95話:改良 訓練 弱点
翌日。今日も洞窟の地図を埋めるべく鉱山へ向かう――――のではなく、今日は出かけず一日中宿に居ることにした。
Eランクに上がったというのに早々に仕事をサボっているようにも見えるが、これには当然理由がある。と言うのも、昨日のトロッコ移動が結構大変だったため、その改良を先に終わらせることにしたのだ。
移動時間は飛躍的に短縮されたのは良いのだが、あのままでは乗る側も運転する側も負担が大きすぎる。かと言って、せっかく早く移動できるのだからこれを使わない手はない。そこで二人に相談し、今日一日はトロッコの改造に集中させて貰った。
一日を惜しんで昨日のトロッコを使って探索するより、一日きっちりと対策を練ってその次の日の探索を快適にした方が負担が減るというものだ。というか……俺もフィリアも昨日のトロッコに乗るのはもう嫌だった。
徒歩よりも速いし早いしんだがなぁ……フィリアは行きも帰りも気分悪くなっていたし、俺も運転中は一切気は抜けなかったし、その上で何度か壁に衝突しそうになっていたから危なかった。
せめて降りる度に吐き気と戦わないようにしたいところだ。
「まずは、酷かった車体の揺れをどう抑えるかだな。地面がデコボコしていたせいかしょっちゅう跳ねてたし……そのせいで何度フィリアが頭をぶつけていたことか」
「……ねえ」
【血濡魔術】で作ったミニチュアのトロッコを目の前に浮かばせ、それをくるくると回しあらゆる角度から車体を見直す。
車輪を大きくすれば小さな穴に煩わされず安定して走れるようになるか? それとも荷台の下ではなく横に設置すれば揺れないのか?
採掘のために掘られた坑道と違って、自然ないし魔物によって掘られた洞窟は通路も床も不揃いで、人が歩くのにも車輪を転がすにも向いていなかった。そのせいで小さな穴でも車体は大きく傾くし、ちょっとした段差があればすぐ跳ねるか、つっかえてトロッコ全体が前のめりにひっくり返りそうな時がままあった。
その時は急いで前輪を高速回転させて無理やり前進したり、車体その物に干渉してそれ以上ケツが上に持ち上がらないように操作したりした。
今思うと、誰も投げ出されてなかったのは幸運だったな。
「乗り心地も大事だが、何より運転面をどうにかしないとな。俺の操作に頼ってばかりだじゃ、いつ壁にぶつかっても仕方が無い……」
「……おーい」
【血濡魔術】で作った物はそれ自体が魔術だ。傾斜や人の力で押したり引いたりしないと動かない通常のトロッコと違い、俺の作ったトロッコは俺の魔力と意思で動く。車輪自体が自ら回転するため、上り坂でもお構いなしに走ることができる。だがそれは同時に、車輪の回転させるのにも俺の意識が奪われているということだ。
当然だが、運転では様々なことに気を払わねばならない。前方に障害物がないか。側面から何かが飛び出してこないか。曲がり道に対しどのタイミング、どの角度で車体を曲げるか。等々、とにかく気を払うことが多い。
俺の場合で言うと「進行方向への確認」「脇道から来るかもしれない魔物や他の冒険者等への警戒」「曲がり道への対応」「車体の姿勢制御」そして「車輪の回転」……少なくとも、これらの事に意識が持ってかれる。その内、魔力を要するのは後者三つだが、それらへ向ける意識が途切れたり遅れたりするとすぐに制御が離れ大きな事故へと繋がる。正直きつくてやってられん。
「車輪の回転」へ向ける意識は最低限必要だから、それ以外のところに向ける意識を削るか緩和できる方法が欲しいところだ。
「姿勢制御」は乗り心地向上に伴って改善されるものとして、もうちょっと運転面をどうにかしたい。あの複雑な洞窟が織りなす曲がり道に遭遇する度に、魔力を使って車輪の角度を車軸ごと曲げるのは大変だ。こう、自動で対応できる機能が欲しい所だな。
「つっても……自動で曲がるって普通に考えたら無理だろ」
「ちょっとー……無視すんなー!」
「……何だよ?」
