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91話:竜が遺したモノと英雄が遺したモノ

 坑道の奥から追加の魔物が来ないことを確認した俺は、【鎌首(れんしゅ)】を剣の形状に戻し二人に労いの言葉をかける。


「お疲れさん。思ったよりも早く倒したじゃないか」

「一人で倒したアンタに言われてもねえ……まあ、ありがとね」

「正直私一人だったら手も足も出せなかったかも。やっぱりCランクの魔物相手だと生半可な魔術じゃ通用しないわね」


 どこか落ち込んだ様子でフィリアが言うが、初めてのCランクとの戦闘で勝利を収めたのは凄まじい。やはり俺の目に狂いはなかったな。

 一対一の戦いならばリアナの足の速さと身のこなしは非常に有利に立ち回れるし、そこに中級魔術を使えるフィリアが居ればCランクの魔物に一方的にダメージを与えられるだろうと思っていた。

 思ったよりも岩妖鬼(トロール)がデブでタフだったから若干の心配が出たのだが、実際に戦いが始まると想定よりもリアナが上手く立ち回ってくれたな。フィリアに注意が向いた時、何度もカバーしてくれた時は素直に助かった。

 フィリア自身が言っていた通り、下級魔術ではCランクの魔物相手には火力不足だし、岩妖鬼(トロール)の膂力だと防御魔術の【魔術障壁(アルマ・マギカ)】で防げるかは少し不安があった。夜狩熊(ハンターベア)の風の刃を受けた時も砕けていたしな。

 ……もっとも、リアナの助けが間に合わなかったとしても問題なかったがな。万一の保険は持たせているし、一応俺も戦闘しながら注意は払っていた。


「し、信じらんねえ。岩妖鬼(トロール)をこんなあっさりと……」


 離れて見ていた冒険者達が、どこか呆然とした様子で出てくる。岩妖鬼(トロール)に追われていた二人も一緒だ。

 怪我人もいるから途中で逃げるかと思ったが……律儀に見守られるとはな。


「あんた、Fランクだって言ってたけど嘘だろ? 岩妖鬼(トロール)を一人で倒しちまうなんて、Cランクのベテランでなきゃ無理な話だ」

「……別に嘘は言ってない。ただ少し腕に覚えがあるだけで、ベテランどころかまだ新人だよ」

「そうなのか? ってことは、その剣のお陰か? 凄い魔剣のようだが――」


 その言葉を聞き終えるより先に、俺は会話を切り上げて岩妖鬼(トロール)の死体に近付く。

 知らん人間と話すのは得意じゃないんでな、そいうのは得意な奴に任せるに限る。ちょうど調べたいこともあるしな。

 【血濡魔術ブラッティー・マジック】を見せてしまったが、ロスウェル村の人達やフィリアみたいに長い付き合いになるならいざ知らず、この場限りの付き合いの人間にいくら見られ、その結果どう思われたところでどうでもいい。それに、都合良く魔剣と勘違いしてくれたようだしな。


「ああゴメン! アイツ極度の人見知りでさ。別に怒ってるわけじゃないからさ……多分」

「そ、それより、皆さんにお怪我は? 特にそちらの岩妖鬼(トロール)に追われていたお二人の具合とか……」


 ぽかんとする冒険者を見てそのまま放置するのはまずいと思ったのか、俺が離れた後すぐにフィリアとリアナが会話を引き継いだ。


「あ、ああ。いや、俺達の方は大丈夫だ。ただこの二人の方は……」

「お、俺は平気だ! けど仲間の怪我がヤベエ。岩妖鬼(トロール)に殴られた後、そのまま吹っ飛ばされて岩壁にぶつかっちまったんだ! 顔と左足の怪我はその時に……」

「それは……少し見せて貰っても? 下級ですが私の治療魔術が効くかもしれません」

「ほ、本当か⁉」


 フィリアの申し出に男の表情が明るくなると、担いでいた仲間をゆっくりと地面に寝かせる。

 なるほど。右腕が折れているのに左側も負傷しているのはそういう理屈だったのか。あの力で殴られたら半端な身体強化では腕も折れるわな。そのまま吹っ飛ばされたとくれば、狭い洞窟内では勢いが殺される前に壁に激突する。足やら腕やらが巻き込まれれば捻挫も納得だ。

