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92話:ギルドマスターからの特別依頼

 その後、鉱山労働者達の避難を終わらせた詰所の兵士達と、その数十分後に二組のCランクパーティーが駆けつけて来た。遅い到着だが、避難誘導やら冒険者協会までの距離を考えるとこれでも早い方か。

 両者共に既に地面に転がっている岩妖鬼(トロール)に驚いており、俺達がこれまでの経緯を話すと更に驚いたようだ。

 それから少し話し合った結果、魔物の更なる襲撃を警戒して兵士とCランクパーティーの一組が入り口を見張ることになり、もう一組のパーティーは俺達を含めた現場にいた冒険者達と共に倒した岩妖鬼(トロール)を冒険者協会まで運ぶことになった。勿論、追われて怪我をしていた二人には手伝わせてはいない。


 その道すがら、俺はリアナに言われて今回の事に関する報告書を作るよう頼まれた。

 正直なんで俺がと思うのだが「こういうのはきちんと報告しなきゃだから……」と説明になっていない理由を言われた挙句、最終的には「パーティーリーダー命令よ!」と言われた。

 さてはこいつ、書類書くのが苦手だな? 俺だって苦手なのに……。

 とは言え、リーダーの命令ということなら仕方ない。片手で岩妖鬼(トロール)を支えたまま、しぶしぶ【血濡魔術ブラッティー・マジック】で画板とインク瓶を持ちもう片方の手で報告書を書いたのだった。少々行儀が悪い……というか危ないのだが、人の後ろをついて行っているだけのなので前を見なくても一応問題はない。

 岩妖鬼(トロール)を討伐した事に加えて、地上に出た経緯と他にも出入口があるという可能性を書き、最後に地下深くに高ランクの魔物が潜んでいる可能性を竜殺しの伝説と搦めた考察も書いておく。

 報告書を書くなんて前世の若い頃以来だったが、案外できるもんだな。


 それを見ていたフィリアとリアナは「器用ね……」と感心と呆れが混じった顔をし、一緒に岩妖鬼(トロール)を運んでいた冒険者達はぽかんとした顔で見ていた。

 いや、フィリアはともかく仕事を丸投げしたリアナがその顔をするのは違くないか?

 書くことは決まっているため、冒険者協会に到着した頃には報告書を書き終えることができた。まったく面倒なことを押し付けやがって……と内心でリアナに文句を言ったが、運ばれてきた岩妖鬼(トロール)を見て大慌てで駆けつけてきた協会の職員達に事情説明を求められたことで、書いてよかったと思い直した。


 俺はすぐさま書き上げたばかりの報告書を押し付け、追われていた怪我人二人を指差して「詳しいことはこの二人が知っている」とだけ告げて、色々聞かれるより前に俺はフィリアとリアナを引っ張り冒険者協会から急いで出た。長くいると事情説明という名の無駄な時間が取られそうだからな。

 持ち帰った魔石やら討伐部位やらの売却は明日で良いだろう。その頃には冒険者協会内部でも情報の整理ができて落ち着いているだろう。それに、俺も明日以降に向けて色々と準備をしなければならないし。


 そんなこんなで華麗に面倒事を他の奴等に押しつけた翌日。早朝から少し過ぎた辺りの時間頃に、俺達は冒険者協会に赴いていた。

 俺自身も竜の財宝と英雄が振るっていた魔剣の伝説を信じ始めたので、本腰を入れて調査に乗り込むことにしたのだ。

 鉱山へ向かう前に昨日の魔石を売ろうと最初に冒険者協会に来たわけなのだが、建物に入るなり何故か俺達に視線が集まった気がした。


「……何だ?」

「見られてる、わね。それになんだか、昨日より人が多いような……」


 フィリアの言う通り、早朝を過ぎたというのに建物内に残っている冒険者の数が多い。特に若い――それこそ、俺達と変わらないくらいの年齢の奴が多いような気がする。この時間帯なら既に仕事をしに出ているはずなんだが妙だな?

 昨日の岩妖鬼(トロール)のせいで依頼を受けるのを尻込みしたのかと思ったが、なんとなくそれだけじゃないような気がするな。どことなく落ち込んでいるというか、諦めているというか……。

 俺達に向ける視線に悪感情は少ないのも気になる。この目は嫉妬……は違うか、羨望か?

