86話:洞窟の戦闘
暗い坑道をランタンの灯りとトロッコのレールを頼りに進んでいると、やがて奥の方から微かに温かみのあるオレンジの光が見えてくる。
その光を目指してさらに進むとやがてレールが途切れ、坑道よりもはるかに広い空間に出た。
「ここが、竜の古巣って噂の空洞か」
「わあー、キレイね」
空洞の内部にはいたる所に火精石の結晶が覗いており、そのどれもが焚火のような光を仄かに発している。
壁どころか地面にも火精石が出来ており、足元に転がる小石にすら火精石が含まれていた。
入り口部分の壁は坑道の同じ灰色の岩と黒っぽい岩の二つの種類あり、黒岩の表面には細かい穴が無数に浮き出ていた。そして壁に近い地面には妙に深くて直線的な溝が引かれており、それを目で辿ると壁に阻まれて途切れている。
「……ふむ」
「不思議な景色……まるで熱し始めた竈の中に入ったみたい」
「火精石がこんなに……冒険者に急いで欲しいわけね。見える範囲だけでも、掘ればどれだけの利益になることか」
リアナとフィリアが感嘆の声を上げて辺りを見渡す。
空洞内は温かみのある色に満ちているが、それとは裏腹に空気は地中らしく冷たい。見栄えだけは焚火に照らされているようなのに、まったく温かくないからなんだか不思議な気分だ。
「思っていたよりも明るいな。とは言えまだまだ足元は暗いから、転ばないように気を付けろよ?」
「わかってるわよ。そんな子どもじゃないんだし」
俺の注意にフィリアは軽い調子で応えながら、鞄から空洞の地図を取り出す。冒険者協会の物資支援窓口で購入したものだ。
「えーっと、とりあえず一番奥を目指せば良いのよね?」
「そうだな。今のところはまっすぐ通路が切れている地点に向かっても良いだろう。道中で気になる物が有ったら、その都度調べるということで」
「了解。じゃあアタシが先行するから、あんまり前に出ないようにね」
「そいつは良いが、先頭をお前一人に任せて大丈夫か?」
「平気よ。こういった所の探索も慣れているから、暗がりに魔物が潜んでいてもアタシならすぐに対処できるわ」
「そうか。なら任せた」
リアナが先頭に立ち薄暗い洞窟を進んでいく。道中分かれ道と遭遇したが、地図を持つフィリアが道を示したおかげで行き先を迷うこともない。
通路の広さは場所によって異なっているようで、人が四人は並べられる通路もあれば、辛うじて一人通れる程度の広さしかない通路もあった。また、分かれ道も単純に左右に分岐するような物ばかりではなく上下に――それこそ人の身長ほどの高さに穴が開いていたり、ほとんど落とし穴になっているような急斜面になっている下穴なんかもあった。ランタンが無かったら下穴なんかは確実に気付かないだろうし、ランタンが有ったとしても前方ばかりに気を取られていたら、あっさり落ちて怪我をしてしまうだろう。リアナが先頭を歩いていなかったら淵に立つまで気付かなかったかもしれん。
暗闇に隠れた下穴も危険だが、狭い通路の時に魔物や他の冒険者と鉢合わせしたら面倒だなあ――なんてことを考えていたら、不意にリアナが立ち止まった。
「どうした……って、何かいるな」
「アンタって目も良いのね」
リアナがランタンを高く掲げると光が届くか届かないかの地点で、灰色の毛の生えた何かが見えた。
見た目はネズミのようだが尾はなく、その大きさは俺の知っているネズミよりもはるかに大きい。太った猫か小型犬くらいだろうか。近くに巣でもあるのか、それらが何匹も集まっていた。
「鑿牙鼠よ」
「冒険者協会の掲示板にも書いてあったやつか。ほとんどがEランクってことだから、まったく調べずにここまで来たが……どんな魔物なんだ?」
「特段強い魔物じゃないわ。動きもそこまで速くはないし、Eランクの冒険者なら対処は難しくはないわ。ただ、少し固いのよね。刃物を弾く程じゃないんだけど、通りにくいのよね。あと、噛みつかれるのは大分危険ね。前歯は硬くて尖っているから、足首に噛みつかれたら一瞬で骨ごと食い千切られるわ」
「そんなに噛む力が強いの?」
「噛む力もそうだけど、単純に歯が硬いのよね。鑿牙鼠はこういった洞窟とか崖とかによくいるんだけど、丈夫な前歯を使って鉱夫みたいに岩を掘ってそこに巣を作るの。歯の硬さは剣と打ち合える程よ」
「そいつは凄い。鎧を着ていても駄目か?」
「革鎧程度じゃ全くダメ。最低でも鉄製じゃなきゃ」
俺達がそんな会話をしている間に、いつの間にか鑿牙鼠はランタンの灯りの中に入って来ており、カチカチと歯を鳴らしながら迫って来ている。
暗い洞窟に住む生き物なのだから明かりや音には敏感なはずだ。俺達よりもはるかに早い段階で接近には気付いていただろうし、その時点で逃げなかったということは臨戦態勢で待ち構えていたということなのだろう。
「来るぞ。狭いが行けるか?」
「問題ナシ! 二人も、噛みつかれないようにだけは注意してね」
ランタンを地面に置いたリアナはそう言うと双短剣を抜いて走り出す。まさか正面から突っ込むつもりか、あいつ?
