第129話「境界に残る者」
語られる過去、与えられる居場所。
だが――選択は、まだ終わっていない。
「元々、ルクスリアの国の錬金術師だったんですが……」
静かな部屋で、獣人はゆっくりと語り始めた。
「材料採取に出かけていた時に、拉致されて……黒焔城に連れて行かれたんです」
その声には、わずかな震えが混じる。
「そこで何とか逃げ出すことができて……エルフの森の方に向かってるつもりだったんですが……」
少し苦笑するように視線を落とした。
「どうやら、人間領の方に来てしまったみたいで……」
「ここからすぐエルフの森だから、道は間違ってはいないね」
ミレーヌがあっさりと返す。
「でも――」
アリアが少しだけ表情を曇らせる。
「こっちでよかったかも」
「え?」
「エルフの戦力じゃ……助けられたかどうか……」
その言葉に、部屋の空気が一瞬だけ重くなる。
リディアは何も言わなかったが、否定もしなかった。
「で、これからどうする?」
ミレーヌが話を戻す。
「国に帰るんだろ?」
獣人は少しだけ間を置いて――
「……そのつもりです」
と答えた。
「ですが……」
一度、周囲を見回す。
人間。エルフ。
そして、自分を助けた者達。
「身体が治るまで……ここに居させてもらえませんか?」
間髪入れず、ミレーヌが答える。
「もちろんだよ」
その一言は、あまりにも自然だった。
「体調を万全にしたら、国に帰りな」
「……ありがとうございます」
深く頭を下げる獣人。
その仕草には、張り詰めていたものが少しだけほどけた気配があった。
「ところで、名前は何ていうの?」
アリアがひょこっと顔を出す。
「……レンファです」
「レンファ、か」
ミレーヌが頷く。
「私はミレーヌ」
「カイです」
ベッドの近くで静かに見守っていたカイが軽く会釈する。
「リディア」
「アリアよ」
「セラ!」
「レオンです」
次々に名前が交わされていく。
その光景を、レンファは少し驚いたように見ていた。
「……人間とエルフと……」
ぽつりと呟く。
「それに……獣人まで増えたわね」
リディアが淡々と付け足す。
「軽く種族会議ですね」
レオンが苦笑する。
「難しい話はしてないでしょ」
「確かにそうですね……」
レンファは、もう一度だけ周囲を見回した。
敵意はない。
警戒はある。
だが――拒絶はない。
「皆さん……暫くお世話になります」
静かに、しかしはっきりとそう言った。
ミレーヌは軽く頷き、
「遠慮はいらないよ」
とだけ言った。
そのやり取りを見ていたリディアは、扉の方へ向かう。
「……様子は見ておくわ」
振り返らずに一言。
「また来るかもしれないから」
「ですよね……」
レオンが小さく息を吐く。
紅陽は、また一人――
“帰る場所を失いかけた者”を受け入れた。
だがそれは同時に――
新たな火種を、抱え込むということでもあった。
獣人の錬金術師「レンファ」が紅陽に加わる。
一時的な滞在――いずれ国に帰るが………
だが、黒焔城という影は確実に近づいている。




