93話:移動革命は車輪から
「よっしゃー、今日も最奥目指して張り切っていくわよー!」
坑道の入り口で天に勢いよく拳を突き上げるリアナに、俺は呆れたように溜息を吐く。
「ついて早々元気だな。まったく、何をそんなに張り切っているんだか……」
「むしろ何でアンタ達は張り切らないわけ? Eランクになって初めての、それも統括者直々の依頼なのよ。アタシ達「曙光の導標」の名を売るチャンスじゃない!」
いや俺は有名になりたくはないんだだが……むしろどれだけ視線から隠れるかに躍起になっているんだが?
俺と違ってランク上げに余念がないのだろう。ランクアップした本人達よりも、リアナの方がずっと喜んでいる。
「お前自身のランクは変わってないってのに、よくもまあそんなに喜べるもんだな……」
「当然じゃない。仲間が周囲から――しかも統括者みたいな偉い人に評価されて喜ばない奴はいないわよ! まあ、アゼルの場合は本来の実力にランクの方が近付いたって感じだけどね。ああいや、それで言ったらフィリアもか」
「そういうものか?」
まあ、祝ってくれているというのは伝わった。
名を売る云々は脇に置いておくとして、Eランクに上がったことでDランクの依頼も受けられるようになった。Dランクからは討伐依頼が一気に増えるため、その分危険と儲けが増えていく。
大金持ちになりたいわけではないが、蓄えはいくらあったって良い。もしかしたら、ふらっと立ち寄った武器屋に夜王の遺物が転がっているかもしれないしな。
……いや、あるとしたら骨董屋か?
「あ、そういえば二人の役職って何なったの? Eランクになったならカードに新しく記載されているはずだけど」
「ん? ああ、そういえば言ってなかったな。どうやら俺は探索者兼討伐者ってことになったらしい」
ランクアップに伴ってカード自体を更新したから、今まで空欄だった下の役職欄に新たな文字が記載されていた。
ここの欄はこれまで達成してきた依頼の種類によってランクが割り振られていると登録時に説明を受けていた。これまで達成してきた依頼となると当然カルディナで受けた依頼しかない。カルディナではほぼほぼ植物採取や町の雑用しかやっておらず、研究者としての実績を積める依頼どころか実は依頼で魔物の討伐を行ったことは一度もない。
一応初日に粘魔の討伐依頼をやっていたのだが、あの時はまだパーティーを組んでいなかったため、あれはフィリア個人が受け扱いになっている。
そのため俺の役職は必然と探索者になるはずだったのだが、ここで今回の岩妖鬼討伐で突如として討伐者としての実績ができてしまった。
そのためそれぞれのランクは、「探索者ランク:E」「討伐者ランク:F(C)」「研究者ランク:ー」となっている。
妙な表記だが要するに「討伐依頼は受けていないけど、実力はCありますよ」ということだろう。一度も受けてないのに「ー」ではなく「F」となっているのは、あの統括者の心遣いなのだろうか。
「フィリアの方は?」
「私もアゼルのとまったく同じよ。正直アゼルと比べると、私が討伐者の役職を貰うのはなんだか委縮しちゃうけどね……」
「またまた謙遜しちゃって~。フィリアも十分Cランクの素質があるわよ、登録試験でアタシを投げ飛ばしたの忘れちゃった?」
「あー、あったなあ。くくっ、あん時は俺も驚いたなあ」
魔術師は基本的に、肉体を使った戦いを不得手としている。当然だ、魔術は高い威力の攻撃を遠距離から一方的に放てるのが強みだからな。地道に筋肉を鍛えるよりも、その分知識と魔力を高める方が何十倍も効率が良い。だからこそ、頼りの魔術が躱されて懐に入られると途端に弱くなるんだがな。
だからこそあの時のリアナも接近して決めにかかったのだろうが、まさか魔術師が――それも曲がりなりにも貴族のお嬢様が、ああもきれいな背負い投げを決めるとは思いもしてなかった。
「も、もう、からかわないでよ! あの時は、びっくりして咄嗟に出ちゃったというか……そ、そんなことよりも、早く今日の調査を始めるわよ! ただでさえ人手と時間が足りないんだから!」
「何を照れることがある? これでも褒めてるんだぞ。くくっ、だがまあ確かにいつまでも無駄話をしているわけにはいかないな」
フィリアに急かされる形で俺達は再び鉱山の中へと入っていく。昨日の騒動のわりには内部は特段荒れた様子はなく、火精石が放つ仄かな明かりが変わらずぼんやりと内部を照らしていた。