 だがそれ以上に気になるのは、残りの大多数が尊敬に似た眼差しを向けていることだ。


「いったい何なんだ?」

「さあ? よくわかんないけど、気にすることないんじゃない? 大方、昨日の話が酒場に出回ったんでしょ。それよりも早く討伐報酬貰って空洞へ行きましょ」


 リアナも視線に気付いていたが、大して気にしてないのか普段通りの調子で窓口へ向かった。

 それもそうか、とそんな態度を見習って俺も向かう。

 こんな風に悪感情以外の目を向けられるのは村以外ではほとんどなかったから、少し戸惑ってしまったな。

 報告窓口に立って魔物素材と一緒に自分達の冒険者カードを提出する。しかしここで、手続きをしていた職員の顔色が変化する。


「あら、これは……」


 魔石や討伐部位を見ていた時は何ともなかったのだが、フィリアの冒険者カードを見るなり何故だか困ったような顔をし――かと思ったら、俺の冒険者カードに目を通した途端に何かに気付いたかのように目を見開いた。


「す、すみません。もしかして、昨日岩妖鬼(トロール)を討伐した方達ですか?」

「え? え、ええ、そうだけど……」


 リアナが戸惑ったように答えると、職員は「やっぱり……」と呟き俺達に少し待つよう言ってから足早にどこかへ行ってしまった。

 この時点でどこか嫌な予感がしてきたのだが、職員が中年の男を連れて戻ってきたことで予感は更に強まった。

 男の背丈は高めで、体格は筋肉質で随分とがっしりとしており、風貌からは冒険者らしい野性味が感じられた。

 その男は俺達の姿を確認すると、まるで親しい友人に声をかけるように片手を軽く上げて気さくに挨拶をしてきた。


「おう。お前さんが岩妖鬼(トロール)を倒したっていうアゼルか?」

「ふむ……何故俺の名前を知っているのかってのも気にはなるが、その前に――あんたは誰だ?」

「ちょっとアゼルっ、初対面の人に失礼でしょって何度言えば――」


 フィリアが小声で小突くが、それに対し男は怒るでもなく目を細めて薄く笑うだけに留めた。


「随分と生意気な坊主だな、おい。まあいい――俺はベルク。この町で統括者(ギルドマスター)をやってる。つまり、この町におけるおめーらの上司ってことだ」

「あ? 統括者(ギルドマスター)ぁ?」


 なんだか既視感がある状況だが、そんなお偉いさんが何だってこんなところに居るんだか。

 そう思っていると統括者(ギルドマスター)は、これ見よがしに手に持った紙を持ち上げた。それは、俺が昨日書き提出した報告書だった。


「これ、読ませてもらったぜ。中々に出来がいい。ここにお前さんの名前が書いてあったから、これと同じ名前の奴が来たら俺を呼ぶように窓口の奴等に言ってたんだよ」

「なるほど、それで俺の名前を……で、わざわざ統括者(ギルドマスター)様が何の用だ? しかも執務室に呼びつけるでもなく直々に出向くなんて」

「だからあ! 言葉遣い――」


 フィリアにまたも窘められる。この態度が失礼極まることは重々理解しているが、生憎と貴族とかでもない限り俺の方から口調を改めるつもりはない。本音を言えば貴族だろうが――否、貴族だからこそ嘗め腐った態度を取りたいところだが、プライドだけが無駄に高い輩を相手に礼を失すれば不敬罪かなんかで牢にブチ込まれる可能性があるからな。

 そうでなくても、あんまり興味を持たれて【血濡魔術ブラッティー・マジック】の事を突かれると色々と面倒なのだ。特に、人を顎で使える組織の長とかはな。

 俺がの口が悪いのは、手っ取り早く他人を遠ざけるための手段だ。

 だが、そんなフィリアの注意を統括者(ギルドマスター)の笑い声が遮った。


「――くくくっ、俺が統括者(ギルドマスター)と知ってもまだその態度かよ、おもしれえ。別に構いやしねえよ。冒険者なんて奴は大抵敬語なんかとは無縁な生き物だ。よっぽど調子に乗ってなけりゃあ、多少の事は許すさ」


 そう言って愉快そうに笑う統括者(ギルドマスター)。これにはフィリアだけでなく、流石の俺も少し面食らった。

 何と言うか、カルディナのライナス統括者(ギルドマスター)と言い、このベルグ統括者(ギルドマスター)と言い、統括者(ギルドマスター)というのは意外と懐が広いな。荒くれが集う冒険者協会のトップってのは皆こうなのか?


