第794話 暗躍 1
<セレスティーヌ視点>
「お疲れになりましたか?」
「大丈夫よ。あなたこそ平気なの?」
「はい、私はまったく問題ありません」
そう答えるユーフィリアの顔には疲労の色が強く残っている。
「……」
天幕の隙間から差し込む午後の日差しが卓上に広げられた周辺の地図を照らし出す。外からは無数の足音と馬のいななき、鎧の触れ合う金属音が絶え間なく聞こえてくる。
私たちの疲労とは対照的に、王都を目指す軍勢は日を追うごとにその数を増す状況。街道を埋め尽くす歩兵と騎兵、その馬上に翻る色鮮やかな軍旗。旗に描かれているのは各地を治める権門の紋章に他ならない。
「「「「「「「「うおお!!」」」」」」」」
天幕の中にいてもはっきりと耳に届く。
陣営に上がる多くの歓声。兵士たちの間では大貴族の名が飛び交い、誰もが味方の増加を心強く感じているようだった。
「勝てる、勝てるぞ!!」
「「「「「「「「おおぉ!!」」」」」」」」
テポレン山を発つ時は不安と緊張に満ちていた軍勢の空気が今は一変している。
もちろん、それは私もユーフィリアも同じ。
ただ……。
「セレス様?」
沈黙した私をユーフィリアが見上げてくる。
「……問題ないのなら良いのだけど、あまり無理はしないで」
今はもうシアもディアナもいない。
心から信頼できる相手は本当に少ないのだから。
「ありがとうございます」
そして当然。
彼もいない。
コーキさん……。
誰より何より信頼できる人。
ワディナート脱出後、テポレン山で出会ってからずっと私を助け続けてくれたコーキさんが遠い。
「「「「「「「「おう!」」」」」」」」
「「「「「「「「はは、ははは」」」」」」」」
天幕の外からは、絶えず威勢のよい号令と兵士たちの笑い声が聞こえてくる。
補給物資を積んだ多くの荷馬車、兵站を担う者たちが忙しなく駆け回る音も。
まさに、飛ぶ鳥を落とす勢い。
誰もがそう感じているのだろう。
けれど、その活気に満ちた光景の中にいても私の心は……。
今はどこにいるのだろう?
オルドウ?
白都?
それとも日本?
幸奈さんのそば?
っ!
痛い。
胸が、心が。
気持ちが沈んでいく。
「「「「「「「「おおぉ!!」」」」」」」」
外から聞こえる喧騒がさらに私の胸を締め付け、彼を遠く遠く感じてしまう。
「……」
王都を奪還するために、偽王を打倒するために多くの者が誇りと命を懸けて進もうとしている。その事実は何よりも心強いはず。それなのに私は。私だけは……。
でも、これは自ら選択したこと。
他の誰でもない私自身が望んだこと。
だから、だから。
進まなきゃならない。
たとえ心が痛くても、体が重くても。
前に、黒都へ!
「セレス様? セレスティーヌ様?」
「……何でもないわ」
「ですが」
「ほんとに平気。それより」
足音。
天幕の外から、規則正しい足音が響いてくる。周囲を行き交う兵士たちの喧騒とは違い、迷いのない、まっすぐこちらへ向かってくる足音だ。
これは多分。
「セレス様、アルです」
やっぱり。
「入って」
「はっ」
天幕の垂れ幕が持ち上がり、アルが姿を現した。
すっかり逞しくなったアル。
少年の面影は今も残っているけれど、鍛え上げられた体と日に焼けた横顔を見ていると精悍という言葉しか出てこない。
「エブロ―伯爵、ダミノン子爵、エラトリーゼ子爵が到着しました」
「ということは」
「はい、我らに与する腹かと」
アルの言う通り。
この状況での到着なのだから、味方と考えるのが妥当。
しかし彼ら3人まで我が陣営に加わるとは、想定を大きく超えた成果だ。
これもエリシティア王女の威光なのだろうか?
それとも、偽王アイスタージウスの悪評によるもの?
あるいは……。
「「「「「エブロ―様!!」」」」」
「「「「「ダミノン様、エラトリーゼ様!!」」」」」
当然、外では彼らの到着を聞きつけた者たちの声が広がり始めている。
「セレス様、三方を今すぐこちらに?」
確信顔のユーフィリア。
そこに浮かぶのは先ほどまでの疲労とは異なる色だ。
期待。
そして、決意。
「……」
そう、そうだ。
今はもう立ち止まっている場合じゃない。
「ええ、呼びましょう」
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<ジンク視点>
洞窟の奥に満ちるのは、ひんやりとしながらもじっとりと絡みつく空気。
その中空を照らすのは岩肌の窪みに置かれたろうそくの頼りない炎。
揺れるたび、岩壁に映った3人の影が不気味に伸び縮みしていく。
正直、何もかも気持ちいいもんじゃない。
さっさと帰りたくなっちまう。
「以上、か?」
「ああ、こっちはそんな感じだ。で、おまえらは?」
「黒都方面も問題ねえぞ。っつうか、こんな仕事で俺がしくじるわけねえだろ」
自信満々に言い切るイリアル。
こいつはいつもそうだ。
が、まあ、イリアルの腕は確かだし、魔眼持ちでもある。
そうそう、失敗することもないか。
「私の方も順調だな」
「そりゃ当然だ、メルビンは楽してんだからよぉ」
イリアルが言うほど楽じゃないだろうが、それでも今回のメルビンの任務が肉体的に軽いものであることは間違いない。
「ってことで、今回一番の働きは俺、次がジンク、最後にメルビンだな」
おい!
「ちょっと待て、一番はオレだろ」
「はあ? ジンクは国境を回っただけじゃねえか」
「それが大変だっての」
国境では何とか上手くやれたが、あれは非常に繊細で難しい仕事だった。
一歩間違えればマズいことになるものだった。
森でコーキの兄さんに会ったのも予定外だったしな。
「なわけねえ」
「なわけあるんだよ。その上オレはなぁ、白都での任務もこなしてんだ」
「白都の任務なんざ大したことねえ。こっちの黒都の方が数倍厄介だぜ」





