表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/90

87話:フィリア 初めての解体

 倒した大量の鑿牙鼠(ピッケラット)を引きずりながら分岐路を進んでいくと、ほどなくして突き当りに到達した。元は何かの巣だったのか突き当りの空間は通路よりも広くなっていたが、そこにはただ空っぽの空間が広がっているというわけではなかった。


「うわっ、何これ……」


 僅かに不快そうな声を上げるリアナの視線の先には無数の魔物の死体が積み重なっており、異様な光景を作り出していた。

 俺達の持っている鑿牙鼠(ピッケラット)の他、小悪鬼(ゴブリン)やコウモリ型の魔物とその種族は様々だが、共通しているのはどれも頭や心臓を開かれておりそこに有るはずの魔石が抜き取られている。


「魔物の仕業……じゃないわね。傷の状態を見るに、他の冒険者の仕業ね」

「みたいだな。考えることはみんな一緒ってわけだな」


 どうやら俺達と同じように死体の処理に困った奴が結構居るようだ。

 自然発生したのか、それとも誰かが気を利かせてここに運んだのか、死体の山に紛れて粘魔(スライム)が数体蠢いており、その不定形の身体でせっせと死体を溶かして(食べて)いた。


「うーん……魔物とは言え、こんなにたくさんの死体が洞窟の奥に放置されているのを見ると、なんだかよくない事のように思えてくるわね……同じように捨てに来た私達が言うのもなんだけど」

「地下じゃ処理方法なんて限られてるんだから、しょうがないわよ。細かいこと気にしてないで、さっさと魔石と討伐部位取って先に進みましょ」

「そうだな。数もそれなりに多い事だし、早く解体を済ませちまおう」


 リアナに急かされて鑿牙鼠(ピッケラット)を下ろし、いつも使っている解体用のナイフを取り出した。

 そのまま解体を始めようとしたところで、俺はふとあることを思いついた。


「そうだ……折角だ、フィリアもやってみるか?」

「うぇっ――わ、私が⁉ 無理よ、解体なんて経験ないし!」

「だからこそ、だろ? 今までは俺かリアナがやっていたが、そろそろフィリアも魔石くらいは取り出せるようになれ」

「で、でも……」


 怯んだ様子を見せるフィリアだが、そこへリアナからも賛成の声が上がる。


「あら、良いじゃない。何事も経験経験。解体の仕方はアタシも教えるし、魔石を取り出す程度なら解体の良い練習になるわよ」

「う、うぅ……」


 フィリアは嫌そうな顔をしながら呻く。いつもは何事にも積極なフィリアだが、今回ばかりは消極的だ。しかしまあ、気持ちは重々理解できる。

 フィリアの戦闘は魔術を使った遠距離攻撃ばかりで、生き物に刃を突き立てた経験は俺の知る限り一度もない。これまで何度も己の魔術で魔物を倒して――否、()()()来たフィリアではあるが、その死はいつだって少し離れた所から見届けていただけだ。俺やリアナのように手から死を感じたとこはなく、またその覚悟が違う。

 それが悪いというわけではないが、ステーキを切るのと牛を斬るのとでは訳が違う。大きなモノに刃を突き立て引き裂くその感覚を教えてやらねば、()()と言うときには致命的な躊躇になりかねない。


「ほれ、フィリア――」


 弱々しく呻くフィリアに、俺は自分の解体用ナイフを差し出す。俺の持ち物にしては珍しい、血に濡れていないごく普通のナイフだ。


「今のお前は冒険者、だろ?」

「……わかったわよぉ」


 フィリアはしぶしぶといった様子でナイフを受け取った。そんな彼女に俺は応援の意も込めて頷いた。

 これも一種の食育だ。他者の命を糧にすることの責任。狩人や牛飼いが最も大切にしていることでもある。

 少々気つかもしれないが、これも彼女に必要な試練である。


「よし! じゃあアタシがお手本見せながら教えていくわね。アゼル~、アタシにも一体頂戴」

「はいよ」

「あんがと――じゃあ早速始めましょうか。一番時間がかかる血抜きはアゼルのお陰でなくなったから、後は魔石を取るだけね。まずはお腹を――」


 フィリアとリアナに鑿牙鼠(ピッケラット)を一体ずつ渡すと、早速リアナは自ら実演しながら説明していく。フィリアも少し震える手を何とか抑えながら、リアナの説明に従ってナイフを鑿牙鼠(ピッケラット)の腹に突き立てる。

 力任せに肉を切り裂いていく言いようのない感触と裂いた腹から溢れる内臓の臭みを味わったことでこみ上げてくる吐き気を、フィリアは何とか食いしばりながら解体を進めていく。

 その様子を横目に、俺も通路の奥から来る魔物を警戒しながら鑿牙鼠(ピッケラット)の解体を始める。


「いい? 魔石は大体心臓の中にあるものなんだけど、胸部は大体固い何かで守られていることが多いの。肋骨然り鱗然り、ね。だから魔石を取り出すためには、今みたいにお腹とかの柔らかい箇所を探してそこから他の内臓と一緒に心臓を取り出す必要が有るの」

