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82話:鉱山都市ドランデル

 カルディナから東へと進み、その先のドランデルを目指す。ドランデルまでは山を何個か越えなければならなず、その道中にもか魔物の襲撃が何度か遭ったのだが、街道付近に現れるのはせいぜいDランク以下の魔物ばかりで、俺やベテラン冒険者のリアナには大した苦労にはならない。

 対するフィリアは日を追うごとに疲労していった。最初の二日はまだ元気だったのだが、慣れていない野外での睡眠では完全に疲れを取るのは難しく、少しずつ疲れが溜まっていき三日目ともなると朝から疲れた様子を見せていたくらいだった。

 村から出るときに多少鍛えたとか言っていたが、まだまだ体力面は不安だな。

 そういった日には思い切ってその場に留まり丸一日の休息をとることにした。フィリアは大丈夫だと強がっていたが、無理をして怪我や体調を崩されてもそっちの方が困るため、リアナと一緒になって止めた。

 カルディナで新しくテントを購入したし、彼女の家のベッドとは比べるべくもないがあの日の夜よりは快適になっているはず。購入したと言ったが、正確に言うと俺が購入したのはテントの布だけで、骨組みや固定用のロープ等は買っていない。【血濡魔術ブラッティー・マジック】を使えば夕食にしたウサギの骨や手持ちの血染布でもテントを立てる柱には十分だからな。おかげで費用が浮いた。

 メリルから貰った革札も役に立った。これを吊るすだけで血の臭いどころか外の土の臭いも気にならなくなった。即席で作ったというだけあって店で売られている魔道具と比べると燃費は悪いが、それでも一回魔力を込めれば一日は効果が持続する。これのおかげで柱についた血の臭いも気にならなくなったから、テント内は更に快適になった。

 夜の不寝番も俺とリアナの二人だけで回しているし、もう何回か夜を過ごせばフィリアも野宿に慣れていくはずだ。


 そんなこんなで道程は順調そのもの。日が傾き始めた頃、ついに目的の場所へと辿り着いた。


「ここがドランデル……なかなか立派な都市だな」


 山の中腹から麓にかけて広がる段状の都市で、街中にはいくつもの煙突が立ち並び、離れたここからでも大量の煙が昇っているのが見えた。山の中腹と麓にはカルディナの物よりも立派な城壁が築かれている。


「はあ~、やっと着いた……ようやくベッドとお風呂にありつけるのね! この日が来ることを夢にまで見てたわ」


 噛み締めるような声を漏らすフィリアに、俺もリアナは揃って苦笑する。


「大げさねえ。気持ちはわかるけどさ」

「それなりに長い道のりだったからな。文句の一つも言わずに付いて来ているからつい忘れがちだが、最近までは長距離の移動といったら馬車を使っていたようなお嬢様だったんだ。のんびり歩いてきたとは言え、素人に山越えはきつかっただろ。フィリアのためにも、早くドランデルの中に入って今日の宿を探すとしよう」

「そうね。ほらフィリア、あとちょっとだから頑張って」


 フィリアを励ましながら歩みを再開する。やっとのことでドランデルに辿り着いた頃には、もう空が赤らみ始めていた。

 ドランデルの建物は石と木を組み合わせた頑丈な造りをしており、屋根には瓦が敷かれている。そんな建物がずらりと立ち並んでいるため、全体的に重厚な印象を受ける街並みとなっている。

 麓の町は居住区となっており通りを歩いているのは買い物中の婦人や走り回る子どもがほとんどだ。予想に反して、鉱山労働者の恰好をした人は今のところ見かけられない。


「へえー、鉱山都市って言うからあっちこっちから鉄を叩く音とかが聞こえるものだと思っていたけど、中に入ってみると思ったよりも静かね」

「掘り出した鉱石の精錬や加工とかは、全てもう一枚の城壁の向こうで行われているんだろうな。鍛冶場のような火を扱うような施設も今のところ見当たらないし、鉄や油の臭いとかもない――良かったなフィリア。少なくとも、夜中に金槌を叩く音で起こされる心配はなさそうだぞ?」

「なら早く宿を探しましょ。今はとにかく荷物を下ろしたいわ」


 そんな会話をしながら宿のある通りを歩く。しかし、そんなフィリアの願いに反して中々泊まれる場所が見つからない。

 元々上等な火精石で有名な土地ということで、仕入れをする商人に向けてか宿自体はそれなりの数があったのだが、どこにも空いている部屋が無く三件、四件と宿を転々とする羽目になった。