「す、すみません……こほん。それでアゼルにどういった御用が?」

「なあに、ちとアゼル――いや、おめーらに確認しなきゃらんことがあってだな……昨日運ばれてきた二体の岩妖鬼(トロール)。ありゃあマジでおめーらが倒したのか?」


 急に真剣な顔をして尋ねる統括者(ギルドマスター)に、俺は僅かに眉を顰める。


「……まさか、疑ってるのか?」

「そりゃ疑うだろ。聞けばお前の内二人はFランクの新人だって話じゃねえか。一人Cランクが居るとは言え、相手もCランク――それも二体もだぞ? 信じろって方が難しい」


 ……確かに。

 俺が知っているCランクパーティーであるカイルやゴルド達を見てもわかるが、通常Cランクの魔物を相手取る場合は一体だけでもパーティー全体で対処するもののようだ。

 正直その程度の実力でCランクを名乗って良いのかとも思わなくもないが、負傷のリスクを考えるとむしろ、素の力が人間よりも遥かに高い魔物を相手に一対一で戦う方が異常とも言える。

 数で囲って殴って、無傷で倒せるならそれに越したことはない。実際、夜狩熊(ハンターベア)なんかはD以下のパーティーでは壊滅させられるだろうしな。

 ……というか、ゴルドのパーティーは壊滅させられたんだっけ? Dランクの頃もそうだったらしいが、それどころかCランクになった現在も結局敗走したな。

 そんな一体でも厄介なCランクの魔物を二体、それも三人という少人数で倒したときた。しかも内二人は最低ランクのFランク。疑うのも仕方が無いか。


「信じられんかもしれないが事実だよ、一応な。昨日の奴等から聞いてないか?」

「もちろん聞いた。襲われたって言う二人だけじゃなくその場に居たDランクのパーティー、それと討伐に向かわせたCランクパーティー二組からもな。到着した頃には既に終わっていたってんだから、あいつ等も報告を聞いた俺も驚いたもんだ……マジなんだな?」

「マジだよ。証拠が欲しけりゃ、今提出した魔物の素材の中に岩妖鬼(トロール)から取り出した魔石が二つあるから確認しろ」


 「そうかあ……」と何故だか悩まし気な顔をする統括者(ギルドマスター)が、念のためと言うように俺達の対応をしてくれていた職員に確認を取るよう指示する。

 提出した袋の中から岩妖鬼(トロール)の魔石を見つけ出したのか職員が頷くのを見ると、統括者(ギルドマスター)は決心したように顔を引き締めた。


「うしっ、わかった! おめーらの実力を見込んで、俺から一つ依頼を出す」

「「「……依頼?」」」


 怪訝な顔をして顔を見合わせる俺達に向かって統括者(ギルドマスター)は説明を始める。


岩妖鬼(トロール)の出現とそいつが地上に出て来たことで、今回の空洞調査の依頼ランクがEからCに引き上げることになった。一応Dランクの奴等も受けられるが、Cランクの魔物がいるとなるとちと危ねえ。一攫千金を目指して他所から遥々来た奴等には悪いが、Eランク以下の奴等は立ち入り禁止になった」

「「えっ」」

「ちっ……そうきたか」


 それで若い冒険者達がこの時間になっても建物の中で(たむろ)してんのか。

 考えれば当然だが、Cランクの魔物が地上まで上がってきたとなると低ランクの冒険者ではどう足掻いても対処できない。危険性が判明した以上、冒険者協会としては無暗に人材を送って命を散らさせるわけにはいかないか。

 当然と言えば当然なのだが、しかしそうなるとFランクである俺達もあの空洞には立ち入れなくなったということだ。魔剣の存在が濃厚になってきたから、他の奴の手に渡る前に何としても入らなければならないところなのだが……。