 だがやはり、今の説明で気になるのは――


「これは……ここまで来るのも辛かったでしょうに。私の力では骨折を治すのは無理ですが、左足の捻挫だったら――」


 いや、今のフィリアの魔力量的にそこから始めるのはまずい。


「待てフィリア、足の治療なんぞに魔力を使うな。やるなら頭にしろ」

「え、頭? 確かに顔も凄く腫れてはいるけど、腕や足と比べるたら軽傷よ? ここから山を下りるなら少しでも歩けるようにした方が……」

「壁にぶっ飛ばされてぶつけたんだろ? てことは頭を強く打ちつけたってことだ。もしかしたら頭蓋が割れているか、脳が損傷している可能性がある。そのまま放っておけば今後何らかの後遺症が出るやもしれん」


 坑道から出てきた時も酷く消耗していたが、今はその時よりももっと酷い。それが手足の痛みによるものか、頭痛によるものかは不明だがな。治療師じゃないんだ、見たところで正確な診断なぞできん。

 だが後者だとしたら捻挫や骨折よりもよっぽど危ない。それくらいは素人でも何となくわかる。


「お前もさっきの戦闘でそんなに魔力残ってないだろ? なけなしの魔力を絞り出すなら頭――左側頭部だ。やり方はカルディナの時と同じだ……勿論覚えているだろ?」

「わ、わかったわ――【癒滴(ヒール・ドロップ)】!」


 左足から頭の方へ手を移動させると治療を始める。元々外傷治療の魔術だったため顔の腫れは急速に癒えていったが、フィリアはそこで魔術を止めずに続ける。

 実際頭の内側が負傷しているかわからんし、例によって気休め程度の効果しかないが、それでも効果はあったようで男の顔色が少しずつ回復していき呼吸も和らいでいった。

 さて。ついついあっちにも口を出してしまったが、俺にとっては知らん奴の怪我を気にかけるよりこっちの方が重要だ。


「どれどれ……ふむ、折った骨は完治こそしてないが再生の跡があるな。斬った方の腕はくっつく様子はなかったのに……神経が繋がっているかの問題かな?」


 当たり前だが、普通は四肢が切れたら二度とくっつかないんだよな。そう考えると不老不死の肉体はそこら辺結構便利だったなあ。適当だったとも言えるが……。

 どれだけ深い怪我を負っても三秒で完全に癒えるし、肺を貫かれたままでも遜色なく走ることができたし、腕を切り落とされ焼かれようと新たな骨が生えて肉が増えたし、心臓を抉り出しても止めどなく血は溢れた。

 腹は減るが一か月食事しなくても怪我は再生するし、呼吸はすれど空気のない土の中に日の出から日の入りまで潜っても問題はなかった。

 あの時の身体に戻りたいとは微塵も思わないが、それはそれとして便利ではあったのは認ざるを得ない。だが本当に――本当にもう不老不死はごめんだがな。


「待っても終わらないというのは、全てを終わらせた後だと中々にしんどいからな――よしっ、魔石ゲット。腐ってもCランクの魔物、それなりに質が良いな」


 しかし、改めて考えると少し妙だな?

 何故、こんなデカブツが現れたんだ? Cランクの、それも現役の魔石鉱山に。いやまあ異常とまでは言わないが、なんだかな……。


「――ふう。とりあえずこれで良いわね。具合はどうですか?」

「ああ、さっきまで酷かった頭痛がすっかり収まったよ。ありがとな、嬢ちゃん」

「いえいえ……ですがすみません。足の治療までは今の私の魔力量では足りなくて……」

「いやいや。治療だけじゃなく、俺達を追いかけてきた岩妖鬼(トロール)まで倒してもらったんだ。これで文句言ったら天罰が落ちるだろうよ」


 治療を受けた男は先程と違いはっきりとした口調でフィリアに礼を言うと、仲間の肩を借りつつも自力で立ち上がった。腕や脚の怪我はそのままではあったが、顔色は明らかに良くなっており、顔もまっすぐ前を向いていた。