「ヂィー!」
「ヂチィー!」
彼女の動きを合図に鑿牙鼠も走り出した。その内の一体が飛びかかり、リアナの首筋に鋭く尖った前歯を突き立てようと大口を開ける。
「遅い!」
リアナは斜め横に跳ねたかと思うと壁を蹴って躱し、すれ違い様に飛びかかった鑿牙鼠を斬り付ける。
斬られた鑿牙鼠は血を吹き出しながら地面に落ちて転がるが、皮膚が厚く体毛も硬いためそこまで深い傷にはならなず再び起き上がる。
それに対しリアナは目もくれず、そのまま前へ進み奥に居た別の個体の身体へと短剣を振り下ろす。着地の勢いと自重が乗っていたためか、前の攻撃とは違い短剣は根元まで突き立てられすぐさま絶命する。
仕留めたその一瞬の隙を狙うように周りの鑿牙鼠が、リアナの右足首や左脇腹を目掛けて再び飛びかかるが、リアナは即座に足を持ち上げて頭を踏みつけ、逆手に持った短剣を真横に突き出す。
それだけでは終わらず、リアナは踏みつけた鑿牙鼠を踏み台にして再び跳び上がると、壁を蹴って更に奥へと移動し別の鑿牙鼠に双短剣の刃を振るっていく。
「おー、狭い空間でよくもまああんなに動けるな」
流石ソロでCランクに上り詰めただけのことはある。一撃一撃の攻撃は軽く、一振りで致命傷を与えるようなことは無いが、その身軽さと短剣の振りの速さを生かして着実に敵に傷を与えている。
また次から次へと獲物を変えることで群れ全体を弱らせている。一対多の戦闘に慣れている様子がその先頭からは見受けられる。
あれだけ動けるならそう待たないうちに、この場の鑿牙鼠は全部倒してしまうだろう。
「とは言え、あんまり奥に行かれると少し心配だな」
「今のところはランタンの光が届いているけど……」
狭いところでも動けているのは凄いが、やはりリアナの戦い方は広い場所でこそ本来の強みを発揮できるのであって、閉所ではどうしても動きが制限されて戦い辛そうだ。加えて暗いとなると更に動きづらいだろう。
「チチーッ!」
「ヂュー、ヂュー!」
「……打ち漏らした奴もこっちに来たし、こっちも仕事するか」
「そうね。一応、火属性の魔術は避けるようにするわね」
「なんだ、火属性以外に攻撃系魔術を使えるのか?」
「あんまり多くはないけどね」
「そうか。なら念のためそうしてくれ」
燃焼物のない魔術によって燃え上がる火だから、洞窟内の空気が減ることは無いだろうが念のためな。今のところ息苦しさはないが、体毛なんかが燃えたら少し面倒だ。
そんなことを考えながら自身の血に染まった剣――赤剣を抜くと、足元まで迫った鑿牙鼠に軽く振るった。
「キィッ……!」
「む、確かにちと固いな」
鑿牙鼠は背中から横に両断できたが、Eランクの魔物にしては斬った時の手応えが少し重く感じた。体毛が固いのか筋肉が固いのか……何にせよフィリアのような腕力に自信のない者では、刃を通すのに苦労するだろう。
身体がそうなら歯はどうだ、と思い口を開けて飛びかかってきた奴に、今度は前歯を狙って赤剣を突いてみる。
――ガキン!
