83話:竜の財宝伝説
「…………」
俺は無言でそちらを見やると、そこには顔に長い髭を蓄えたやたら小柄な男が居た。そいつは行儀悪く椅子の上で胡坐をかきながらバカでかいジョッキを片手に持ち、まるで水でも飲み干すみたいに酒を呷った。
「ドワーフか……」
「うん? なんじゃ、ドワーフを見るのは初めてか?」
「……まあそうだな」
実際は前世で見たことがあったが、今世で出会ったのは初めてだ。
ドワーフ――人間と同じく「人族」に分類される種族で、成人しても人間の子ども程度の身長までしか成長しない代わりに人間を超える怪力と寿命、それから優れた聴覚や触覚も持っている。
また手先が器用かつ石や金属の扱いにも長けているため、ドワーフが製作した武具や工芸品は非常に質が良く喜ばれる。
「お前さん、ここらでは見ない顔じゃが、今日この町に来たばっかか?」
「……まあな」
「……どうした坊主。さっきから言葉数が少ないが――」
「そう、そうなんです!」
俺の態度に訝しむドワーフを遮るように、フィリアが間に割り込み会話を引き継いだ。
「私達、今日この町に来たばかりなんです! 私、ドワーフの方にお会いしたのは初めてです! この町の坑道はドワーフの方達が作った物なんですか?」
「お、おお、そうかそうか。いや、儂はこの町で鍛冶をやっとるだけで、坑道を掘っておるのは人間の男共だ。儂以外にもドワーフは住んでいるが、そう多くはない」
そうだったのか。ドワーフと言えば鉱山。鉱山と言えばドワーフのイメージはあったが、まあ人間の都市に他の種族が居ることの方が珍しいか。
「そうだったのですね……それより、噂というのは? 私達、この町のことはあまりよく知らなくて」
「ん――おおそうじゃった! いやな、最近鉱山で新しく坑道を掘っていたらしいんじゃが、その時に広い空洞と繋がったんじゃ。掘っていた鉱夫共の話によると、そこにはいたる所に火精石ができておって、それはもう美しいところじゃったらしい。そんで、この土地の領主が更に詳しく調べさせたところ、どうも空洞の大きさからして古い竜の寝床ではないかという話になったんじゃ!」
「古い竜の? それって、この地にある竜殺しの英雄の伝説と何か関係があるんですか?」
フィリアがそう言うとドワーフは驚いたように目を見開く。
「なんじゃ、知っているてはないか――わはは! そうじゃ、まさにその話じゃ!」
ドワーフは豪快に笑うと、いつぞやの時に聞いた伝説を話し始めた。
「伝説によると、この町がまだ村だった頃、この山には火竜が住み着いておって、時折麓に下りては家畜の牛を襲ったり吐いた火によって家を焼いたりして、村の住民はすっかり怯えていたという。そこに魔剣を携えた旅の武人が――冒険者だったという話もあるが――ふらりと村に現れ、村人を救うべく火竜の眠る寝床を目指して巣穴に入り戦った。戦いは三日三晩続き、ついに火竜は倒されたが激しい戦いによって山は崩れ、武人諸共竜の巣穴は完全に埋もれてしまった。村人達は帰らなかった武人を悼み、そして平和をもたらしたことへの深い感謝を抱き、その武人を英雄と呼んで後世に語り継いだ」
ドワーフの話を聞くと、リアナは興奮したように拍手し、フィリアも感動したように深く頷いた。
「わあー、凄い話ね! その英雄さんが帰ってこなかったのは残念だけど、困っている人のために命を懸けて戦うなんて、これぞ英雄譚って感じね!」
「そうね。竜といえば魔物の頂点と言われるほどで、その全てがAランクはくだらないというけど、そんな生き物に挑むなんてとても勇敢だわ」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
二人の反応に気をよくしたのか、ドワーフは自慢げに胸を張った。
竜種なあ……そういえばカルディナで戦った樹冠脚竜も竜の名がついていたが、あれは見た目が少し似ているだけの劣等種もいいところだからな。
本物の竜はまじでやばい。なにせ寿命という概念がなく、理論上永遠に生き続けるからな。不老でも不死でもないから、飢えたり殺されたりすれば普通に死ぬが、老衰で死ぬことは無く無限に成長し続ける。まさに最強の魔物の名にふさわしい。
