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85話:竜の財と燻る不信

 ドランデルの町中にあるもう一つの城璧。外壁と比べても遜色のない程に重厚かつ強固なこの内壁の向こうには、この都市の心臓ともいえる坑道とそれらを精錬・加工する鍛冶場が集まっている。

 大きな石造りの門の脇には左右それぞれ二名の門番と哨兵の詰所がたてられており、門を通る職人や鉱山労働者達を見張っていた。そしてもちろん、俺達冒険者も。


「ん? ――そこの三人、止まってください!」

「……俺達の事か?」

「そうです! 少しこちらへ!」


 門を通ろうとしたところ、鋭い声で呼び止められた。急に呼び止められたため少し身構えたが、あまりこちらを警戒をしている様子はない。察するに、ただの職務質問だろう。


「急に呼び止めてすみません。ここら辺では見かけませんが、皆さんはこの先へはなんの用で?」

「アタシ達、冒険者協会の依頼でここに来たの。最近発見された空洞の場所って、この先で合ってる?」


 リアナが代表して答えると、それを聞いた兵士は一瞬「またか」と言うような顔をしたような気がした。しかしすぐさま取り繕って、元の真面目な顔に戻る。


「冒険者の方でしたか。念のため依頼書と冒険者カードの提示をお願いできますか?」

「わかったわ――はい、コレが依頼書とアタシの冒険者カードよ。ほら二人も」


 リアナに促されて俺とフィリアも冒険者カードを兵士に渡す。受け取った兵士は冒険者協会のサインが入った依頼書と三人の冒険者カードを見て軽く頷く。


「Cランク冒険者のリアナさんに、Fランクのアゼルさん。それから……フィリア・ロスウェルさん、ですか。依頼書も例の空洞調査で間違いないですね」


 フィリアの名前を確認した時、少し珍しい物を見たような顔をしたようだが、それ以上の反応は特になく、すぐに依頼書の方に目を移して冒険者協会の受領サインに目を送った。フィリアのカードで一瞬視線が止まったようだが、どうやらフィリアが貴族であることには気づかなかったようだ。俺とリアナと違い名字の記載があったのが気になったのだろう。

 同じ名前の者もいるだろうに、本当に名字無しで本当に冒険者一人一人の業績を正しく記録できているのかは疑問に感じなくもないが、冒険者カードに業績を書き込む歴精記盤スクリヴァ・アーカイブと魔力を書き出す魔力記録機(アウラ・レコーダー)をはじめとした冒険者協会が抱える魔道具のお陰で完璧に管理できているらしい。

 ここまで来るとそこら辺で売っているような普通の魔道具では絶対ないな。もっと異質な力――例えば、精霊の権能とか。

 因みに、リアナも冒険者カードには名前だけで登録しているようだった。昔の名残なのか、どうも冒険者というのは名字を記載しない者が多いようだ。なんでも家や国に縛られず自由に世界を探究するという「黎明の開拓者」の信条から来ているのだとか。


「確認しました――お通り頂いて結構です。目的の坑道へは、この道をまっすぐ進むとしばらくしてトロッコのレールが見えてきます。その近くに小さな詰所があるので、そこに在中している兵士に訊ねていただければ空洞の前まで案内してくれるはずです」


 依頼書と冒険者カードを返すと、兵士は親切にも道まで教えてくれた。


「ご親切にありがとうございます。助かりました」


 礼を言いながらはにかむフィリアに、兵士は少し驚いたかと思うと少し照れたように笑った。かと思ったら、次の瞬間にはどこか憂慮するような表情へと変わった。


「いえ、案内も門番の職務ですから。しかし……」

「どうかしましたか?」

「ああいえ……その、もしよろしければ、中の詰所まで案内しましょうか?」


 兵士の急な申し出にフィリアは驚き、それから少し慌てたように両手を振った。


「え? そんな、門番の方の手を煩わせるわけにはいきません。お気持ちは有難いですが、持ち場を離れさせてしまっては同僚の方にもご迷惑でしょう。道を教えていただけただけ私達は十分です」