 頭に魔術をかけてそうなったってことは、やっぱり頭のどっかが負傷していたか。気が付いて良かった。

 カルディナでの経験のお陰か、フィリアの治療魔術の腕も上がったようだ。まったく、下級の【癒滴(ヒール・ドロップ)】でよくやるよ。


「ハ、ハンス! 良かった……ドグに続いてお前まで死んでいたら、俺はこの先どうすればいいか……」

「悪かったなガレス。だが……はあ、もっと慎重に動いていればドグもあんなことには……」


 そう言って嘆く二人に、フィリアは何かに気付いたのか気まずげに目を伏せる。


「あ……ごめんなさい。岩妖鬼(トロール)が持っていたお仲間の遺品を破壊してしまって……」

「それこそ嬢ちゃんが気にすることじゃねえよ。ドグ――死んだ仲間の遺品って言ったってただの鞄だからな。俺とガレス共々無事に出られただけでもこれ以上の幸運はない。ましてやCランクの魔物に追いかけまわされて生き残るとはな……」

「ああ、それだ――その事についてちと聞きたいんだが、お前等どこで岩妖鬼(トロール)に遭遇した?」


 とりあえず治療が終わったのを見計らって、今しがた浮かんだ疑問を確かめるために男達に尋ねる。どうにも魔石の質やこいつ等が追われていたことに違和感がある。


「どこでって言われても……そんなに深いところじゃなかったはずだ。それこそ地図が作られているところだった。いつものように未探索のところを探索するついでに適当に魔物を倒して、荷物がいっぱいになったんで帰ったらその帰り道にばったりと……」

「あー、フィリア地図くれ――大雑把で良い。どこら辺だ?」


 冒険者協会で購入した地図を見せると、男達は少し悩みながらもある範囲を指で囲った。そこは確かに出入口から一時間程度で到達できる程の距離の場所だった。その先はまた半分くらい続く無数の道があり、その先は未探索領域を示す空白となっている。


「ふーむ……思っていたよりも浅い場所だな。近くに鑿牙鼠(ピッケラット)の巣――討伐済みってなってるから元か――があるみたいだが……そこに潜んでいたのか? まさかそこに発生したわけないしな」


 いくらそこに討伐の過程で生じた死体が積まれていたとしても、そこに有るのは元の住民であった鑿牙鼠(ピッケラット)か同ランクの魔物がほとんどだろう。いくら何でもそこにCランクの魔物が生まれる程の瘴気が溜まるとは思えない。


「どうして? そりゃあCランクの魔物が出たのは大変けど、魔物なんて瘴気溜まりからぽんと発生するんだから、既に探索したところから新しく出てきても何も不思議は――」

「いいえ、今回に限ってはおかしいわね」


 フィリアの疑問に答えたのはリアナだ。彼女もこの違和感に気付いたようだ。

 一方フィリアを含めてこの場に居る他の冒険者もよくわかっていないのか、皆一様によくわからないというような顔をしている。


「アンタ等ねえ。冒険者ならもうちょっと魔物の生態を勉強しなさい。討伐専門の討伐者(ハンター)だからって、闇雲に武器振るってばかりじゃすぐ死ぬわよ?」

「うぐ……」


 呆れた様子のリアナに、俺以外の全員が気まずげに目を逸らす。

 カイルやゴルド達よりかは幾分若いとは言え、年上だと思われる男達が皆一様に年下のリアナに説教されて言葉に詰まる姿は、なかなかどうして見ものだな。


「魔物の出生方法は二種類ある。交配による「出産」と瘴気溜まりによる「発生」。ここまでは知ってるわね?」

「う、うん。私達人類種や動物たちとは違って、魔物は親となる存在が居なくても瘴気が濃い場所から発生する、のよね?」

「そ。ついでに言うと、魔物の身体には瘴気の魔力が流れているってことも覚えておいて」


 フィリアの答えに他の冒険者たちも頷く。

 魔物の最大ともいえる特性が「無から生まれる」というものだ。細かいことを言うと瘴気というエネルギーを必要としている時点で「無」ではないのだが、親を必要としていない時点で魔物の異質さは理解できるだろう。

 しかも質が悪いことに、こうして発生した魔物は幼少期が存在しない。産まれた時から成体であり、狩りの方法やら力の使い方は本能という形で会得している。

 これは負の現象から発生する負のエネルギーである瘴気から生まれることが要因とも、負の概念を司り瘴気の支配者たる魔族が魔物を生み出しているとも考えられているらしいが、細かいことはよく知らん。原理やら世界の真理やらといった歴史的、哲学的な研究は学者にやらせればいい。


