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第105話 ――静かな瀬戸際――

魔物を討伐した夜。


勝利の代償は、あまりにも重かった。


守ったはずの命の代わりに、

今度は守られる側が倒れている。


静まり返った蒼月亭で、

時間だけがゆっくりと流れていた。

蒼月亭の一室。


窓は閉められ、灯りは落とされ、

空気は重く沈んでいた。


ベッドの上で横たわるカイの呼吸は浅い。


セラが両手をかざし、

何度目かの回復魔法を流し込む。


淡い光が胸元に染み込むが、

傷の奥にある何かまでは届いていない。


「……止血はできてる。でも、内側が……」


セラの声は震えていた。


ミレーヌはカイの頭を抱えるようにして座っている。


「大丈夫だよ。あんたはしぶといんだろ」


いつもの軽口の調子は、なかった。


リディアは壁際に立ったまま、微動だにしない。


腰の剣は抜かれておらず、

ただそこにある。


その手は、無意識に柄を握り締めていた。


――また守れないのか。


胸の奥で、冷たい記憶が蘇る。


血に濡れた石畳。

崩れ落ちる王女。

伸ばした手は、届かなかった。


「……違う」


小さく呟く。


今は違う。

まだ、生きている。


カイの額には汗が滲み、

唇がわずかに動いた。


「……流れが……違う……触媒……比率が……」


「何?」


ミレーヌが顔を寄せる。


カイの瞼は閉じたまま。


「金属……流すんじゃない……循環させる……」


リディアの目が細くなる。


それは武器修理の話ではない。


もっと別の――


何か。


セラが再び魔力を流す。


「魔力は通る。でも……体が拒んでるみたい」


「拒んでる?」


「たぶん、内臓が損傷してる。回復魔法は傷は塞げるけど、失ったものを補うには限界がある」


ミレーヌが唇を噛む。


「……エリクサーがあれば」


その名が、重く部屋に落ちた。


ロークはまだ戻らない。


王都から戻るには、早くても明日。


間に合うかどうか――


誰も口に出さない。


夜が深くなる。


フィオとレンは交代で外を見張っている。


アリアもエルフ達と共に村の外縁を警戒している。


静かな夜。


だが、部屋の中だけが戦場だった。


カイの呼吸が一瞬止まりかける。


「……っ!」


セラが即座に魔力を流し込む。


「持ちこたえて!」


リディアが一歩前に出る。


ベッドの横に膝をつき、

カイの手を掴んだ。


冷たい。


「……戻れ」


声は低い。


「ここに戻れ。まだ終わっていない」


強く握る。


「私は――」


言葉が詰まる。


私は、守ると決めた。


もう二度と。


震える指先を押さえ込む。


「お前を守る」


その言葉は、誰にも聞こえないほど小さかった。


カイの胸が大きく上下し、

再び浅い呼吸に戻る。


だが、安定はしない。


時間が削られていく。


夜明け前。


扉の向こうで、足音が響いた。


乱暴に開く。


「戻ったぞ!」


ロークの声。


その腕には、小さな木箱が抱えられている。


部屋の空気が、止まった。


ミレーヌが立ち上がる。


「……間に合ったのかい?」


ロークは無言で箱を開ける。


中にあるのは、

淡く金色に光る液体。


エリクサー。


リディアの瞳に、

かすかな光が戻った。


だが――


カイの呼吸は、今にも途切れそうだった。


次は

――命を繋ぐ光。


エリクサー投与。


そして、

カイの内側で何かが目覚めます。


リディアが崩れるのは、

まだ少し先。

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