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94話:伸びる地図 途切れる深み

 ――――ガラガラガラガラ!


「いやっほおおおおおおおお! 気持ちいいいいいい!」


 薄暗い洞窟の中でリアナの歓声と車輪の音が響く。それと同時に、身体がガタンッと跳ねて嫌な浮遊感が俺とフィリアを襲う。


「頭下げろリアナ、前が見えずらい! 俺の操作が遅れたら真っ先に壁に叩きつけられるのは先頭に座ってるお前だぞ!」

「う、うう……気持ち悪い……」


 フィリアの出した二つ目のアイデアは思いの外上手く行った。

 今の俺達は、俺が羽織っている外套(コート)とそこら辺で狩った魔物の骨で作った即席のトロッコの荷台に乗って、猛スピードで洞窟を移動している。

 改めて言うまでもないことだが、荷車やトロッコとは人や物を運ぶ物であり、当然人の力で押したり引いたりすれば簡単に動かせる。つまりトロッコを作ってそこに乗って移動することは、俺の頭でもイメージしやすい物となっているのだ。それこそ、空を飛ぶ物に乗ることに比べたら何倍もな。

 「自走する荷車」は既にロスウェル村の復興作業で既に作り利用していたため、その場の思い付きであっても問題なく全員が乗れる物が出来上がった。

 平坦な道や坂道でも走れるように魔力で車輪を回転させ続けなければならないのだが、物を変形させるよりもずっと魔力は少ないので消費魔力もそこまで無理がない。

 懸念点は段差や窪みで大きく車体が跳ねたり傾いたりする度に、ひっくり返らないように俺が必死になって体勢を整えないといけないことと、舵が無いため分かれ道や落とし穴が現れる度に車輪の角度そのものを変形して曲がったり、車輪の回転を止めて急ブレーキをかけたりしなければならないことだ。

 地上に戻ったらこっそり鉱山労働者達が使っているトロッコの造りを観察しないとな。


 正直乗り心地は最悪で、フィリアなんかは振り落とされないように必死に荷台にしがみついて吐き気を堪えている状態だ。

 俺はまだ操作している側だからかなんとか頭が揺られずに済んでいるのだが、リアナがピンピンしている理由がよくわからん。よくよく見れば身体に対してほとんど頭が揺れてないのがわかるが、一体どんな体感をしてやがるんだか……そういえば鶏は、身体が動いても頭は空中の一か所で止まってまったく動かないと聞いたことがあったな。


「……鶏頭(とりあたま)

「誰が三歩歩けば忘れる脳みそですって⁉」

「次曲がるぞー」

「ぐけぇっ――⁉」


 後ろを振り向いたままでは流石に対応できなかったのか、リアナの頭がガクンと揺れて鶏小屋で時折聞こえるような声を上げながら荷台に沈む。

 しかし乗り心地や安全面のことはともかくとして、この調子なら一時間とかからずに前回引き返した地点まで辿り着けそうだな。鑿牙鼠(ピッケラット)程度の魔物ならわざわざ降りずとも撥ね飛ばせそうだし、ともすれば岩妖鬼(トロール)が出てきても車輪を更に加速させれば致命傷を与えられそうな気がする。