 ただまあ、この負の現象から発生する瘴気から生まれるというのが、魔物が他の生き物と比べて強い事の理由になっているのだとか。

 負の現象というのは死や破壊といった言わば「何かが終わる」ことを指しており、負のエネルギーとは「終わりへ導く力」だ。死、崩落、病、停滞、腐敗――――とにかくそういう、形あるものが崩れ生あるものが活動を止めるような現象を指す。

 まあ端的に言えば、何かが死んだり致命的に破壊されると瘴気が生まれ、その瘴気が溜まりに溜まると災害という形で更なる破壊を齎すというわけだ。

 そんな破壊のエネルギーたる瘴気から生まれ魔力という形で身体に備えているんだ。そりゃあ強い。そして生まれる魔物の能力は、溜まっている瘴気の量や濃度に比例して強くなっていく。


 これは余談になるが、瘴気とは対となる精気はと言うと、こちらはいわゆる「栄える」ことで生まれる正のエネルギーだ。生、繁栄、調和、慈愛――――とにかく生き、また生かすことで発生するあらゆる行動やら現象から精気は発生し、その正のエネルギーは豊穣といった形等で更なる繁栄を齎す。

 その正の概念を司る精気の支配者が精霊であり、人類や動物は精霊が生み出したと考えられている。

 それ故に、人と魔物は対立する存在であり、魔物を滅ぼすことが世界の安寧に繋がる――なんて教えが精霊を祀る教会にはある。


 ただその考えには俺は否定的だ。なぜって? 俺に魔族由来の瘴気の魔力が備わっているからだよ。それに粘魔(スライム)のような精気を宿した魔物もいるしな。

 本当に精霊が人類種を生み出したんなら、俺に瘴気が備わるなんてあるわけないんだからな。どうせ大昔の誰かさんが都合よく民衆を支配するための方便として言い出したんだろうよ。


「アゼルー、どうしたの? なんだか暗い顔してるよ?」

「ん? ああ悪い。ちょいと考え事してた……」


 いかんな。(ぜんせ)の嫌な記憶を思い出してしまった。固有魔術(ユニークマジック)使いは瘴気の魔力を操るために、よく周囲の嫌味な人間からは人型の魔物だ何だと言われていたからな。生まれ変わってからはそんな風潮はぱったりと無くなったがな。本当に、良い時代になったものだ。


 これも余談だが、精気の魔力と瘴気の魔力はそれぞれ「生」と「死」の概念を内包しているが、それとは別に「理性」と「獣性」の概念を持っているとされている。

 こちらの考え方に関しては、俺も共感できるところがある。なにせ魔力を振るう生き物は人類種と魔物しかいないからな。動物は魔力を操れないし、同じ人間でも魔力を力として振るうには「知性」を以って魔術を学ばねばならない。

 一方魔物にはどう見ても高度な知能は見られないのに魔力を操れるし、固有魔術(ユニークマジック)も理論とかほとんどなく半ば感覚で振るっている。これは鳥が生まれながらに空を飛ぶ方法を知っているのと同様、本能的に魔力の使い方を知るっているからだ。勿論、種族差や個体差はあるだろうがな。


「話を戻すと、瘴気は動物やら人間やらの死から多く生まれて、その瘴気が形を作って瘴気を纏った生き物「魔物」が生まれる。さて、そこで問題! 瘴気の化身である魔物が更に死ぬと、その死体から生まれる魔力はどっちの性質でしょ~か?」

「え? えーっと……」

「死ぬと瘴気が出るんだろ? なら瘴気なんじゃねえのか」


 何言ってんだと言わんばかりに冒険者の一人が答えた。フィリアの方は、話の流れから考えるとあまりにも当たり前な問題に引っ掛けかと勘繰って悩む素振りを見せた。そしてその疑問は正しい。


「ブブ~! 正解は、精気の魔力でした~」


 その答えにフィリア含む冒険者達は意外そうな顔を見せる。

 そう。これがまた奇妙な話なのだが、精気の魔力を内包した人や動物が死ぬとその死体からは瘴気が発生するのだが、瘴気の魔力を内包した魔物が死ぬと何故か精気が発生するのだ。原理や理由はわからないが、確かにそうなっている。