俺達は昨日と同じ要領で通路を進み未探索領域を目指すが、なにぶん距離が長い。複雑な構造であることに加えて足場が悪いことも影響しているのだろう、奥へ辿り着くにはどうしても時間がかかってしまう。
それでも二度目ということもあって、多少勝手がわかったため昨日よりかは進行はスムーズだがな。
「とは言え、このロスはデカいよなあ」
「そうねえ。仕方が部分ではあるけど、この移動のせいで探索時間が減っちゃうのはちょっともったいないわね」
「せめて地面が平坦だったらまだ良かったんだけどねー。こんなデコボコ道じゃアタシでも危なっかしくて思い切り走れないもん」
また現れた躓きそうな窪みを避けながら、それぞれが頭を悩ませる。
時間短縮のために町に帰らずに洞窟内で野営をする案もあるが、そうなるとランタンのオイルや食料、寝具等で多くの荷物が必要になる。
持ち込みの食料を無くして倒した魔物の肉を食べれば多少は荷物を減らせるかとも考えたが、肉を焼くために火を使って呼吸ができなくなったら笑えない。可燃性ガスが発生している可能性もまだあるから、やはり迂闊に火は使えない。
それに、ただでさえ狭い通路なのにそんな大荷物を抱えたら動きづらいったらありゃしない。そこに高ランクの魔物と遭遇なんてしたら逃げるのはおろか戦うにも苦労することになるだろう。
なので洞窟内で寝泊まりするのは、どうしても急を要する事情になった時の最終手段だ。
「あーあ、どこかの誰かが地下まで運んでくれたら楽なのにな~。それか一直線に下れる道ね……いっそのこと、地上の鉱夫達に掘らせるのはどう?」
「あはは……気持ちはわかるけど、その鉱山労働者の人達が安全に掘れるように、こうして私達が調査しているんでしょ? でも確かにリアナの言う通り、誰かが地下まで猛スピードで運んでくれたら楽よね。それこそ馬車やトロッコのような…………トロッコ?」
そう呟いたかと思うと、不意にフィリアが立ち止まる。一体どうしたのかと思い振り返ると、彼女は口元に手を添えて真剣な面持ちで思案していた。
「どうしたフィリア?」
「……あのさ、アゼル。あなたの【血濡魔術】って、人を乗せる事ってできない? って言うか出来たわよね」
「ん? あ~……」
でき……るな、そう言われれば。
確か初めての依頼の時も緋露芍薬を探すために血染布で自分の身体を持ち上げたし、なんなら喰血哭と戦っていた時にフィリアを【断紅障】で運んだ気も……。
「アゼルの魔術って武器を宙に浮かせたり遠隔で操作することもできるわよね? 前にもリアナがチラっと言った気もするけど、その力を使えば人を飛ばすこともできるんじゃないかなーって……」
自分の発想が突拍子もないと感じて来たのか、言葉を続けるにつれて声が小さくなっていったフィリアだったが、それを聴いた俺とリアナは思わず無言ではにかむ彼女の顔を凝視した。
――結論から言うと、空を飛ぶことはできなかった。
フィリアの提案を受けて早速【血濡魔術】で盾を作り地面と水平になるように浮かせたのだが、その上にリアナが恐る恐る足を乗せた途端――
――――ガシャンッ!
「アタシが重いっていうの⁉」
「落ち着け、まだ誰も何も言ってねえ」
一瞬の抵抗の後あっけなく落下した盾に憤慨するリアナを宥めつつ、再度盾を浮遊させようと魔力を操る。しかし、どうにも上手く行かない。
お椀のようにグラグラと揺れ動くだけで、一向に上に乗ったリアナを持ち上げるようなことはない。まさか本当に体重の問題かと思い、宥める振りをしつつ外套から蜘蛛脚を一本伸ばしてリアナを盾の上から退かして見ると、蜘蛛脚は問題なくリアナを猫のように持ち上げることができた。
ふむ、魔力だけでは人の体重を支えられないのかとも思ったが、やはりそういう問題ではないようだ。 第一、【断紅障】は全力で展開すれば喰血哭の突撃にも耐えられる程の強度と支えを持った強靭な盾だ。人間程度の重みを支えられないはずがない。
それにそもそも、以前フィリアを運べた実績が有るのだから、理屈で言ったら出来ない方がおかしいのだ。
……これは口にはできないが、今持ち上げた感じリアナよりもフィリアの方が重かった。
「アゼル~?」
「何も言ってないだろって…………ごほんっ、こうなると原因は俺の想像力の問題だな」
「イメージ? 関係あるの?」
「属性魔術を使うお前達はそこまで重要視していないと思うがな、こと固有魔術に関しては知識よりもイメージが物を言う世界だ」
そしてこの違いこそが、固有魔術の特徴だ。
既に知っての通り、属性魔術は扱うのに知識と知恵が必要だが、裏を返せば教育を受ければ誰であっても行使できるのが最大の特徴だ。