「キィ⁉」
金属同士がぶつかったような甲高い音が鳴ると、鑿牙鼠驚いたような鳴き声を上げる。
「なるほど硬い。さっきよりも力を入れたが、折れないどころか無傷とはな」
仰向けの状態で落下した鑿牙鼠に素早く刃を突き立てて処理していると、背後に居るフィリアが魔術を放つ。
「【射滴】」
小さな一粒の水滴が一直線に飛ぶと、鑿牙鼠の額に当たりそのまま貫通する。
「やった、命中!」
「……へえ、やるじゃないか」
水属性下級の攻撃系魔術【射滴】。高密度の水滴を放つ魔術で、貫通力に秀でた魔術だ。弾が非常に小さいため小型の魔物や急所を狙った精密射撃に向いているが、その反面感知されると防がれやすく避けられやすい。
「ふふん、そうでしょ! 依頼で何度も魔物と戦ってきたんだもん、射撃の腕も上達もするわ――【射滴】!」
自慢げにそう言うと、こちらに迫ってきた追加の鑿牙鼠に向かって【射滴】を連発する。そのおかげで俺の赤剣の間合いに入る前に全滅した。
こんなにも狭い所だからフィリアが魔術を放てるか心配だったのだが、思ったよりも上手く当ててくれる。これは嬉しい誤算だな。
「よっと――そっちも順調みたいね」
フィリアが魔術を放ち終わったタイミングで、リアナが左右の壁を蹴りながらこちらまで戻ってきた。奥の方では倒された鑿牙鼠が何匹も転がっていたが、その内の数体は傷を負ってはいるもののまだ息があった。
「随分と減らしてくれたみたいだな。とは言え、まだ息がある奴がちらほら見られるんだが?」
「ちょっと休憩。アイツ等の肉固くて、突き刺すのに少し力がいるのよね。流石のアタシも、どこかで一息入れなきゃしんどいわ」
「そりゃそうか。なら、息のある奴は俺が処理してやるか」
俺の足元に転がる鑿牙鼠の前歯をへし折り、それを傷口から流れる血に濡らす。岩を掘れる程の硬さならば、血染布に含まれる程の血が無くても、表面を薄く覆う程度の少量で十分だろう。
「【血織刃:紅穿】」
折った前歯を矢の形へ変えると、それを鑿牙鼠へ飛ばす。
弓で射出する程の威力は必要ないだろう。血矢は負傷した鑿牙鼠の内一体へまっすぐ向かうと頭部へと突き刺さる。
それだけでは終わらない。俺が指をチョイチョイと動かすと、血矢はひとりでに頭部から抜けそのまま別の鑿牙鼠へと飛んでいく。
刺さったら次の鑿牙鼠へ――刺さったらまた次の鑿牙鼠へ――そうやって一本の血矢が俺の指の動きに合わせて次々と止めを刺していく。
「うわー、凄いわね。弱っているとは言えどれも一撃で……最初からアンタ一人やった方が早かったんじゃない?」
「そんなことを言われてもなあ。先に突っ走ったのはリアナだろうに。第一、Eランク相手じゃこんなもんだ」
「一本の矢があんな動くなんて……もはや魔術というより、矢の形をした魔物みたいね」
魔物、ねえ……確かに、何も知らない者が見たら新種の魔物に見えなくもない。名付けるなら浮遊矢か飛行蛇といったところか。……浮遊魚とか?
「アゼル今、しょうもないこと考えなかった?」
「いや別に――ほい、最後の一体っと」
ビッと指を腕ごと振り下ろすと、【紅穿】が最後の鑿牙鼠を貫きその役目を終える。
この町で初めての収入としてはまあまあと言ったところだな。しかし――
「この数の死体、どう処理したものか……」
「あ……」
魔石や討伐部位は取り出すとして、残った身体を他の冒険者が通るであろうこの場所に放置するわけにはいかない。かと言って焼くことも埋めることも難しい。
これはまさか、一度地上に戻らないといけないか?
「大丈夫よ――ねえフィリア、さっきの地図出して」
「良いけど、何で地図?」
フィリアから地図を受け取ると、しばらくしてリアナはある地点を指差した。
「ここ。この先にある分岐の一つに行き止まりになっている場所があるでしょ? そこにの鑿牙鼠を置いておけば、少なくとも通行のジャマにはならないわ」
確かにそこは行き止まりになっている上、やや広い場所になっているようだ。元は魔物の巣穴だったのか?
「でも良いのか? 死体をそのまま置いておいて」
「良いのよ。他のヤツ等もそうしているし、そこで必要な物だけ取り出せば仮に誰かに取られても損にはならないわ。一番良いのは地上に持って行って処理することだけど、そんな大変なこといちいちしてられないしね。残った死体はどこからともなく現れる粘魔が食べてくれるだろうから問題ナシ。どうしても気になるっていうのなら、帰りに持って帰ればいいし……って言うか死体を持っていけるなら、魔石だけとは言わず丸ごと冒険者協会に提出した方が高く売れるでしょ」
「……確かにそうだな」
一体だけでも一抱え程もある鑿牙鼠を何匹も抱えて移動するのは無理がある。行き止まりに置いておけばあまり迷惑にはならないだろうし、なにより粘魔に任せれば全てが丸く片付く。地上にも居たのだ、洞窟内部に居ない道理はない。
流石は「偉大なる生命体」。最弱の掃除屋は伊達ではないな。
「そうと決まれば、誰かが来る前に運ぶか」
俺は血染布の包帯を取り出し、それを操って鑿牙鼠達の身体を繋げていく。軽量化のため全ての鑿牙鼠は布に描いた【渇紅紋】で血を抜き取る。ついでに戦闘の際に地面に飛び散った血も余すことなく回収する。
「よし。運ぶのは俺に任せて、二人は案内を頼む」
「……アンタ、それができるならいっそのこと冒険者協会まで運んでくれない?」
「嫌だよ面倒臭い。Eランクの魔物なんか持ち帰ったところで大した金額にはならんだろ? そんなことのために悪目立ちしたくない」
ただでさえこの町の連中の目が厳しいんだからな。
「勿体ない……」
「うっせえ。いいから早く案内しろ」
ジト目を向けるリアナを急かしながら先を進む。
しかし、冒険者になってから死体処理に悩むことが多くなってきたな。【血骸操】を使えばそういった悩みは解消されるんだが、死体を操るこの技は二人には知られたくはないし……何か別に方法があれば良いんだがなあ。