「だがこうなると、入れる奴が大きく減る。既に調査開始から一か月が経過しているのにまだ内部の全貌が把握できてない。正直、これ以上依頼人を待たせるのは協会側としても避けたいんだが……ここに来て大幅に人手が減っちまった。仕方がねーつったら仕方がねーんだが、結構きつい」

「そうよねー。ただでさえあの中は入り組んでいたし……」


 迷路のようなあの通路を思い出したのか、納得したようにリアナも頷く。

 地図ができていたところを通るだけでも数時間はかかったというのにまだ奥があるという状況だ。それに加えて強力な魔物を警戒しながらとなると、冒険者達は更に慎重にならざるを得ないだろう。人出が減った今では、更なる時間がかかるのは想像に難くない。


「他所から腕の立つ冒険者を大勢呼ぶことも考えたんだが、Cランクを呼ぶともなるとそれなりに金がかかる。なまじこれまで見つかってきた魔物がEランクばっかだったもんで、討伐した魔物の素材を商人に売ったとしても協会の利益は薄い。そうなると依頼人側に報酬額を上乗せしてもらう必要が出るんだが……」

「それは……少し厳しいかもしれませんね。Cランクの魔物の討伐となると一体だけでもそれなりにお金がかかりますし……」


 確か依頼人は土地の領主と鉱山労働組合……貴族とこの町の産業を支える組織だから金はあるだろうが、冒険者達の自主性ではなくこちら側からCランクの冒険者を呼び寄せるとなると「討伐した魔物が今回の依頼報酬ですー」では納得できんわな。もう少し積まないと、実力者を遠くから呼び寄せるのは難しいだろう。しかも、どれほどの人手が必要になるのかわからないときた。


「ああ。今もこの町の伝説を聞きつけて冒険者が来てはいるが、悠長に高ランクの奴を待つにはやっぱり時間が足りん。そもそも、Cランク冒険者と言ってもその実力はピンキリだ。全体的に見ればCランク冒険者はFランクの新人よりも多いんだが、実際にCランクの魔物を倒せる奴ってのはせいぜい半分程度だ。そんでもってこの町は、鉱山に流れる精気の魔力が多いおかげでそこまで強い魔物が出ない。だからここのCランク冒険者は、長く勤務して地道に功績を積み上げてCランクになった奴が多いんだよ」

「……つまり、昨日みたいにCランクの魔物が複数同時に出てきたらやばいかもしれないってことか?」

「まあ、そういうことだな。あんまり大きい声では言えねえが……」


 駄目じゃねーか。

 岩妖鬼(トロール)みたいなデカ物が通路の前後を挟むように出てきたら、一つのパーティーでは殺される危険があるということだ。

 地下にどれ程の脅威が潜んで――現段階では所詮俺達の推測に過ぎないが――居るかは未知数だが、ただでさえ人手が足りないのにその上数少ないCランクが減ったらそれだけで大損害だ。人材的にも時間的にも……そして減った分をを補充することになったら資金的にも、な。


「そこで、おめーらだ。見たぜ岩妖鬼(トロール)の死体。片方は中級の魔術で焼かれたらしい火傷、片方はズタズタに斬り付けられた上に不自然なまでに血が抜かれているときた。余程の実力者の仕業だってのは誰が見てもわかる。協会に逃げ込んだ若造からの救援から、Cランクの奴らを派遣するのにほんの少しの時間があったとは言え、到着するまでの短時間で倒して見せた。おまけに戦闘を直接見ていた奴らからも証言まである。正直、Fランクだって聞かなかったら俺も悩まなかったんだが、おめーらの面を見て決心がついた」

「ふむ?」

「おめーらのパーティー――「曙光の導標」には俺が出す特別依頼を引き受けて、引き続き空洞の内部調査および内部の地図を作って来て欲しい。依頼の内容は『可能な限り早く、内部の構造を把握する事』だ!」


 それはつまり、簡単に言うと空洞の全体地図を作って来いってことか。って――


「おい、無茶振りが過ぎないか? マッピングには人手が必要だって話をしたばかりだってのに、それを俺達に全部押しつけるつもりか」

「ちげーよ、早とちりするんな。特別と言ったがやることは元の依頼と何も変わらん。ただランク的に怪しい所に居るおめーら――正確にはアゼルとフィリアの二人が、調査に入れるようにするための方便だ。パーティーランク的にはぎりぎり通らんでもないんだが、そっちはリアナのランクに引っ張られている感じがするからな。通常の手続きじゃ、窓口で止められる可能性が高い」