「そう、ですか……では、道中はくれぐれもお気をつけて。繰り返しになりますが、この道をまっすぐに進んだ先の詰所を訪ねてください。迷うようなことは無いはずです」

「ご丁寧にありがとうございます。道をまっすぐに進んで、詰所の方に尋ねればよいのですね」

「その通りです。もしわからないことがあっても鉱夫などには尋ねず、可能な限り私達のような哨兵に聞いてください。その……仕事の邪魔になってしまうので」

「……? はい、門番の方も頑張ってください」


 妙な言い回しにフィリアは不思議そうな顔をしたが、あまり詮索するのは悪いと考えたのか深くは聞かずただ頷いた。

 どこか心配そうな兵士に見送られながらも、俺達は門を通って産業区画へと足を踏み入れた。


「むふふ。ナンパされちゃうなんて、やるわねーフィリア」


 門との距離が少し離れた所で、リアナがニマニマと笑いながらフィリアを肘で軽く突いた。


「ちょっ⁉ もう、いきなり何言い出すの! さっきの人はそういう意図で言ったものじゃないって」

「そうかなー? さっきの兵士、アンタと話し始めてからあからさまに態度が変わったように見えたけどー? ね、アゼル。アンタはどう思う?」


 確かにリアナの言う通り、最初に離し始めたリアナよりも、フィリアが話し始めたタイミングから幾分も態度が柔らかくなったのは俺も感じた。

 一見すると、粗暴な冒険者らしからぬ丁寧な言葉遣いをするフィリアに好意を持ったようにも見える。事実、そう言った面が主な理由だったのだろう。

 しかし壁の向こうへ足を踏み入れた時、そんな短絡的な理由ではなかったと瞬時に理解した。


「からかうのはそこまでにしてやってくれ。あの兵士がナンパ目的だけでああ言ったんじゃないのは、ここに入ってすぐにわかった。それはお前も気付いているだろ?」

「ちぇー、つまんないの。少しくらいムキになってくれてもいいのに。まったく可愛げがない……もちろん気付いてるわよ」

「え、なに? 何かあるの?」

「周り見てみろ。フィリアならすぐに気付くはずだ」


 人の機微には敏いフィリアだ。俺に促されて周囲を見渡すと、案の定すぐにそれらを感じ取った。

 門の近くには鍛冶場やら製鉄所といった掘り出した鉱石を加工する施設が立ち並んでおり、その中では職人たちが鉱石を精錬したり鉄を叩いたりしている。しかし時折俺達の方へ視線を送っており、そしてその目は確実に細く吊り上がっている。明らかに余所者の俺達を睨みつけている。


「なんか……歓迎されてない感じね」

「だろう?」


 今朝の通りと比べると敵意は薄く、その視線の数も少ない……だがどいつも、厄介者を見る目をしているのは間違いない。

 確実に竜の財宝の噂関係で冒険者に敵意を向いているのだろうが、今朝程の強い敵意が感じられ無いのはおそらく、ここに居るのが採掘担当の鉱山労働ではなく鉱石の加工を行う鍛冶師ばかりだからだろう。

 財宝を掘り当てる可能性のある鉱山労働者ではなく、掘られた物を加工する鍛冶師にとっては竜の財宝はあったら凄いな程度にしか思わず自分達とは関係が無いと思っているのだろう。


「それでも敵意を向けているのは、鉱山労働者が中に紛れているか、これまでの冒険者が何か問題ごとでも起こしたのか……」


 それでもまだ今朝に感じたモノと比べるとここはマシだと言えた。問題は鍛冶場の区画を抜けてからだ。

 坑道が近付いてくると次第に鉱山労働者の姿が多くなっていき、その分視線の数もそこ含まれる敵意も濃くなっていった。その濃さは今朝の通りよりも遥かに高く、ついには視線だけには留まらず影口まで聞こえてきた。


「ちっ、また見ない顔が増えたぞ」

「女の冒険者? しかもまだガキみたいだが……あいつらも財宝を狙ってんのか?」

「この時期に来た新顔なんてみんなそうに決まってんだろ。たく……なんであいつ等ばっかり洞窟に入れるんだよ。元々は俺達が見つけた場所だってのによ」

「少し怪我した連中が出ただってのに、上の連中はビビり過ぎなんだよ。あんなガキでも倒せる程度のなんだ、冒険者協会に頼らなくても俺達だけで十分だっての」


 不審、侮蔑、不平、不満――不満という不満が、ありありと伝わってくる。

 正直、まだ竜の財宝が存在しているかすらわかっていないのに、そんな人殺しのような目を向けられるのはどうかと思うのだが……それだけ鉱山労働者の間では竜の財宝伝説は信じられているってことかな。

 四方八方から睨まれているこの状況に、フィリアもリアナも緊張から肩に余計な力が入っているようだ。

 まったく、これは相当根深い問題だな。今にも襲ってくるんじゃないか、これ?


