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第132話「境界の現実」

穏やかな時間の中にも、境界は確かに存在する。

ここは――安全なだけの場所ではない。

昼。


蒼月亭の酒場には、再び賑やかな空気が戻っていた。


「やっぱり昼も美味しいね」

「それ毎回言ってるよ」


セラとアリアが笑い合う。


レンファも、少しずつこの空気に慣れてきていた。


食事を終え、皿が片付けられる頃――


「じゃあ、また少し見て回ってきます」


レンファが立ち上がる。


「何かまた見つけてね」


アリアが楽しそうに言う。


「そんなに何でも出てきたら逆に怖いよ」


ミレーヌが苦笑する。


「私の国では、あまり見かけない植物があると思うので」


レンファは少しだけ真面目な顔で続けた。


「いろいろお役に立てるかもしれません」


「頼もしいねぇ」


ミレーヌが腕を組む。


レンファは軽く会釈して、外へ出た。


村の周りを、ゆっくりと歩く。


風の音。

草の揺れ。

遠くの森。


「……」


まだ完全に安心できるわけではない。


だが、確実に“追われていない時間”だった。


少し歩いたところで――


「……あまりそっちには行くなよ」


声がかかる。


振り返ると、リディアが立っていた。


「魔族領がある方だから」


その視線は、森の奥を見据えている。


「はい」


レンファは素直に頷いた。


だが、その直後――


ガサッ


草むらが大きく揺れた。


「……!」


レンファの体が強張る。


次の瞬間、飛び出してきたのは――


魔物。


牙を剥き、一直線に突っ込んでくる。


「下がって!」


リディアの声が鋭く響く。


同時に、彼女の姿が前に出る。


一歩。踏み込み。


無駄のない一閃。


ズン――


魔物はその場で崩れ落ちた。


「……」


一瞬で終わった。


あまりにも、あっけなく。


「大丈夫?」


リディアが振り返る。


「……はい」


レンファはまだ少し息が乱れている。


「助かった……」


リディアは軽く頷く。


「ここじゃ日常よ」


「日常……」


レンファはその言葉を繰り返した。


「こんなに魔物が常にいるなんて……」


そのまま空を見上げる。


「自分の国とは、大違いだ……」


「そうなの?」


リディアが少しだけ興味を示す。


「殆ど魔物には出会わないですね」


レンファは静かに答えた。


「……世界が違うね」


リディアがぽつりと言う。


「そうですね……」


レンファも同意する。


少しの沈黙。


風が二人の間を通り抜ける。


「でも」


リディアが一歩だけ前に出る。


「ここはその“境目”よ」


レンファはその言葉に、ゆっくりと頷いた。


「安全でもないけど」


リディアは剣を軽く払いながら続ける。


「全部が敵ってわけでもない」


「……」


レンファは、その言葉を噛みしめるように聞いていた。


遠くで、また何かが動く気配がした。


だが――


今度はリディアは動かなかった。


「……来ないわね」


「警戒してるんでしょうか?」


「さっきので十分って判断したのかもね」


レンファは、改めて周囲を見る。


危険はある。

だが、それを“受け止めている人間”がいる。


「……すごい場所だ」


思わず漏れた言葉。


リディアは少しだけ肩をすくめる。


「慣れるわよ」


「簡単に言いますね……」


レンファが苦笑する。


「日常だから」


即答だった。


そのやり取りに、ほんの少しだけ空気が軽くなる。


だが――


その背後で、境界は確かに揺れていた。

紅陽は“安全な村”ではない。

だが、それでも人は集まる。


その理由は――まだ語られていない。

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