 まあその場合、乗っている俺達も無傷とはいかないだろうからそんなことはしないがな。


「まさか俺の魔術をこんな風に使うなんてな。まったく、フィリアさまさまだな」

「うえぇ……? 何か言ったぁ……?」

「なんでも――つか大丈夫かお前? ひっどい顔してるぞ」

「だいじょ――うぶっ…………じゃない、かも……目ぇ回るぅ~、身体痛いぃ~」


 ……ちょっと限界が近いやもしれんな。


「リアナー、今どこら辺だ?」

「えーっと、昨日の地図で言うところの端らへん! あと次の分かれ道を右に――その後に出る穴を下に潜れば、そこから先はフィリアの作った地図に入るよ!」


 もうそんなところまで来たのか。とんでもなく早いな、これ。


「なら分かれ道のところで降りよう! そろそろ停止してやらんと、フィリアの口から非貴族的な何かが出そうだ!」

「……素直に吐きそうって言ったらどう?」

「こんなでも貴族の御令嬢だからな。一人の紳士として、直接的な表現は避けてやるべきだろ?」

「ぷっ――紳士だって! アンタからは程遠い言葉ね」

「うっせ。いっそてめーはゲロでも出しちまえ」

「……同じ乙女なのに、こんなに扱いに差があるのは何でなのかしらね?」


 強いて言うなら付き合いの長さだな。同じ扱いをされたきゃ、あと五年は頑張って付き纏うんだな。

 そんなくだらないやり取りをしている内に前方に分かれ道のある少し開けた空間が見えたので、俺はトロッコの前輪の回転を少しずつ落とし後輪は完全に回転を止めて、急ぎながらもひっくり返らないよう車体を停止させる。

 【血濡魔術ブラッティー・マジック】で荷台の箱の壁を扉のように開くと、フィリアは転がるようにトロッコから這い出た。


「うぅ……ま、まだ乗ってるみたいに視界が揺れてる。ほ、方向感覚が定まらない……」

「移動にかかる時間は大幅に短縮できたとは言え、毎回これじゃあちときついな。運転中も気が抜けねえし、今日中にでも形状の改良案を考えないとな」

「そう? アタシは結構スリルあって楽しかったけど」

「一瞬でも操作が遅れたら即壁に激突してするような暴走トロッコは流石に危ないだろ。最悪揺れは我慢するにしても、最低限衝突防止の対策は考えなきゃならん」


 荷台の箱を外套(コート)に戻し、再び羽織り直す。

 魔力と十分な量の血さえあればトロッコを作るための材料はいくらでも手に入る。面倒な工作も【血濡魔術ブラッティー・マジック】があれば一瞬だ。

 どんなに複雑な形状だろうが、形作るだけなら普段やっている【血織刃(けっしょくじん)】とまったく変わらん。人を乗せるトロッコ程度、時間も技術も特別な材料も必要ない。

 まさに【血濡魔術ブラッティー・マジック】の面目躍如といったところだ。


「……本当に。この魔術をこんなに便利に使ってみせるとはな」


 他者を殺す武器を作るか、血を吸いつくして他者を殺すかしてこなかった【血濡魔術ブラッティー・マジック】が……なんだか感無量だ。


「ふう、やっと落ち着いた」

「おう、そりゃよかった。もうちょっと休んだら、こっからは徒歩で移動だな」


 フィリアに水筒を手渡して、俺も地面に腰を据える。フィリアのアイデアのお陰で時間はたっぷり浮いたんだ、少しくらいはのんびりしても良いだろう。

 それからしばらく休憩がてらトロッコの改善案を三人で出し合ってから、昨日の続きから地図の作成を始めた。

 流石に地図の作製はトロッコに乗りながらではできないので、ここからは徒歩で移動することになる。昨日と同じ要領で、迷子防止のために血染布を千切って作った【血濡魔術ブラッティー・マジック】の針を壁に差しながら進んでいると、どこかから生き物の気配と視線を感じた。


「止まれ、何かいる」


 俺の制止の声にフィリアは素早く画材をしまって杖を握り、リアナも双短剣を抜き軽く構えた。

 しかし、いくら待っても前方からその何かが来ることはなかった。


「……何も来ないわよ?」


 フィリアが胡乱な顔で俺を見るが、それとは反対にリアナと俺は警戒を解くことなく注意深く前方を見つめている。


「居るわね、多分……もっと奥に潜んでいるのかしら?」

「いや、視線を感じる。てことは、少なくとも岩陰に隠れているとかはないはずだ」


 こちらを見ているということは、逆を言えば相手も見える所に居るってことだ。流石に明かりの届かないところに居られたら見つけられないだろうが、ここは他の場所よりも広い通路になっているとは言え奥行きはそこまでではない。それを踏まえて、こちらに向けられた視線を辿ってみると――