 俺達個々人のランクはCランクが一人とFランクが二人だが、「曙光の導標」というパーティーとしてはDランクとなっている。これは統括者(ギルドマスター)の言う通り、リアナの功績が大きい。

 パーティーを組んでいる限りランク的にはCランクの討伐依頼も受けられるんだが、なまじ俺とフィリアのランクが低いせいで依頼によっては窓口で止められる可能性もあった。実際、昨日依頼を受けた時も先ほど冒険者カードを提出した時も、Fランクということで眉を顰められたしな。

 要するに別の依頼を渡されたと言うよりは、今回の依頼を引き続き受けられる特別許可を与えられたと考えて良いだろう。正直これは、俺にとって非常に都合が良い。


「多少強引なのは認めるが、岩妖鬼(トロール)を倒して翌朝もぴんぴんして協会に来ている奴等を、ランクを理由に遊ばせるにはあまりに勿体ねえ。既に調査開始から一か月が経過している今、これ以上依頼人を待たせるわけにはいかねえ。魔物の根絶とまではいかなくても、最悪内部全体の地図さえ形になれば残党の討伐も多少やりやすくなるし、少しずつでも鉱夫を入れていって採掘もできるようになるだろう。俺達を助けると思って頼む!」

「……そういうことなら」


 鉱山労働者達のあの目を考えると、確かにこのままずるずると長引かせるのは危険だろう。Cランクの魔物が潜んでいる可能性がある以上まだ入れるわけにはいかないが、地図を作って大雑把にでも危険な魔物を間引くことさえできれば、多少制限はありつつもあの場の採掘に着手できるようになるだろう。

 地図の作成中にどれだけCランクの魔物を討伐できるかが重要になりそうだな。


「勿論、ただ危険な仕事を押し付けるだけじゃねーぜ。今回の件が終わったら依頼人から提示された額よりも多めに報酬を出してやる。実際どれくらいの額になるかは、これからやる依頼人との交渉次第になるがな」

「ふむ、まあ妥当だな……」


 ベテランでも手を焼く強力な魔物という、大きな不確定要素がある場所にFランクの冒険者を送るんだ。たとえ俺自身はまったく問題ないとはいえ、一般的に見たら危険なことには変わりないのだから相応の値段はつけて欲しいところだな。


「依頼人と言いますと、もしかしてドランデル伯爵ですか? それとも鉱山労働組合の方でしょうか?」

「ドランデル伯爵の方だ。実際に金持ってんのは断然そっちだからな。あちらさんも折角見つけた鉱脈がいつまで経っても使えねぇんで、ちょくちょく催促が来てんだよ。安全確保を急ぎたい理由もここにあってな……一応調査の必要性やら危険性は重々理解しているようだが、いつまでも鉱夫の立ち入りを制限するわけにもいかねぇからな」

「…………」


 フィリアの質問に統括者(ギルドマスター)は疲れたような溜息を吐く。こいつも冒険者と鉱山労働者達のいざこざには頭を悩ませているんだろう。大雑把そうな見た目に反して、意外と苦労していそうだな。


「それから、もう一つ。俺からの依頼を受けるにあたってアゼルとフィリア、二人のランクをEランクに上げてやる。それも今すぐだ」


 その言葉に俺とフィリアだけでなく、リアナまでも驚いた。


「おいおい、ランクってそんな風に上げて良いのか?」

「別に良いだろう。これまでそれなりの量の依頼をこなしたみたいだし、昇格してもまあ問題ねえ。早すぎる気もするが、FからEならそう珍しすぎる事でもねえ。本来はちょいとした試験があるんだが、今回の岩妖鬼(トロール)討伐と考えれば十分過ぎるだろ――そして更にだ! この依頼を完遂したらDランクまで上げることも報酬に加えてやる。俺個人としてはCランクにまで上げても良いとも思うんだが、流石にFから一気に上げると色々と周りが煩くてな。Dまでは行けると思うんだが、Cとなるとちょいと無茶しないとな……」