突如上げられた大声にうんざりしつつ、俺は視線を下へ向ける。そこには不満と戸惑いを混ぜたような顔でこちらを見上げるリアナとフィリアの姿があった。
「いや、何だよじゃなくてさ……何してんの?」
「何って……見ての通り木にぶら下がってる」
「何してんの?」
先程大声を上げたリアナが今度は呆れた顔をする。
今の俺は宿にある小さな裏庭に生えている木の高い位置にある枝に縄の両端を結び、垂れ下がった弧の部分に足を乗せてぶら下がっている状態だ。所謂、座板のないブランコの上に立っているようなものだ。
その上で、目の前にミニチュアトロッコを浮かばせて改善案を思案している。
「失礼な。こんなでも至って真面目だ」
「ホントに真面目な顔してるから余計におかしく見えるのよ……」
……確かに、大の男が子どもみたいに木にぶら下がっていれば酔っぱらいか異常者に見えるか。
「そんなことより、お前等二人は出かけなくて良いのか? 俺の都合で仕事が休みになっちまったんだ。俺みたいに宿に閉じ籠もらず、息抜きに買い物なり食事なりに行けばいいのに」
急な話ではあったが折角の休みなのだ。贅沢はできないだろうが、降って湧いた休日を楽しめるだけの蓄えはこれまでの依頼で稼いでいるはずだ。
「冷たい事言うわねぇ、仲間なんだからアタシ達も一緒に考えるわよ。というか、アタシ達も乗るんだから意見くらい言いたいわ」
「そうよ。第一、元々のアイデアは私が出したんだから私も居たほうが良いでしょ? それにアゼル一人に任せて変な物ができても困るし……」
「俺を何だと思ってやがる……」
とは言え二人の言い分は的を射ている。特にフィリアはトロッコを作るアイデアを出した第一人者だ。俺ひとりで悩むよりも遥かに良い改善案を出してくれる可能性が高い、か。
「そうか。そうだな……なら、一緒に考えるか。今考えているのが車体の揺れをどう抑えるかなんだが――」
「いやいやいや、それよりも何で木にぶら下がっているのかの説明が先に欲しいんだけど?」
リアナが真顔で俺の言葉を遮った。ちっ、その説明をするのが面倒臭いから話題を逸らそうとしたのに。
「はあ……ただの訓練だよ」
「訓練?」
「昨日、トロッコを作る前にフィリアが言っていただろ? あれだ」
「トロッコの前……って、【血濡魔術】で空を飛ぶ話のこと?」
「そう、それだ」
俺の【血濡魔術】はイメージする力がそのままダイレクトに結果に作用する能力だ。
俺がイメージをすれば、柔らかい布は鉄の武器と打ち合えるし、薄い紙は人体を鋭く切り裂けるし、固い岩は粘土のように自在に形を変えられる。
しかし反対に、イメージできないことに関しては実現ができない。多くの固有魔術は術式を介さず意思だけで魔術を発動できるのが強みだが、それ故に「不可能だ」という認識がそのまま魔力に乗ってしまい、魔術の発動を阻害してしまう。簡単に言えば「これをやりたい」という意思を「これはできない」という意思が邪魔をし打ち消し合っている状態だ。
願いが理性よりも強ければ、強引に臨んだ結果を引き出すことはできるが、そんなの危機的状況でもなければそうそう起こせない。
ではこの常識を薄めて歪ませるにはどうしたら良いか……それこそが今の俺のこんな状態になっている理由だ。
「簡単に言えばイメージ訓練だな。「できない」という認知を「できるかも?」まで薄める訓練だ。要するに身体と頭に「思い込ませる」のがこの訓練の目的だ」
「……そんなんでできるものなの?」
「おかしな話だろ? だがこれでどうにかなるのが固有魔術というものだ」
俺が普段使っている【血織刃】なんかはまさにその代表だ。普通柔らかいはずの布が血に濡れただけで物を切れるわけがない。肉どころか草でさえ「切断」は無理だ、不可能だ。
だが俺は現に「布で魔物の身体を斬り裂く」ということを成し遂げている。本来、柔らかいはずのただの布でだ。
「これもイメージ訓練をやったおかげでようやくできるようになった技なんだが――どんな訓練をやった思う?」
「……どうやったの?」
フィリアが恐る恐るという様子で聞き返す。
