第161話「静かな刃」
刃は、振るわれる前に気付けるかどうかで結果が変わる。
静かな夜ほど――危険は近い。
その夜。
蒼月亭は、珍しく静かだった。
遅い時間。冒険者の大半は休み、酒場には数人が残るだけ。
「今日は静かだね」
ミレーヌが片付けをしながら言う。
「たまにはいいにゃ」
ルナが伸びをする。
「……」
リディアは壁にもたれ、静かに周囲を見ていた。
その時――
「……」
ルナの耳がわずかに動く。
次の瞬間、表情が消えた。
「――来る」
低い声。
同時に体が動く。
カンッ!!
乾いた音。
床に小さなナイフが転がる。
「……投擲か」
リディアが抜刀する。
「外」
ルナはすでに扉へ向かっていた。
二人は同時に飛び出す。
裏手――闇。
屋根の影を黒い影が走る。
ルナが一瞬で間合いを詰める。
「遅い」
影が振り向きざまにナイフを放つ。
「見えてる」
ルナはわずかに体を傾けるだけで回避する。
リディアが弾く。
「甘い」
ルナがさらに踏み込む。
距離はもうない。
「その程度で来たの?」
だが――
影は一歩後ろに飛び、煙のように消える。
「……」
ルナはその場で止まる。
追わない。
「逃げる判断だけは早いな」
冷たい声。
リディアが周囲を見渡す。
「最初から当てる気はない」
「試しだな」
「……つまらない」
ルナが吐き捨てる。
一拍。
そして――
「……逃げられたにゃ」
いつもの声に戻る。
蒼月亭に戻ると、皆がざわついていた。
「何があったんだい!」
ミレーヌが聞く。
「投げナイフだ」
リディアが短く答える。
「狙いは――」
視線が自然と向く。
ルミアへ。
「……」
ルミアは静かに立っていた。
その目だけが、一瞬鋭くなる。
「……私ではありません」
先に口を開く。
「そうかい」
ミレーヌはあっさり言う。
「怪我がなければそれでいい」
「……はい」
ルナが横からじっと見る。
「……全部見えてた」
「避ける位置も、タイミングも」
「……」
リディアも頷く。
「……ああ」
「普通じゃない」
カリナが一歩前に出る。
「夜間の見張りを増やした方がよろしいかと」
「そうだね」
ミレーヌが即答する。
「しばらくは警戒を強めるよ」
「了解」
レオンが応じる。
騒ぎは収まる。
だが――
何も終わっていない。
ルミアは窓の外を見る。
闇。
「……動いていますね」
小さく呟く。
カリナが答える。
「……はい」
「予想より早く」
その声は誰にも届かない。
紅陽に入り込んだ歪みは、
ついに“刃”となって現れた。
それはまだ、本気ではない。
だが確実に――
次に繋がる動きだった。
刃は振るわれた。
次は――誰に向くのか。