 そう言って少し申し訳なさそうな顔をする統括者(ギルドマスター)。いや、無茶すればCランクに上げることもできるのか。そうでなくともDは行けそうな雰囲気だな。まあ、ランクを上げること自体には興味はないからEで良いがな。

 しかしこれは、少しばかり嬉しい誤算だな。てっきり半年くらいはかかるかと思ったんだが、まさ冒険者になって一か月も経たない内にもう昇格とはな。


「やったわねアゼル、フィリア! まさかの一足飛びよ!」

「まあ、ありがたい話ではあるな。Cランク昇格の話はともかくとして、Eランクの昇格試験を免除してもらえるのは楽だな」

「おお、そうか! ならこの条件で受けてくれるってことで良いんだな?」

「それで構わない。金の話はそちらに任せる。俺個人としては調査に入れればそれでいいし、金とかにあんまり興味も――」

「少しお待ちください。報酬の事で少しご相談がございますわ」


 俺の言葉を被せるようにそう言ったのはフィリアだ。彼女は僅かに前へ出ると、真剣な顔で統括者(ギルドマスター)の顔を見つめる。

 というか、なんだか口調が……


「お、おお……なんだ?」

「今回の特別依頼を受けるにあたって、報酬として他の方達よりも多くの金銭と私とアゼルのDランク昇格となっておりますが……これを別の物に変えてはいただけませんか?」

「別の物、だと?」


 訝し気に目を細める統括者(ギルドマスター)に対して、フィリアは伺うような目つきでゆっくりと頷いた。


「先ほどアゼルが言った通り、私達はあまり金銭に興味がありません。そして……せっかくのお心遣いを無碍にしてしまうようで申し訳ありませんが、アゼルも私もランクを上げることに関しても固執してはおりませんの」

「……へえ」


 これを聞いた統括者(ギルドマスター)の口元が僅かに吊り上がる。

 フィリアにしては珍しく、相手からの謝礼――今の場合は報酬だが――に文句を言うかのような物言いだが、統括者(ギルドマスター)はが浮かべる笑みはどこか楽しんでいるように見える。


「良いだろう。まどろっこしいのは嫌いでね――何が欲しい?」

「あら、ふふっ。お話が早くて助かります。そうですね、では単刀直入に――伝説の魔剣です」

「あん?」

「フィリア、一体何を……」


 言いかけた俺の口を視線で黙らせて、フィリアは先程よりもはっきりした口調で話す。


「実は私達、魔剣を集めて旅をしているんですの。他の方々と同様、元々この町へは竜殺しの魔剣を求めて訪れた次第です。今回の依頼を受けたのも、まさにその魔剣の真偽を探るために引き受けたのです」

「なるほどな……」


 チラリと、何故か統括者(ギルドマスター)の目が俺――正確には、俺の腰に収まっている赤剣――に向いた。

 そういえば昨日の冒険者が、俺の剣を魔剣だと勘違いしていたような……。


「だがそれと報酬にどう関係しているんだ? 確かにこの土地には竜殺しの英雄と魔剣の話が伝わっているが、それが見つかったって話もましてや本当にあるのかどうかも定かじゃねえんだぞ?」

「重々承知しています。ですがアゼルの報告書にも記載した通り、今回の岩妖鬼(トロール)出現で伝説に対する信憑性が大きく高まりました」

「ふむ……続けろ」


 フィリアは鞄から元々の依頼書を取り出すとある一文を指差して統括者(ギルドマスター)に向け、周囲に聞こえないよう配慮して喋る。


「『空洞内部にある魔物由来の資源を除く、一切の資源の取得は禁ずる。発見した場合は、速やかに鉱山労働組合か冒険者協会に提出する事。ただし、第一発見者には依頼人と交渉の結果、報酬として一部受け渡す場合もある』――今回の依頼では、空洞内で見つけた資源は魔物由来の物を除いた一切を提出することが求められていますが、依頼人との交渉次第では一部をいただけることになっている。これはつまり、伝説に語られる火竜の財宝も当てはまる……違いますか?」

「くくくっ、そうなるな。ドランデル伯爵も口にこそ出してなかったが、あるかもしれないという期待はありそうだった。その上でそんな文を書いたってことはよ……まあ、そういうことだろうよ」