 国や村が積極的に冒険者を呼び魔物の討伐を依頼するのは、魔物が危険だからという理由の他にその死体から得られる恩恵に期待している面もある。

 逆を言えば、人間が戦争やら狩猟やらで人間や動物を殺せば殺すほど瘴気が発生し、土地の汚染や強い魔物が生まれ更なる災禍が広がるわけだ。何ともまあ「業」を感じる話だ。

 だからこそ、今回の 岩妖鬼(トロール)の襲撃はおかしいのだ。


「今回襲われた位置は、既に探索が終わった浅い層。そこはいたる所に討伐した魔物の死体置き場が点在している。つまり、精気の魔力が多く生まれ広がっているような状態だ。だが岩妖鬼(トロール)のようなCランク相当の魔物が生まれるには濃い瘴気が必要だ。瘴気が多く溜まっているところは肌で感じる程に淀んだ雰囲気が漂っているんだが、これまでの探索でそういったところはあったか?」

「どうだったかしら……未探索領域に居た時はなんとなく息苦しかったような気もするけど、地図に記載されているような浅い所では特に違和感を感じたことは……」

「だろうな。ならこの 岩妖鬼(トロール)は少なくとも、そこの二人が遭遇した地点で発生した魔物ではないというが考えられるわけだ」


 勿論、魔物だけじゃなく冒険者含め普通の動物も出入りしているだろうから、瘴気がまったく発生してい居ないというわけではないだろうが、それを加味してもCランクの魔物が 生まれる程の瘴気が出るとは少々考えにくい。


「なら、 岩妖鬼(トロール)はもっと深い層――未探索領域から上がってきたってこと?」

「まあそう考えるのが普通だな。実際お前も、深い所では多少の息苦しさを感じてたみたいだしな。だが――」

「それでもやっぱりおかしいのよね? 場所が場所だけに」


 リアナの言葉に俺は頷きを返す。

 ……というかこいつ、意外と詳しいな。またもや疑問符を浮かべる目の前の冒険者を見ると、やたらその差が目立つ。


「ん? そういえば……リアナ、お前の役職って何なんだ?」

「え、なによ急に。しかも今更だし……探索者(シーカー)よ」


 そういって取り出したリアナの冒険者カードには「冒険者ランク:C」の表記とは別に、「探索者(シーカー)ランク:C」とカードの下の方に書かれてあった。なるほど通りで詳しいわけだ。


「こほん……リアナの言う通り、今回はこの場所――土地が問題をややこしくしてんだよ」

「土地がって……どういう意味?」

「フィリア。ここがどこかもう一回考えてみろ」

「どこってそれは……鉱山都市のドランデルで、今ここに居る場所は鉱山、よね?」


 うん、それは正しい。だがその回答ではこの異常さに辿り着くにはまだ足りないな。


「じゃあ、この鉱山では何が採れる?」

「何って、火精石……あ」


 そう火精石――つまり魔精石が掘れる鉱山だ。それも国内有数と称されるほどの上質な物である。


「魔精石は、地中に流れる精気の魔力が集まり結晶と化した物だ。つまりこの土地は、他所よりも精気の――とりわけ火属性の魔力が多く流れる場所ってわけだ。それも百年以上掘り続けられている程にな」


 Fランクならわかる。Dランクでもまだわかる。だがCランクとなると話は別だ。それも今回は 岩妖鬼(トロール)が二体も出てきた。


「いくら長年未発見だった空洞だったとは言え、こんなところで生まれる魔物なんざたかが知れている。たとえ出口のない閉鎖空間内に閉じ込められた空気やら水やらが淀み腐って瘴気を生み出したとしても、この中でCランクの魔物が出る可能性はほぼゼロだ」


 弱い小動物が死んだ時と強い人間が死んだ時では、発生する瘴気に大きな差が出る。そしてもちろん、ただの空気や水の淀みと生き物の死とではその差は更に広がる。

 ここまで言ってようやくこの異常さに理解できたのか、この場に居る全員が驚きで目を見開いた。


「つ、つまりなんだ……あの岩妖鬼(トロール)はどっかから入ってきたってことか⁉」

「その可能性が高いわね。この空洞は未発見は未発見でも、どこか別のところで外に続いていると考えられるわ」


 冒険者の答えにリアナも肯定する。

 それなら 岩妖鬼(トロール)が出てきたことも納得だし、洞窟内にあれだけの数のEからDランクの魔物が生息していたのも頷ける。もしかしたら、山の裏側で内部に続く道ができているのかもしれない。