 幸い彼等も忙しいのか、特に道中に難癖をつけられることもなく、俺達は無事教えられた詰所に辿り着くことができた。詰所は随分と真新しいようだが、何故か非常に小さく簡単な造りをしていた。

 中には鎧姿の哨兵が待機していたが、門に居た者と比べると顔は厳つくどこか愛想が悪そうだ……俺が言えた口ではないがな。

 フィリアとリアナが門前でしたのと同じように説明をすると、兵士からはあからさまに面倒臭そうな顔をされたが、フィリアの丁寧な口調のおかげか案内されることになった。


「最近、あんた等みたいに他所から来る冒険者が多くなってんだ」


 その道中、おもむろに兵士はそう話し始めた。


「そのようですね。ここに来るまでにも、いろんな方からお聞きしました。冒険者の調査が終わるまで鉱山労働者の方々の立ち入りが禁止されていること。そのせいで不満が溜まっていること。そして、冒険者達の間でも取り合いが発生していることも」

「そうかい。なら話は早い。最初の一週間は不満もそこまでじゃなかったし、誰もこんなにかかるとは思ってなかったんだ。だがその内、調査に来た冒険者と鉱夫とが衝突するようになってよ……あんまりにも多いもんだから、坑道の入り口に哨所が出来て、町の見回りをしていた一部の哨兵が警備のためにここに回されて、喧嘩の仲裁やら冒険者の案内をするようになったんだ」

「そうだったんですね。それであんな所に詰所が……」


 フィリアは深刻そうな顔をしつつも腑に落ちたように頷いた。そばで聞いていた俺も静かに納得した。

 採掘現場に兵士の見回りが必要なのかと少し疑問に感じていたのだが、最近になって出来た物だったのか。

 どういった理由で冒険者と鉱山労働者が衝突しているのかは正確にはわからないが、なんとなくの予想はつく。外の鉱山労働者も冒険者も、どっちも喧嘩っ早そうだもんなあ。

 兵士の詰所が出来る程ということは、ここの上層部が問題視する程頻繁に衝突があったというわけだ。どっちが先に吹っ掛けたのかは知らんが、もうちょっと抑えるとかできんかったのかねえ、お互いに。


「こんなこと、来たばっかのあんた等に言いたかねえが、頼むぜほんと。宝探しよりも先に、まずは魔物をどうにかしてくれねえと、こっちも迷惑してんだ」


 この件には兵士もうんざりしているのか、新しく来た俺達にそんな風に不満をぶつけ始めた。喧嘩をしたのは俺達ではないというのに、冒険者というだけで一括りにされて文句を言われるのは正直面白くないが、こいつの気持ち自体はわからんでもないので、俺もフィリアも黙って受け止めることにした。


「……ちょっと。そんな言い方しなくても良いじゃない」


 しかしリアナは苦情をぶつけられたことを理不尽に感じたのか、ムッとしながら兵士に反抗しだした。


「そりゃあ面白くないのはわかるけど、だからってアタシ達に八つ当たりされても――」

「リアナ――すみません。一刻も早い事態の収束のため、私達も誠心誠意努めさせていただきます」


 抗議しようとするリアナの言葉を、フィリアは強引に遮ると深々と頭を下げて謝罪をする。そんなフィリアの態度に逆に兵士の方が気まずくなったのか、それ以上のことは何も言わずただ不機嫌そうに鼻を鳴らすに留めた。


「……ふん。そら、この先だ」


 そう言って示されたのはいくつかある坑道の一つ。ここから離れた坑道では鉱山労働者が懸命に採掘作業をしている姿が見えるが、そちらとこちらとでは距離があるため余程のことがなければ労働者と冒険者が作業中に接触することは無いだろう。

 入り口は太い坑木でしっかりと補強され、地面にはトロッコのレールが敷かれ坑道内部へと続いている。

 周囲には採掘中に発生した土砂の山が放置されていたのだが、それに混じってなにやら黒い煤や生き物の骨のようなものまで見えた。


「あの骨はなんだ?」

「ん? ……ああ、またか。あれは冒険者が倒した魔物の骨だよ。アンタ等は報告の時に魔石やら討伐部位ってのを出さなきゃ金が貰えないんだろ? だからここで解体して必要な物を取り出して、残りはそこら辺に捨ててんだ」