 もしや今夜は路上で寝る羽目になるか? と俺達の間で僅かに不安が漂い始めたが、六件目に訪れた「フリントクラップ」という宿で丁度二部屋だけ空きがある言われ、フィリアは一も二もなくそこに飛びついた。


「いやー、何とか部屋が見つかってよかったね」

「ええ、本当に……あのままようやく町に着いたって言うのにベッドにありつけないってなったら、年甲斐もなく泣くところだったわ」


 無事部屋に荷物を下ろし一階のホールでフィリアが、安堵したように溜息を漏らす。


「だけど良かったのか? そっちは一人部屋を二人で使ってるんだろ? ベッドは足りてるのか?」


 取れた部屋は二つだけだったので俺と女性二人で分けて使うことにしたのだが、問題はどちらも一人用の部屋だということだ。

 俺の部屋と内装が一緒なら、ベッドは一つしかなく小さな机と椅子、それから人が通れるだけの狭いスペースしかないはずだ。そうなると片方は確実に床で寝ることになるはずだ。


「やっぱりどっちか俺の部屋に移動した方が良いんじゃないか? 窮屈だし、そんなんじゃ休めるもんも休めないだろ。俺の方は別の宿を探すか相部屋に移れば良いし……」

「大丈夫だって、何水臭いこと言ってんの。ベッドは確かに一つだけだけど、宿の人が追加で布団持って来てくれたから心配いらないわよ。窮屈って言ってもテントに比べたら十分広いし、ここまでの道中でフィリアとは何度も並んで眠っていたから今更よ。ね、フィリアも気にしてないよね?」

「そうね。だいたい別の宿を探すって言ったけど、他に部屋が空いている宿があるとは思えないわ。アゼルの性格を考えると、相部屋の方にも行くとは思えないのよね。あなたって一人の空間を大事にしているみたいだし……」

「む……」


 図星だった。相部屋に行くくらいなら、まだ外で寝たほうが落ち着ける。いつ荷物が盗まれるかわかったものではないからな。見知らぬ人間が隣にいる状況では、気持ち悪くておちおち寝ていられない。


「とにかく、アンタは気にしなくって良いから! あっ、心配しなくてもベッドはフィリアに譲るから安心して」


 そう言ってリアナは笑ってみせたが、俺が心配していたのはそういうことじゃないんだが……まあ、今のところは大丈夫か。


「それにしても、どの宿もいっぱいになっているとは思わなかったわね。アタシあんまり鉱山都市って外から人が来るイメージはあんまりなかったけど、こうして見ると結構繁盛してるのね」

「まあ、魔精石は貴重だからな。これがただの鉄鉱山だったらこうはいかなかっただろう」


 精石とは魔石の一種――というより、二種類ある魔石の一つを指した呼び名だ。

 魔物の体内から生成される魔石は、瘴気の魔力を内包した魔石――「魔障石」と呼ばれ、反対に自然から生成される魔石は、精気の魔力を内包した魔石――「魔精石」と呼ばれる。その二つをまとめて「魔石」と呼んでいる。

 魔精石は単一の属性の魔力しか内包しておらず、その属性の色によって「火精石」「水精石」「土精石」「風精石」と名前を変える。また魔石の属性がはその土地の環境によって大きく左右されるため、狙った魔石を入手するのは難しい。

 ちなみに――魔障石の方は、魔物の種類によって色が決まるが、時折別の色が混じっていたり四色のどれにも該当しないような色をしていたりする。


 また知っての通り魔道具の動力としても魔石は利用されている他、魔精石は透明感があり澄んだ色をしているから宝石として扱われることもある。ちなみに魔障石は濁り暗い色をしている。

 実用的な上に美しいのだから商人達が魔石目当てで連日訪れてもおかしくは無いし、その結果宿の空きが埋まっていくのは自然な流れだと思う。


「うーん、それはどうかしら。確かにドランデルは上質な火精石が掘れることで有名な場所だけど、魔物の魔障石から瘴気を抜いて作られる魔精石と違って、天然の魔精石はとても高価よ。それこそ宝石と変わらないくらいにね。豪商ならともかく何のブランドもない普通の商人が仕入れられるようなものかしら? よしんば仕入れたとして、普段一般の市民を相手に商売をしている商人が売れるかしら?」

「……確かに難しいか」


 商人じゃないとしたら、こんなにも宿が埋まっているのは何故だ? ドランデルは火精石の他にも鉄が採れるって聞いたし、それを使った武具を仕入れに来たとか……いやそっちも必要とする者は多いだろうが、それでは説明しきれない気もする。

 頭を捻っていると突然隣の席からデカい声で呼びかけられた。


「――なんじゃ。お前さん達、例の噂を聞いて来たんじゃないのか?」

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