「……居た。二時の方向、岩壁に擬態した何かが張り付いている」


 俺の声につられてリアナがランタンをそちらへ向けるが、そこには周囲と変わらない岩壁の色が広がっており、一見するとそこに何かが居るようには思えない。

 しかし、そこは経験豊富な冒険者。リアナも巧妙に隠れたその生き物に気付いたようだ。


「あれは、岩隠蜥蜴(グアラード)ね」

「え……どこ?」

「ほら、あそこら辺。Eランクの魔物で、ああやって岩に擬態して獲物を待ち伏せてるの。よく気付いたわね」


 まだ見つけられていないフィリアに、リアナは顔を寄せて指でくるりと空中を囲って居場所を示す。

 巧妙に擬態しているせいでわかり難いが、大きさは二~三メートルと、Eランクの魔物にしてはやや大きい程度。表皮は本物の岩石なのかそれとも色だけを真似ているのかはわからないが周囲の岩と非常にそっくりで、もし奴の視線や気配を感じとれなかったら気付かずその傍を通って襲われたであろう。


「だがEランクってことは、そんなに強くはないんだな?」

「まあね。岩っぽい身体しているけど見かけだけで実際はそこまで硬くないし、人間が襲われることもあるけど体格差があるからそこまで積極的には襲ってこないわよ。まあ……それでも年に何回かは実害出ているからEランクなんだろうけどね」


 ふむ、何も知らない一般人が遭遇すると少し危ないが、多少の知識と武器さえあれば容易に回避できる程度の脅威度――といったところだな。Eランクの魔物にありがちな評価だ。


「あ、なら私が倒して見てもいい? 丁度新しく覚えた魔術を使いたくって」

「お? いつの間に勉強してたんだ?」

「寝る前の少しだけこつこつとね」


 そういうことなら任せるか。

 俺が道を譲るとフィリアは一歩前へ出た。一緒の部屋に泊っているリアナはなんの魔術を使うかわかっているのか、なにやら知った顔で完全に見守る姿勢になっている。


「駆ける風よ――」

「あら?」

「ん? ああ、あの魔術か」

「刃――――って、気付くの早っ! まだ出だしよ⁉」

「つかそれ下級だろ? お前なら詠唱省略はできるだろうに」

「そりゃそうだけど……下級とは言えせっかくのお披露目なんだから、最初の一回くらいはちゃんと死体でしょ? まったく……」

「悪い悪い、邪魔したな。続けてくれ」

「もう……こほん。駆ける風よ 刃となりて敵を切り裂け――――【風裂刃(ウィンド・カッター)】!」


 フィリアが杖の先端を軽く横に振ると、三つの風の刃が高速で潜んでいる岩隠蜥蜴(グアラード)に飛んでいく。


「キィィーーッ⁉」


 風の流れか魔力の気配か、はたまたフィリアが発した微量な殺気を感じ取ったのか、隠れ潜んでいた岩隠蜥蜴(グアラード)はその場から逃げ出そうとした動きを見せたが、その足を一歩踏み出す頃には既に【風裂刃(ウィンド・カッター)】が身体を斬り裂いていた。

 甲高い断末魔と血飛沫を上げて壁から剥がれ落ちた岩隠蜥蜴(グアラード)は、ぴくぴくと痙攣した後動かなくなった。


「おおー、一発か。フィリアの腕が良いのもあるが、本当に岩っぽいのは見てくれだけだな」


 もし岩隠蜥蜴(グアラード)の表皮が岩のような硬さをしていたら、下級風属性魔術では掠り傷しか与えられなかっただろうな。


「しかし、【風裂刃(ウィンド・カッター)】か……」


 新しい魔術を覚えたのは良いことだ。実際、火属性に偏ったままでは火の使えない場所での戦闘は酷く制限されてしまう。そういう点では、場所を選ばずに使える風属性の攻撃魔術があるのは非常に便利だ。なにせ風――空気はどこにでもあるからな。火よりも事故が起こり難い。

 良いことではあるのだが……何と言うか、言っちゃあ悪いが少し肩透かしを食らった気分だな。フィリアならもっと強力な魔術――それこそ中級の魔術を勉強していると思っていた。いやまあ、中級なんてそう簡単に習得できるモノでは無いんだがな?


