第130話「帰る場所、待つ人」
温かい食卓は、傷を癒やす。
だが同時に――帰るべき場所を、思い出させる。
「さ、身体を治すのも食事は大事だよ。みんなで食べよう」
ミレーヌが声をかけると、自然と人が集まってくる。
「はーい!」
セラが元気よく手を挙げ、アリアが笑いながら席につく。
蒼月亭の酒場は、いつもの賑やかさを取り戻していた。
大きなテーブルの上には、湯気の立つ料理が並ぶ。
肉料理、スープ、焼き立てのパン。
「女将さんの料理は美味しいよ」
アリアが当然のように言う。
「ありがとね♪」
ミレーヌは嬉しそうに笑った。
その光景を――
レンファは、どこか不思議そうな顔で見ていた。
人間とエルフが笑い合い、同じ食卓を囲む。
そこに、自分も座っている。
「……」
まだ実感が追いつかない。
だが、目の前の料理の香りが、現実だと教えてくる。
「ほら、冷めるよ」
セラに言われ、レンファは少し慌てて手を伸ばした。
一口。
「……美味しい」
思わずこぼれた言葉に、ミレーヌがにやりと笑う。
「だろ?」
食事が進み、場の空気が和らいだ頃――
カイがふと口を開いた。
「そういえば、ルクスリアってどの辺にあるんですか?」
レンファは顔を上げる。
「……この大陸を南北に分ける山脈――ヴァルグリス山脈の西側にあります」
「ヴァルグリス山脈って……」
レオンが窓の外を指差す。
「ここから見える、あのずっと先にある山脈だよね?」
遠く、かすかに見える巨大な連なり。
「そうですね」
レンファは頷いた。
「それじゃあ、ここから帰るとしたら……どうやって帰るの?」
アリアが興味深そうに身を乗り出す。
「この大陸の西に、セレスト港という交易都市があります」
「セレスト港……」
ロークがいれば食いつきそうな名前だ。
「そこまで行けば、山脈を迂回してルクスリアに向かう船が出ています」
「なるほど……」
カイが納得したように頷く。
「でも、あの山越えるのは難しそうだもんね」
セラが窓の外を見ながら言う。
「そう思うよ」
レオンも同意する。
「じゃあ、ここから帰るのも……大変な道のりだね」
アリアの言葉に、レンファは少しだけ目を伏せた。
「……そうですね」
静かに答える。
だが、その声には迷いはなかった。
「でも……」
レンファはゆっくりと顔を上げる。
「ルクスリアには、妻がいるので」
その一言で、場の空気が少し変わる。
「心配してると思います……」
「奥さんか……」
ミレーヌが腕を組み、しみじみと言う。
「じゃあ、何としても帰らないとね」
その言葉は、強く、まっすぐだった。
「はい」
レンファも、はっきりと頷く。
「待ってる人がいるってのは――強いな」
レオンがぽつりと呟く。
「ええ」
リディアも短く返す。
「理由がある人間は、簡単には折れない」
セラがにこっと笑う。
「じゃあ、それまでにしっかり治さないとね!」
「そうだね」
アリアも明るく続ける。
「元気になったら、ちゃんと送り出さないと」
その言葉に、レンファは一瞬だけ目を見開いた。
「……」
自分は“ただの通りすがり”のはずだった。
だが――
ここには、送り出そうとしてくれる人がいる。
「……ありがとうございます」
小さく、しかし確かにそう言った。
賑やかな食卓。
笑い声。
温かい料理。
そして――
帰る場所と、待つ人。
その両方を胸に抱えながら、
レンファは静かに食事を続けていた。
明かされた帰るべき場所と、待つ存在。
だがその道のりは、決して容易ではない。
そして――まだ“語られていないもの”がある。