「じゃが、この伝説にはもう少し続きがあってな――曰く、この山にはその英雄の亡骸と一緒に魔剣と、火竜が集めた大量の貴金属が眠っておるという話じゃ。いわゆる竜の財宝じゃな」
財宝か……竜は宝石やら貴金属やらの光物には目がなく、それらを持ち帰って巣に飾り付ける習性がある。まるでカラスのような習性だが、カラスと違いその行動がもたらす被害は尋常ではなく、豪華に飾り付けされた王族の馬車を襲って中の王ごと巣に持ち帰ったなんて話もあるくらいだ。
そのため竜の巣には非常に価値のある宝石などが高確率で見つかる。もっとも、生きている竜の巣に入り込むことは自殺行為に他ならないがな。
だが、討伐されてすぐに崩落した巣であるならば話は別だ。
「その伝説を信じて、今も昔も鉱夫共は財宝を掘り当てんと夢見ておるんじゃが……今回の発見でこの伝説に信憑性が出始めたんじゃよ。そんで、この町は今かつてない熱意に包まれているんじゃが……厄介なことに、その空洞には魔物が潜んでいてなあ」
ははーん、なんだか読めてきたぞ。
「ええ⁉ 鉱山で働いている人達は大丈夫だったんですか⁉」
「うーむ、幸い死人は出てはおらんが、仕事を抜け出した若い鉱夫数人が魔物に襲われて怪我をしてな……そこで町は冒険者協会に依頼を出したんじゃが、そこを皮切りに冒険者共の間でこの財宝の伝説が広まっちまってな。今では毎日のように冒険者が来て、坑道へ入っていくようになったんじゃ」
「なるほど、どうりで宿屋に空きがないわけだ」
なにせ竜を殺せる力を持つ魔剣だ。その伝説の話が全て真実だとしたら、冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しい代物だろう。
仮に魔剣が無かったとしても、発見した空洞が元は竜の住処となれば財宝を期待するのは当然と言える。その火竜がどれほど生きたかはもう定かではないが、古い竜ほど溜め込んだ財宝は莫大なものになる。宝石の一つでも手に入れることができれば、一瞬にして大金持ちだ。
英雄やら一攫千金やらの夢は、冒険者にとっては日常茶飯事。この話を聞いて沸かないはずがない。
しかし、その話を聞いたリアナは少し心配そうな顔をした。
「でもそれって、良いの? 鉱夫じゃない冒険者が、それも毎日坑道に入るなんて……その、仕事の邪魔にならない?」
リアナの懸念はもっともだ。鉱山労働者にとっては自分達の仕事場に素人が入り込んで好き勝手しているようなもので、決して気分が良い物ではないだろう。
いや、それ以上に――財宝を見つけるのは鉱山労働者達の長年の夢だったのだ。折角古の竜の巣を掘り当ててその夢が叶いそうだというところだったのに、他所から来た冒険者が横から掠め取ろうとしているのだ。嫌な気分どころの話では無い。
リアナも――そして表情を見るにフィリアも――そのことに気付いている。だからこそ、少し躊躇った聞き方になったのだろう。
「幸いというべきか、残念ながらというべきか……見つけた空洞への道は今は一時的に鉱夫共の立ち入りを禁止している。少なくとも仕事の邪魔にはなっとらん」
「ええ、どうして⁉ それじゃあ折角の財宝が、冒険者に取られちゃうじゃない!」
「鉱夫共は皆そう思って居るが、領主と坑道の責任者達の話し合いで決まったことでな――というのも、思ったよりも空洞が広く、魔物が多く住み着いておったんじゃ。鉱夫共は腕っぷしには自信があるが、魔物との戦いには慣れておらん。実際、掘り抜いた坑道を通じて魔物が出てきて騒ぎになって丸一日採掘作業が停止したこともある。その時も怪我人が多く出て、その後の作業にも大きな遅れが出た。じゃから、冒険者達にその空洞の内部を調査してもらい、ある程度魔物を間引いて安全性を確保できてから、その空間の火精石の採掘を再開するという話になったんじゃ」
「それはなんと言いますか……大変ですね?」
「まあの。死人が出なかっただけ良かったわい。じゃがなあ、まだ伝説を信じる若い衆に加えて、以前は伝説をあまり気にしていなかった少し上の世代の者共までもが、今回の発見で再び信じ始めたのか文句言い始めたんじゃ……中に潜む魔物が危険であることは皆もわかってはいるはずじゃが、どうしてもな……」
「な、なるほど……」
「…………」