「どうかした?」

「いや……お前も頑張っているんだな。流石はフィリアだ」

「そ、そうかしら……えへへ」


 止そう。折角フィリアが夜の少ない時間をやりくりして習得した魔術だ。きっと昨日の探索で空気の流れ云々の話をしたことで、急遽攻撃系風魔術を習得を急いだのだろう。下級魔術を詠唱して放ったことから察するに、まだ術式の構築に不安があったのかもしれない。

 ここまで潜っても未だ息苦しさを感じないから、きっとどこかしらに空気の通り道があるのだろうから多少なら火魔術を使っても問題はないだろうが、それでもやはり可能な限り火の使用は避けるべきだろう。

 どちらにせよ、彼女が俺達のためにと努力して修めた魔術だ。ならばそれはきちんと褒めるべきだ。


「……あー、なるほど。むふふっ、()()()()まだ秘密ってことね」


 リアナが意味深な笑みを浮かべていたが、内心で反省していた俺はそのことに気付かなかった。

 倒した岩隠蜥蜴(グアラード)は魔石を取った後脇に置き再び歩き始める。

 余談だが岩隠蜥蜴(グアラード)の舌は細剣(レイピア)のような鋭い針になっていた。おそらく獲物が側まで来たらこの舌を突き出すか、もしくは頭を飲み込んだ後口内で串刺しにして仕留めるのだろう。

 それからしばらく歩き続けるも、新たな魔物と遭遇することなくやがて行き止まりに辿り着いた。


「ふむ、この道はここで終わりか。引き返すぞ」

「……なんて言うか、思ったより何ももないわね」


 ここまでの地図を描きながら、フィリアが不思議そうに言う。

 確かに結構深くまで進んだが、分岐路はどんどんと増えて通路の幅も広くなっていく一方で、遭遇する魔物の数はどんどんと少なくなっている気がする。てっきり地下に潜って行けば行くほど魔物のランクも強さも上がっていくと思っていたのだが、現時点で遭遇しているのは先程の岩隠蜥蜴(グアラード)しかいない。

 むしろ、ここよりも上の方が魔物の数が多いんじゃないか?


「メインの仕事は洞窟の地図作成だから、戦闘の回数が減るのはありがたいんだが……昨日の話を考えるとどうにもな」


 俺の言葉にリアナも首肯する。


「うん、逆に不気味だよね。道も広くなって巣に出来る道もいっぱいあるのに、下に行けば行くほど魔物がいなくなるのはちょっとね……普段のアタシなら疑問にも思わないような小さな事だけど」


 そう、そこも不思議なのだ。上層ですらそこいらに魔物の死体が積み上がるほどに大量に出ていたのに、この未探索領域で魔物との遭遇が一匹だけというのはどう考えても不自然だ。普通なら上層以上に魔物で溢れているはずなんだが……。

 それに、遭遇した魔物がEランクだというのも不自然ちゃあ不自然だ。


「上よりかは少し濃くなったが、特別瘴気が増えた感じも無い……Cランクとは言わなくとも、今日初めて戦う魔物はDランクになるかと思っていたんだがなぁ」

「まあ、まだ探索は始まったばかりなんだから。また別の道に行ったら昨日の岩妖鬼(トロール)のような強い魔物が出るかもしれないんだし、引き続き警戒しながら進みましょ?」


 それもそうだな。考えだしたら疑問は尽きないが、俺達がやることははっきりしている。フィリアの言う通り探索は始まったばかりなのだから、どんな魔物が来ても対処できるように警戒して進むしかない。

 そう気合を入れ直して探索を続けるも結局別の道も行き止まりで、この日は目新しい魔物も竜の財宝の手がかりも見つけることはできなかった。

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