「水で絞ったタオルでひたすら身体を叩いた」
「「…………………んん?」」
「水を含んだタオルってさ、絞ると硬くなるしそれで腕とかを叩くと少し痛いんだよ」
「いや、まあ、それはわかるけど……それだけ?」
戸惑ったように言うリアナに俺は頷く。だが当時行っていた訓練は「それだけ」と言うには些か問題があるな。
「叩くだけの単純な訓練だが、いくらタオルがそこらの棒きれに劣る強度だと言えど、きつく絞って丸めたそれを力いっぱい叩きつければそれなりに痛いし、何度もやれば内出血だって起こる。わかるよな?」
「う、うん……」
「なら後はそれを繰り返しやり続けるだけだ。何度も、何度も、何度も、何度も、――――――ただの布が、固くて痛い物だって身体が認識するまで何度も、な」
「…………」
いくらタオルと言えど、執念深く叩きつけられればどうなるか……ま、青痣程度では済まないとだけ言っておこう。
「そこまでくれば後は簡単だ。【血濡魔術】で固い――「硬い布」を作り出し、それを剣や槍といった武器の形状にする。結局のところ刃物というのは硬い物質を薄く加工したもので、武器というのは人を傷つける物だからな。「布が人体を傷付けた」という結果を見て、体感したなら、「切り裂く布」をイメージできないわけがない。そうしてできたのが、【血織刃】という魔術だ」
「………」
「体感に勝る訓練は無し……持論だが、魔術として成立する程のイメージを得るには、それに近い状況に身を置くことが何よりの近道だ。今回の「空を飛ぶ」ための訓練も、その本質は変わらない」
それで昨晩、俺なりに考えて行き着いた方法が「命綱無しで、地面から離れた不安定な足場の上に立つ」というものだった。
「……それでそんな高い所で宙ぶらりんになってるってわけ? 宙に浮いている状態に慣れるためだけに?」
「そうなるな。細かく言えば「落下せず地面から離れた状態を維持すること」だ」
「バカでしょ?」
ついに断定しやがったな、こいつ。
「んなこと言ったってよ、他に方法が思いつかなかったんだよ。人は空を飛べねえし、飛んでいる人間なんか見たことない。これが俺の中の常識だ」
翼を持って産まれなかった人間は、空を自由に飛ぶことを知らない。知ることはできない。どれだけ空に憧れても――どれだけ山を登り、崖を上り、高みに至ったとしても、それは大地の延長線上を這いずっているだけで、結局のところ地面に支えられているに過ぎない。
勇気を出してその足を大地から放しても、人の身体は空へと昇ることはできず、成す術なく下へと落ちていく。まるで、大地が人を手繰り寄せているかのように。
「不可能を可能にするのが魔術という力ではあるが、理詰めで出来るのは術式で現象を完璧にコントロールできる属性魔術の領分だ。感覚と本能に依った、限られた権能のみを操る固有魔術では、知識以上にそいつ自身にぴたりと合うイメージが必要なんだ」
細く不安定な縄に足を掛けているのはそれが理由だ。
足場が直下の地面から伸びていては駄目だ。それでは地面の上に立っているのと感覚が変わらない。
下を向けばすぐに遙か下の地面が見えて、なおかつ縄を唯一の足場としそれに縋ることで、宙に浮いた不安定な足場を自分自身に信用させる。
風や重心のほんの些細な変移で容易に崩れる縄の足場は、空中に居るという感覚を十分に体感させ、視界いっぱいに広がる空と浮遊する【血濡魔術】の創造物は、自分もまた空に浮いているのだと誤認させてくれる。その誤認こそが成功の鍵だと俺は思う。
たとえその方法が、どれだけ間抜けに映ろうがな。
……とは言え、一朝一夕で成功するモノでは無い。この状態になれるまでは、訓練中決して地面を見ないようにしなければならないな。
自分がまだ低い所に居ると安心してしまい認知の誤魔化しが上手く行かないというのもあるが、何より早く降りたくなってしまうから訓練が続かくなるのだ。
「そういうことだから、今日一日は木の上に居るつもりだから邪魔しないでくれると助かる……正直なことを言うと、今見下ろしたせいでさっきまで安定していたバランスが崩れた。今すぐにでも地面に降りたくてたまらない」