「とと、いかんいかん。つい愚痴みたいになってしもうたわい。お前さん達がどういう理由でここに来たかは知らんが、余所者ということだけで変なことを言われるかもしれん。悪いとは思うが、くれぐれもこの町に居る間は気を付けるんじゃぞ」
そう言うとドワーフは残った酒を一気に飲み干し椅子から降りる。
「あ、いろいろ教えてくださりありがとうございました!」
フィリアが慌てて感謝の言葉を告げて見送ると、ドワーフは軽く振り返って返事をすると確かな足取りで店を出た。流石はドワーフ、結構飲んでいたと思うが酔ったようには見えないな。
「――行っちゃった。突然話しかけられてびっくりしちゃったけど、この町の事を聞けて良かったわね」
「ふん……まあ、そうだな」
「もう、アゼル。いくら人見知りだからって、初対面の人に失礼な態度を取っちゃ駄目でしょ! 昔から言っているじゃない!」
「はんっ、俺から言わせればどこの誰とも、何を考えているのかもわからん相手にぐいぐい行けるお前の方がおかしいがな」
「初対面だからこそ、第一印象は好意的じゃないと駄目なの! どこでまた会うかもわからないんだし、そのタイミングが仕事だったら印象一つで上手く行くはずだった商談も破綻するかもしれなんだから!」
「商談って……お前は貴族の娘であって、商人じゃないだろうに」
「貴族の娘だから印象が大事なの。貴族社会では面子が命よ。交友関係は広く、そして多い方が有利なの……勿論、人は選ばないとだけどね」
うわあ、面倒くせえ……けど何故だろう。今のフィリアはどこか闇を感じる。やっぱり貴族社会って大変なんだな……。
「まあまあ、アゼルの感じの悪さは今に始まったことじゃないでしょ……それより、アンタは気付いた?」
「否定はしないが、人の悪口を言った後に質問をするとは中々の仕打ちじゃないかリアナ……気付いたに決まってんだろ」
「え、なに? 何かあったの?」
顎で入り口の方をしゃくったリアナに、俺は軽く頷いて肯定する。その一方で困惑するフィリアに、リアナは若干声を潜めて教えてやった。
「さっきのドワーフの人、外に出たでしょ? てことはつまり、この宿に泊まっている人じゃないってこと」
「え? え、ええ、そうね。さっきもこの町で鍛冶のお仕事をしているって言ってたし――――あっ!」
フィリアも気付いたようだ。流石に賢いな。
「そうだ。宿泊客でも観光客でもない、地元のドワーフが宿で酒を飲んでいたってことだ。俺達がそうしている通り、いちおうこの宿は一階のホールで食事ができるが、それはあくまで宿泊客をメインに向けたものであって、外から積極的に客を呼び込むような酒場ではない。にもかかわらず、あのドワーフは酒場に行かずこのホールで酒を飲んでいた。それは何故か――フィリアなら当然わかるよな?」
「外から来た人のチェックってことね。たしかあの人の話では、この町の鉱山労働者は外から来た冒険者に強い不満を持っているって言ってた……初めから警告のために声をかけたってこと?」
「正解だ。満点をやろう。一つ補足を加えるとしたら、あのドワーフ自身からは敵意とかは感じなかったってところかな」
「それに関してはアタシも同感。なんて言うか、最後のは善意で警告したって感じだったわね。私達が冒険者だって知らないからかもだけど……」
「それもあると思うけど、多分あの人自身はそれほど冒険者に対して悪い感情を持っていないのかも。鉱山労働者達が抱いている不満の話には、どこか悩んでいるようだったし、他所から来た冒険者が竜の財宝を狙っていることや毎日封鎖された坑道に入っているって話をしていた時も、大きな不安はありつつも嫌悪しているようには見えなかったわね」
ふうむ……全員、あのドワーフ個人に対する印象は一致しているってことか。となると、この町の住人全員が冒険者に対して敵対意識を持っているわけではないということか。通りを歩いていた時も宿にチェックインする時も、一度も敵意の類は向けられてなかったことからこれは間違いないだろう。
全てが敵ではないというのは安心できる要素ではある。しかし問題は――
「俺達も、魔剣を求めてきたっていう点では他の冒険者と変わらない、ってことなんだよなあ……」
つまりこの鉱山都市を支えている労働者には、どうあっても憎まれそうだということだ。
そう考えた俺達は、揃って重い息を吐いた。
どうやらこの町での探索は中々に苦労しそうだ。