「そこら辺にって……それって鉱山的には問題ないの?」

「それに関しては、鉱夫達もあんまり気にして無いんじゃないか? 解体で出た血とかはきれいにして、死体もきっちり燃やしてくれれば文句はない。だけどたまに、燃やさず適当に捨てたり掃除しない奴とかもいるから、それに関してはちょっとな……外から魔物が寄ってくることは無いと思うが、死体なんて見たいものじゃない。離れた所には鉱夫もいるしな」

「そ、そうですよね……」

「まあでも、気分的に嫌ってだけだ。ここまで来ることも無けりゃ見ることも無いしな。臭いがきつかったり何日も残っていたら流石に冒険者協会に苦情の一つも入れただろうが、今のところそこまで困っていない。そこら辺にいる粘魔(スライム)が食って処理してくれているからな」


 そう言われて改めて周囲を見渡すと、確かに粘魔(スライム)の姿がちらほらとみられた。森の中などで見られる青や黄の色を持つ個体の他に、赤の色を持つ粘魔(スライム)なんかも見受けられた。


「赤……火属性の魔力から発生した粘魔(スライム)だな。上位種では無いみたいだが、鉱山とは言え普通の山で見るのは珍しいな」

「そうなのか? ここら辺では結構見る色なんだが」

「ここに火精石が埋まってるからじゃない? 火精石も火属性の魔力の塊なんだから、魔精石を核にしている粘魔(スライム)だって火属性を持っていたって不思議じゃないわ」

「言われてみればそうか」


 粘魔(スライム)なんてちょっとしたことですぐに生まれる。赤色の粘魔(スライム)は珍しいとはいえ、焚火をした後とか雷が鳴った日の後なんかにもたまに見るんだから、そう考えれば火精石が掘れるこの土地に多く見られるのは自然なことだ。


「まあとにかく、倒した魔物はきちんと処理してくれよ。それじゃあ、俺はこれで」

「あ、はい――案内していただきありがとうございました!」

「お、おう……嬢ちゃん達も頑張れよ」


 ぶっきらぼうに立ち去ろうとする兵士に対し、フィリアはお辞儀をして見送る。まさかそんな風に見送られるとは思っていなかったのか、兵士は足を止めて驚いたようにフィリアを見ると、戸惑いながらも応援の言葉を送って再び歩き出した。


「……行ったわね。まったく、あんな失礼なヤツにお礼をいうことなかったんじゃない?」


 兵士の姿が見えなくなったところで、リアナは少し不満げな様子でそう言った。それに対しフィリアは、少し困ったような笑みを浮かべる。


「もうリアナ、案内をしてくれた人にそんなこと言っちゃ駄目よ。確かに怒られたときはいい気分じゃなかったけど、言っていること自体は間違いじゃないでしょ? 冒険者の調査が終わらないせいで坑道が一つ封鎖が続いているのは事実なんだし」

「だからって、その不満をアタシ達にぶつけなくたっていいじゃない!」

「リアナの気持ちはわかるけど、私は兵士の人の気持ちもわかるわ。それに依頼を受けた以上、私達ももう無関係じゃない……冒険者協会の一員として、私達はその苦情に真摯に向き合って、一刻も早く調査を終わらせる責任がある。でしょ?」

「それはそうだけど……」


 ……その考え自体は大変立派だとは思うが、いささか正直に受け止めすぎな気もするな。責任感が強いというか、仕事に対して真面目過ぎるというか……あんまり重く捉えると、いつかその責任感で潰れてしまいそうだ。

 まったく、村に居た頃のおてんば娘はどこへ行ったのやら。


「はあ、やっぱりアンタって貴族のお嬢様ね。あんなヤツ相手でもお上品に対応するんだもん……いや、むしろ貴族らしくないのかな?」

「こいつは昔っからこんな感じだ。貴族だからって変に偉ぶらないし、平民相手でも年上には敬語を使うし、それどころか村の子どもと混じって結構やんちゃしてたし……村じゃ皆に慕われる有名人だったよ」

「ちょ、ちょっと、そこまで言わなくて良いじゃない! だいたい有名人て言ったら、アゼルだって人のこと言えないでしょ!」

「お前とは真反対の理由でだろ?」

「…………そんなことより早く調査を始めましょ! もたもたしてたら、他の冒険者に先を越されちゃう!」


 誤魔化されたな。流石のこいつも、幼少時代の俺をフォローすることはできないか。


「……ますますアンタ達二人が一緒に旅しているのが不思議になってきたわ」

「俺も同感だよ」


 幼少の頃からの謎の一つだ。

クレーム対応をするフィリアでした。

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