第127話「追手は“人”――境界の戦い」
森のざわめきは、魔物のものではなかった。
理性を持つ“敵”――その刃は、明確な意思をもって向けられる。
森の奥から現れた影は、魔物ではなかった。
統一された装備。
無駄のない動き。
そして――人の形。
「……魔人の兵ね」
リディアが静かに言う。
「魔物じゃないんですね」
「ええ。だから厄介」
次の瞬間、先頭の兵が低く構えた。
「目標確認。排除する」
短く、機械のような声。
「話す気ゼロね」
「交渉不可ですか……」
「最初からそのつもりで来てる」
――つまり。
「遠慮いらないってことよ」
リディアの姿が消えた。
一瞬で間合いを詰め、斜めから斬り込む。
だが、相手も即応する。
キィン――!
剣と剣がぶつかり、火花が散る。
「……やるじゃない」
軽く目を細めるリディア。
「訓練されてますね」
「だから言ったでしょ。厄介だって」
背後から別の兵が回り込む。
そこへレオンが割って入った。
「させるか!」
大剣が唸り、二人まとめて押し返す。
だが数はまだいる。
「囲まれます!」
「わかってる」
リディアは一歩踏み込み、低く構える。
「数で来るなら――削るだけよ」
そのまま踏み込み、連撃。
速さで翻弄し、確実に一人ずつ落としていく。
だが――
「……しつこいわね」
「兵ですからね……」
「ええ、ちゃんと“仕事”してる」
一瞬、リディアの視線が鋭くなる。
「でも――」
次の一撃で、敵の剣を弾き飛ばした。
「ここは通さない」
そのまま首筋に刃を止める。
兵は一瞬の逡巡の後、退いた。
周囲の空気が変わる。
「……撤退」
短い号令。
残った兵達は一斉に引いていった。
「……あっさりですね」
レオンが警戒を解かずに言う。
「深追いしない。命令通りって感じね」
リディアは剣を納める。
「つまり?」
「また来るわよ」
淡々とした一言だった。
「た、助かりました……」
後ろでへたり込んでいた獣人の男が、かすれた声を出す。
全身傷だらけ。
今にも倒れそうだ。
「話は後。歩ける?」
「……なんとか……」
「なんとかじゃダメです」
レオンが即座にしゃがみ込む。
「乗ってください」
「す、すみません……」
背負われた男は、ほとんど意識が飛びかけていた。
「急ぎましょう。紅陽まで」
「ええ。長居は無用」
ロークの武器屋――紅陽の入口。
「ただいま戻りました!」
レオンの声に、セラとアリアが飛び出してくる。
「えっ!?誰その人!」
「ケガしてる!」
「説明は後。治療を」
リディアの一言で、空気が締まる。
「任せて!」
セラはすぐに男の前に膝をつき、杖を構えた。
「ヒール」
淡い光が、男の体を包む。
傷がゆっくりと閉じていく。
「……ふぅ」
セラが息をつく。
「とりあえず命は大丈夫」
「さすがね」
「えへへ……って言いたいけど結構ギリギリだったよ」
「つまり危なかったのね」
「うん、普通に危なかった」
リディアのツッコミに、セラが苦笑する。
男はゆっくりと目を開けた。
「ここは……」
「紅陽。安全よ、たぶん」
「たぶん⁉︎」
レオンが思わず反応する。
「さっき襲われたばかりだし」
「否定できませんね……」
そんなやり取りの中、男はかすかに笑った。
「……助かった……」
それだけ言って――
意識を手放した。
「寝たわね」
「気絶ですね」
「どっちでもいいわ。生きてるし」
リディアは静かに立ち上がる。
その目は、再び森の方を見ていた。
「……嵐、来るわよ」
追手は“魔人の兵”。
ただの追跡ではない、明確な意思を持った襲撃。
そして、紅陽に運び込まれた一人の獣人。
彼が目を覚ました時、物語はさらに動き出す。