 地図を見た限りだと俺達が今立っているこの出入口以外には外に通じる道はないようだ。未探索の深い所にあるのか、浅いところで見落としている道があるのか、はたまた誰かが意図的に隠しているのか……そこまで考えたらきりがないな。


「……もう一つ、可能性があるわ」

「あん?」


 ぽつりと溢したような呟きに、俺達の視線が一斉にフィリアの方へと向いた。


「……この町の伝説の事を思い出したの。と言っても、思い出したのは昨日のドワーフの(かた)の話じゃなくて前の町――カルディナでアゼルが露天商の人から聞いた方の話」

「うん? なんか違いでもあったかな……」


 どっちの話も村人を脅かしている火竜と、それを魔剣を持った冒険者やら武人やらが倒した話だったはずだが……。


「大まかなところは一緒だったけど、気になったのは結末。ドワーフの(かた)が話してくれたのは竜殺しの英雄がどうなったかを主軸に離していたけれど、露天商の人が話してくれた結末は火竜とこの山の事。私の記憶が確かならこう言ってたはず――」


 山は死した火竜の火の魔力を受けたおかげか、火精石が取れるようになった。

 しかし、死した冒険者と見つかってはおらず、今も山には火竜が溜め込んだ財宝と共に冒険者の亡骸と魔剣が眠っている。


「あー、そういえば言っていたような気が……俺達もその話でこの町の事を知ったんだよな。でもそれと、岩妖鬼(トロール)に何の関係が――」

「竜を倒した英雄……」


 少し自信なさげに、されどはっきりとフィリアはそれを口にした。


「たった今、アゼルが教えてくれたわよね。魔物は死んだら、その死体からは精気が発生して豊穣を齎す。逆に人や動物が死んだら、その死体からは瘴気が発生して魔物を生み出す。そして生物的に強い生き物程死んだ時に出る瘴気量は違う……」

「あ、ああ。その通りだ……」

「じゃあ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 俺は思わず目を見開き絶句する。驚愕から言葉を出せないでいる間に、フィリアは更に続ける。


「この鉱山に最初から火精石が眠っていたか、倒された火竜から発生した精気は土地に流れて山を火精石が採れる鉱山に変えたのかはわからない。けどもし後者だとしたら、同じように崩れゆく山に埋もれた英雄から発生した瘴気は、一体どこへ行ったの?」


 魔物を倒せば土地は豊かになる。強ければ強い程その恵は多く、そして長くなる。

 反対に、人を殺せば土地は穢れる。死した物が多ければ多い程不浄は溜まり、その障りは大きくなる。戦争の跡地なんかはまさに、絶好の瘴気溜まりだ。数だけではなく、人間の質だって高い。そんな場所なんかは放置すると、CランクどころかBやらAランクの魔物が発生することだってある。


「魔物は……瘴気の化身たる魔物は、生きている間は大なり小なり周囲に瘴気を振りまく。そして瘴気は、土地を汚染するか魔物として実態を持つかの二択だ」


 Aランクの魔物――否、生きた年齢によってはSランクにも届き得る竜種が死んでこの土地は豊かになった。ということは逆に、この土地は瘴気によって汚染されていない。であるなら、瘴気はどこへ行ったかは一つしかない。

 無論、この地で語られる伝説が本物であるということが前提。作り話だったら考えるだけ無駄な話だ。だがもし、本当に伝説が本物であるとしたら――


「居るかもしれん……この地下に」


 竜を殺せる程に魔力・肉体共に鍛えられ変質した人間の死体から発生した膨大な瘴気から生まれた強力な魔物が。そしてその脅威度はCランクなんかとは比べ物にならないもののはずだ。


「こいつは……ただの伝説だと笑っている場合じゃなくなりそうだな」


 夕暮れで暗くなった坑道の入り口が、まるで大きく開いた竜の口のように見えた。

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