差する思惑。
それぞれが、別の目的で動いている。
その中心に――紅陽がある。
まだ、誰も全体像を掴んでいない。
だが確実に――
“事態は一段、進んだ”。
思惑は交差した。
次は――選ぶ側になる。




