第160話「追跡の先」
動き出した影は、必ず痕跡を残す。
それを辿れるかどうかで――次が変わる。
夜の紅陽。
灯りの届かない外れへ、三つの影が伸びていた。
「この辺りだな」
ロークが足を止める。
昼間、冒険者が言っていた場所。
荷馬車が止まっていたはずの地点。
「……痕はある」
リディアが地面を指す。
踏み固められた土。
車輪の跡。
「新しいな」
レンがしゃがみ込む。
「ついさっきまでいたって感じだ」
「逃げたか」
「……いや」
ロークが首を振る。
「“移動した”だけだ」
「どういう意味だ?」
「常設じゃねえってことだ」
「拠点を持たない行商」
「……なるほど」
「だが」
レンが周囲を見渡す。
「これだけか?」
その時――
「……待て」
リディアが低く言った。
「匂いが違う」
「匂い?」
「血でも酒でもない」
「……薬品か?」
ロークが眉をひそめる。
リディアは少しだけ進む。
草の影。
岩の隙間。
そこに、小さな布袋が落ちていた。
「これだ」
拾い上げる。
中には、粉末状の何かが入っている。
「……これを使ってるのか」
ロークが受け取り、軽く嗅ぐ。
「粗いな」
「だが――」
「それっぽくはなる」
「……混ぜ物か」
レンが言う。
「ポーションに見せるための」
「そうだろうな」
「だが妙だ」
ロークが続ける。
「これだけじゃ、あの“色”は出ねえ」
「……」
リディアが静かに周囲を見渡す。
「誰かいるな」
「……!」
次の瞬間。
「チッ――」
短い舌打ちと共に、影が走った。
「逃げた!」
「追うぞ!」
レンが飛び出す。
だが――
「深追いするな!」
ロークが制する。
「罠の可能性がある!」
「くそっ……!」
影は、闇の中へと消えた。
静寂が戻る。
「……速いな」
レンが息を吐く。
「ただの行商人じゃねえ」
「……ああ」
リディアが頷く。
ロークは、手に持った粉末を見つめる。
「これは――」
「人間だけの仕事じゃねえな」
「……どういうことだ」
「雑だが、方向は合ってる」
「誰かが“型”を教えてる」
「それを、別の連中がばら撒いてる」
「……」
レンが顔をしかめる。
「面倒くせえ構図だな」
「面倒だから、儲かるんだよ」
ロークが小さく笑う。
「で、どうする?」
「……泳がせるって言っただろ」
「もう少し引き出す」
「だが」
ロークは振り返る。
紅陽の灯りが、遠くに見える。
「あの場所は守る」
「絶対にな」
「……ああ」
三人はそのまま、ゆっくりと戻り始めた。
一方――
蒼月亭。
「……遅いですね」
ルミアが呟く。
「問題でも?」
カリナが静かに聞く。
「いえ……」
ルミアは窓の外を見る。
闇の中。
何も見えない。
「……少しだけ」
「嫌な予感がします」
「……」
カリナは何も言わない。
ただ、静かに立っている。
その時。
扉が開く。
「戻ったぞ」
ローク達が帰ってくる。
「どうだった?」
ミレーヌが聞く。
「尻尾は見えた」
「だが、まだ掴めねえ」
ロークは短く答えた。
「しばらくは警戒だな」
「……そうですか」
ルミアは小さく頷く。
その目は、少しだけ深くなっていた。
紅陽に流れ込んだ歪みは、
まだその正体を隠したまま。
だが確実に――
“形”になりつつあった。
影は逃げた。
だが、消えたわけではない。