 単純に冒険者を焚きつける目的が多きかもしれないがな――ますます笑みを深める統括者(ギルドマスター)。それに対しフィリアも、表面上は柔らかな微笑みを浮かべる。


「報酬の金額は他の方々と同じで構いません。ランクも無理に上げてくださらなくても結構です。その代わりとして――」

「言いたいことはわかったぜ。だがよ、なんもなかったときはどうすんだ? 俺としては問題ねえが、後からやっぱ元の報酬を寄こせって言っても聞かねえぞ?」

「勿論、理解していますわ。ねえ? 二人共――」


 こちらに視線を向けるフィリアに、俺とリアナは互いに確認するように顔を合わせた後、力強く頷いて見せた。

 それを受けてフィリアも頷きを返すと、統括者(ギルドマスター)に向かって堂々と言い放つ。


「――構いません。無ければ無いでそれまでですから。依頼人の方は早く調査を終わらせて欲しいけど、同時に可能な限り安く済ませたい。私達は、()()()()()()()()()()()()魔剣にしか興味がない。お金もランクも――()()()()()()、ね」


 これが決定打だった。

 統括者(ギルドマスター)はこれでもかと笑みを深めると、まるで活きの良い獲物を見つめる狩人のような一種の獰猛さを感じさせる目でフィリアを見つめる。


「くっくっくっ……一人だけ浮いた気弱な嬢ちゃんかと思えば、中々どうして肝が据わってやがる。わかった、その方向で交渉してみる」


 魔剣マニアとでも思われたかな? なんにせよ、報酬はそれで納得してくれたようだ。


「ありがとうございます統括者(ギルドマスター)。ああそうだ――念のため私の名前は出さないようにお願いいたします。家の確執どころか交流もありませんが、他領の貴族と聞くとこちらにその気がなくても変な勘繰りをされてしまうかもしれませんので」

「ん? ああ、そう言やあ出身と名字が……わかった、お前さんの名前は出さんように気を付ける」


 そう言うと、統括者(ギルドマスター)は職員に「この二人をEランクに上げろ」と指示を出す。


「良いのか?」

「こっちの方は最初からそうするつもりだったんだよ。更新したカードと一緒に俺のサインが書かれた新しい依頼書もそいつの方から渡しておくから、忘れず受け取っておけ」


 期待してるぞおめーら。

 その言葉を最後に、俺達に背中を向けたまま片手を上げて立ち去る統括者(ギルドマスター)。その後ろ姿を俺達は黙って見送り、やがて通路の奥へと消えていった。


「……ふう~! 上手くいったわね」

「まったく脱帽だよ、フィリア。まさかあんな条件を引き出すとはな」


 これはもう大手柄と言って差支えがない。まさかありふれた報酬を、本来の目的である魔剣に変えてしまうとは思いもしなかった。これで後は魔剣を見つけるだで良いわけだ。


「えへへ、まあまだ確定じゃないけどね。肝心なところは統括者(ギルドマスター)の交渉に任せるしかないから」


 確かに、この地の領主がどれほど伝説と魔剣に興味を持っているかは未知数だ。それに、あったとして他の奴に先に見つけられたら、それはそれでまた面倒なことになりそうだ。まだ安心するには早いか。


「だがそれでも、十分すぎる程に楽になった。フィリアの交渉のお陰だ――ありがとう」

「っ! そ、そう? ええっと、そう言ってくれると、私も頑張った甲斐があった、かも……」


 素直に礼を言ったら、何故だか急にそっぽを向いてしまったがどうしたんだろうか? てっきり得意げに胸を張って「でしょ? 私を崇め奉りなさい!」なんて冗談めかして言うかと思ったんだがな。


「はーいそこの二人。甘い青春も良いけど、まずはこっち来てカードの更新しなさーい」

「あ、ご、ごめん――って違、別にそういうんじゃ」

「あー、いいからいいから。さっさと魔力記録機(アウラ・レコーダー)でカードと魔力の照合済ませなさいな」


 妙に慌てた様子のフィリアに首を傾げながらも、俺もランク昇格用の窓口に近付き冒険者登録や依頼達成報告の際にもう何度も見てきた魔力記録機(アウラ・レコーダー)に手を乗せ、無事冒険者カードの更新を終わらせるのであった。

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