「な、なるほど……」


 勿論これは魔石()()を取り出す場合の一番簡単な解体方法で、毛皮や内臓が求められる際には損傷を減らすためにもっと慎重にナイフを入れていかなければならない。

 だがまあ、今回は魔石さえ取り出せれば良いので、不慣れでも多少雑に切っても全く問題ない。

 そんな感じで少しずつ内臓を取り出していき、フィリアはようやく鑿牙鼠(ピッケラット)から黄色い魔石を取り出すことに成功する。終わったころにはすっかり青い顔になっていたが、同時に達成感を感じているのかどこか満足げな様子でもあった。

 とは言え、今日一日は手に肉を切った時の重みや内臓を触る感触が残って離れないはずだ。ともすれば夢にまで出てくるかも。だから町に着いてベッドにありつけるまで解体作業はやらせなかったんだ。


「よし、これで終わりよ! どうだった、初めての魔物の解体は。中々強烈だったでしょ」

「ええ……二人はいつもこんなに大変なことをやってたのね。今まで押し付けちゃってごめんなさい」

「負担になんて思ってなかったから大丈夫よ。でもこれからは、少しずつフィリアにも手伝ってもらうから、覚悟してね!」

「ゔ……頑張るわ」


 若干顔を顰めながら頷くフィリアに、リアナは悪戯っぽく、しかしどこか優し気に笑った。

 ふむ、こうして見るとなんだか先輩っぽさが出るというか、Cランク冒険者らしい余裕が雰囲気から感じられるな。

 もっとも……フィリアよりも身長が小さいから、普段の様子からはそれが感じられにくいのが難点だがな。


「アゼルー?」

「っ………何だ?」

「いや、なんか黙ってこっちを見てるからなんだろうと思って……何か考え事してた?」

「いやいや、何も」


 ……俺の思考が読まれたのかと思って正直ビビった。フィリアといいリアナといい、変なところで鋭いんだよなあ。顔に出ていなければいいんだが。


「そう? ならいっか……じゃあ、あとは討伐証明部位――鑿牙鼠(ピッケラット)の場合は前歯ね。それを取って終了よ。内臓を取るよりかは簡単じゃない?」

「そう、ね……うん。前歯ならまたお腹に腕を突っ込まなくてもいいもんね……」


 そう言ってまだ少し震える手を、すっかり血の気の引いた鑿牙鼠(ピッケラット)の口元へ伸ばして、長く伸びた鋭利な前歯に触れる。


「あ、あら?」


 しかしそこで、フィリアは戸惑ったような声を漏らした。


「どうしたの?」

「……これ、どうやって取るの?」

「どうって、普通にこう、ぽきって――あ、あれ?」


 リアナも自身の鑿牙鼠(ピッケラット)の前歯を掴んだが、どれだけ力を入れてもピクリとも動かず戸惑っている。


「へ、変ねえ。こんなに固いなんて……アゼルはあんなにあっさり折ったのに」


 更に力を入れてみるが、顔を真っ赤にして腕がプルプルと震えるほどの力を込めても前歯はびくともしない。それもそのはず、岩をも掘削し剣とも打ち合える程頑丈な歯だ。並の力では折ることはできないだろう。


「むむむ…………アゼルー! アンタどうやって前歯折ったのよー!」


 おっと、とうとうお呼びがかかったか。まあ、現状道具無しで鑿牙鼠(ピッケラット)の前歯を折れるのは、肉体が変質している俺しかいないから仕方ないか。


「洞窟で叫ばなくても聞こえるって……少し待て、この最後の一体を終わらせたらそっちもやってやるから」

「最後の一体?」


 リアナの疑問には答えず、俺は十何体もいた鑿牙鼠(ピッケラット)の最後の一体を床に寝かし解体を始める。

 身体強化をして討伐証明部位である前歯を折ったら、赤剣を背骨に沿うように振り下ろす。そのひと振りで骨も臓器もきれいに真っ二つに分かれてその断面を晒すので、そのまま心臓の中に手を入れて魔石を取り出す。


「はい、終わり。運ぶ前に血染布に血を吸わせたとは言え、やっぱり斬ってみるとまだ少し残っているもんだな。あ、鑿牙鼠(ピッケラット)の討伐部位って前歯で良かったんだよな? 魔石と一緒に集めて袋に入れておいたから、二人の分もここに入れてくれ」

「……そうだった。アゼルの解体って冒険者協会の解体場設備以上に早いんだった」

「あんなにあった鑿牙鼠(ピッケラット)がもう……私の今の苦労っていったい……」


 なんだか恨みがましい目を向けられているが、あんまり多くやらせても疲れるだろう。時間もかかるだろうしこの後の探索の事を考えると、今回は体験として一体だけの方が良いだろうと判断したのだ。

 文句を言いたげな二人を極力無視し、彼女達が解体した鑿牙鼠(ピッケラット)の前歯を折って袋に入れる。残った身体は目の前の粘魔(スライム)蠢く死体の山へとまとめて放り投げれば、死体の処理も終了だ。

 俺は掃除してくれる粘魔(スライム)達に内心で応援を送りつつ、引き続き洞窟の奥地を目指すべくこの場を後にした。

 頼むぞ~粘魔(スライム)達。よく食べよく増え、ここをきれいにしてくれよ~。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