下級、中級、上級、最上級と、階級が上がるにつれて高度な術式を識り、それらを自身の内で組み立てる高度な知恵――演算能力と魔力を必要とするため、そういった意味では人を選ぶ技術ではある。しかしそれを乗り越えれば「誰でも」「同じ現象」を「確実に」引き起こすことができる。そのため個々人の認識やイメージによって、結果が左右することはほとんどない。
変則的な使い方をしたり上手く魔術を操るためにはイメージも必要にはなるが、究極それらが一切無くても魔術の行使に問題はない。なぜなら重要な部分は全て術式が担ってくれるからだ。
しかし固有魔術は、属性魔術とは全く正反対の理論で行使する。
術式という知識を必要としない代わりに「決められた手順」を踏む必要がある。【血濡魔術】の場合は「血に染まること」、転生の際に失った【夜闇呪文】の場合は「夜の中に居ること」が手順――すなわち魔術の発動条件となっている。
そしてここが重要になってくるのだが、固有魔術は「術者がイメージできない事象は、ほぼ実現しない」という特徴がある。
今回の失敗は確実にそれが原因だ。
「……ごめん、よくわかんない。前は離れていた私を盾で運んでバルドルのところに連れてきてくれたわよね? 以前できたんだから、今回もできるのが普通じゃないの?」
バルドルさんなあ……あの後、ロスウェル村はどうなったんだろうか。村を囲う防壁は完成したのか。亡くなった兵士の家族は悲しみから立ち直れたのか。母さんや父さん、ダリオンは元気してるんだろうか。
まだ村を離れて日も浅いのに、もはや懐かしい……。
「理屈では確かにそうなんだが、前と今では状況が大きく違う。あの時は危険な状況だったから半ば我武者羅に――無意識に魔術を行使していたようなものだった。今は意識がはっきりとしているし、まともに考える余裕がある。言っちまえば……変に理性的になってんだよ」
「……つまり?」
「人は空を飛べない――――その常識が無意識に魔力に乗って、盾に与えた浮遊効果を阻害しているんだよ」
人は鳥じゃない、地を歩くものだ。盾は踏みつけられたら動かないし、ましてや人を乗せて飛ぶことはしない。
それらの現象を可能とするのが魔術であり魔力ではあるのだが、イメージに左右される固有魔術だとその常識が望む結果を遠ざける。
「皮肉な話でな、属性魔術と違って知識が無くても魔術を行使できるくせに、常識やら知識が増えるとその知性のせいで固有魔術で出来ることが減っていくんだ。固有魔術をより柔軟に、より自由に行使するには、理性を飛ばして馬鹿にならなきゃいけないんだよ」
ともすれば、これが瘴気の特性なのやもしれない。
知恵と理性で振るう万民のための属性魔術と、感覚と本能で振るう唯一人のための固有魔術。
その在り方はまるで、孤独な獣のようでもある。本能やら感覚やら、言語化できないそれらは故に他者と共有できず、故に孤独を強いられる。
「……なんてな。まあとは言え、どうにもできない事じゃない。何度も言うようだが要はイメージの問題だ。常識が邪魔してできないなら、逆を言えばできると思い込めばできるってことだ」
【血織刃】で生み出した武具を浮かせるられるのも、武器をまったく別の武器に変えられるのも、過去の俺が必死にイメージ練習をした果てに可能とした技だ。
フィリアの言う通り実際過去に出来たのだから、後はいつものように特訓あるのみだ。
「とは言え、こうなると困ったな。折角フィリアが良い移動方法を思いついてくれたのに、肝心の俺がこの体たらくだとなあ……」
「まあこればっかりは仕方ないわよ、大人しく歩きましょ。ね、フィリア――フィリア?」
リアナが鼓舞するように呼び掛けるが、何故かフィリアはそれには応じず未だ口元に手を当てて思案している。
「おい、フィリア。まだ考えてんのか? いくら考えたところで、俺の魔術で空を飛ぶのは現時点では不可能だぞ? 空想を実現させるにはそれなりに時間がかかるんだ。考えている暇があったら、少しでも先に進んだ方が――」
「ううん、違うの。ああいえ、違くはないんだけど…………空を飛ぶのが無理ならさ、地面を走るのはどう?」
「……言っている意味がよくわからんのだが」
「イメージの問題なんでしょ? だったらさ――私達を飛ばすんじゃなくて、アゼルの魔術で地面を走る物を作れば良いんじゃない? それこそ、トロッコとか台車とかさ」
「「…………」」
俺とリアナは互いに見合わせた後、同時にフィリアの顔を見つめた。