この高さから落ちても、まあ俺ならきちんと受け身を取れば怪我をすることはないだろう。余程打ちどころが悪くても骨折程度で済む。だがそれはそれとして落ちたくはないので、更に大きく揺れ始めた縄のバランスを何とか整えなければならない。
この縄は【血濡魔術】の支配下にはない普通の縄だからな。
「うん? それって…………」
俺の発言に何か違和感を感じたのか、リアナが軽く首を傾げて考え込む。
「…………ねえアゼル。まさかとは思うけど」
「くっ……落ち着け……よし……何だリアナ?」
何とか縄を安定させた後、下に居るリアナの言葉に耳を傾ける。
「まさかとは思うけど……ひょっとしてアンタ、高い所が怖かったり……なんて」
ピシリ――と、空気が固まった気がした。先程まであった足の震えも衝撃でピタリと止まり、むしろ縄がここ一番の安定を見せた。
「………………………………………………………………チガウゾ」
「「えっ、嘘でしょ⁉」」
二人の目が驚愕で開かれた――気がした。なにぶん下を見れないから正確なことはわからないが、直接見なくともわかるし見たいとも思わない。
「あははははははははは――! なーんかさっきから変な理屈捏ねてるなぁって思っていたけど、そういうことかぁ。アンタ、高い所怖いんだ!」
「し、知らなかった……ぶっきらぼうで、いつも「怖いものなんか何もありません」って態度をしているあのアゼルに、まさかこんな弱点があったなんて……」
「喧しい、笑うな! 俺は高い所が怖いんじゃない、不安定な足場が怖いんだ!」
二人の声が嫌でも耳に入って来る。くそ、上手く平静を装って誤魔化せたかと思ったのに、まさか見破られるとは!
リアナの笑い声が空に響く度に顔が熱くなっているのがわかる。きっと今の俺は羞恥で顔も耳も真っ赤になっているだろう。
第一、俺をそこいらの高所恐怖症と一緒にしないで欲しい。俺は高い場所自体に恐怖はない。実際、木に登ってもこれといって恐怖心は沸かない。だが足場としては頼りない場所――例えば、今乗っている縄や細い木の枝、今にも崩れそうな想像を掻き立てる仮組足場等の上に立つと強烈な不安を抱くのだ。
命綱などで結んで落ちない確信があれば恐怖心は消えるんだがな。
「うんうん、そっか~。偉いわね~、一生懸命恐怖を克服しようとして~」
――――ザクッ!
「スンマセンでした!」
ミニチュアトロッコを変形させた大鎌を回転させながらリアナの真横に突き立てると、すぐに下からリアナの謝罪が飛んで来る。
「ちっ……まあそういうことだ。常識だ何だと言ったが、結局のところ空飛ぶ物体なんて、いつ落ちてもおかしくない不安定性その物だ。そんな物に乗るなんて正気じゃない。だが……無我夢中の行動でも、一度成功したなら不可能ではない。俺の下らん恐怖心で腐らせるには惜しい技だろうがよ……」
だからこうして頑張っている。もし支えや命綱無しで浮遊物に乗れることができれば、移動にも戦闘にも役立てるだろう。
ぶっちゃけ、いつこの訓練が魔術として実を結ぶかはわからない。なにぶん俺がこの恐怖心を克服できるかにかかっているからな。そうそう実現できるとは思っていない。
訓練だって、部屋の中のような生半可な高さでは恐怖を克服するには物足りない。落下で怪我をするリスクが無くては恐怖症を剋するための訓練とは言えない……まあ、恐怖症の克服にしては荒療治にもほどがあるがな。
怪我のリスクを含めた特訓なんぞ普通ではないが、【血濡魔術】の訓練なんざ大抵こんなものだ。
「こほん……んなことはもういいだろ? それよりもトロッコの方だ。おら、どうやったら良くなるか考えやがれ」
羞恥心を誤魔化すように大鎌をミニチュアトロッコに戻して二人の前に浮かべ、奇妙な距離感で互いに改善案を出し合った。時折バランスを崩して落ちかけたり、その度に二人から心配半分からかい半分の目を向けられたが、努めて気付かない振りをした。




