第791話 好機と危機
低フードが頭を傾けたまま固まっている。
「……」
何を考えているんだ?
ここまで来て頭を悩ますことなんてあるのか?
というか、時間は?
「……ふむ」
傾いていたフードが戻っていく。
「まあ、いいだろう」
得心した?
「で、正体不明の冒険者殿はどうする?」
同じく正体不明の低フードが問いかけてくる。
ただ、この声色。
おそらくは若い男のはず。
凄腕の青年剣士か。
「……どうもこうもありません」
「抗うと?」
当然だ。
「大人しく娘を渡せば怪我せずに済むのだが?」
「そちらこそ、ここで退けば無事に戻れますよ」
「ふむ」
「……」
「ならば、覚悟するように」
剣を抜く低フードの姿がブレる。
これは認識阻害じゃない。
跳んだんだ、右に!
「コーキ様!」
「下がってください」
ササリーシャ嬢が退いたそこに低フードの剣。
ガキンッ!
鋭く重い一閃。
「ササリーシャ様を害するつもりですか?」
「いいや」
ガッ!
ガキッ!
「彼女の身は無傷のまま白都に届ける」
なら、俺が防ぎ護る前提での初撃だと?
「っ!」
ガンッ!
ガキッ!
ガンッ!
言葉を返す余裕がない。
速度も威力も狙いも見事な連撃。
ただ、それでも対応範囲を越えてはいない。
ガンッ!
ガンッ!
ガキッ!
ガキンッ!
上下左右からの繰り出される縦横無尽の剣。
それらを何とか防ぎきったところで……。
「ふむ」
低フードが飛び退いた。
「少し危なかったな」
「……」
こっちの返し技を読んだ?
微妙な兆しを察知したのか?
「どうやら、かなりの腕前のようだ」
魔力、気配の噴出を最低限に抑え、マスクで顔を隠し、認識妨害術式を使っている俺の実力はそうそう察知できるものじゃない。ただし、隠せるのも剣を交えるまでのこと。低フードクラスの剣士なら数回の剣合である程度の理解は可能、それは分かっている。が、低フードはその想定の上。俺の次の剣撃まで見切ってしまった。
「ふむ」
軽く首を振った低フードの剣気が高まっていく。
「おもしろい」
抑揚のない響きに感情が滲み始めている。
「……」
その気配にさらに警戒を強め、剣を正眼に構える。
低フードは剣の切っ先を地面に向け下ろした体勢で静止。
先程の赤鬼の構えに近い。
「……」
動かない。
素振りが見えてこない。
ならば、今度はこちらから。
ジャリ。
相手は静止状態。
こちらから距離を詰めれば、理合も間合もこちらの思いのまま。
容易に空間を支配できる。
ジャリ。
はずなのに、優位性をまったく感じられない。
「……」
いまだ鑑定不能。
低フードの詳細は感知できない。
それでいて、押し寄せる圧迫感。
息がつまるような剣圧。
ん?
何だ、この違和感は?
不意に覚えた奇妙な感覚に思わず足が止まる。
「……」
ただ、その感受も寸瞬の微かなもの。
もう何も感じない。
気のせいか?
あるいは、それとも……?
敵を前にしているというのに雑念が湧きあがってくる。
このわずかな怠慢があり得ない隙を生んでしまった。
シュンッ!
低フードの剣身の揺れを目の端でかろうじて捉えた時には、既に剣先が眼下に!
「っ!」
反応が遅れる。
が、直前の理合はこちらのもの。
ならば。
キン!
間に合った!
不格好ながらも振るった迎剣が下から向かってくる一撃を弾き。
ガギッ!
続いて軌道を変えながら迫る次撃も払うことに成功。
さらに幸運なことに、低フードの左半身が傾き微妙に体勢を崩している。
ここを逃す手はない。
剣を左に返し、隙のできた右脇に斬りこんでやる。
が、敵も剣を放ってきた。
体勢は崩れてない?
まさか、罠だった?
敵右脇に迫る自剣!
俺の右腰に飛んでくる敵剣!
駄目だ!
あっちが早い!
「ぐっ!」
斬り込む剣をそのままに地面を蹴る。
下半身のみで強引に後方に跳躍。
シュッ!
低フードの剣先がこっちの外套を撫でるも皮膚は無事。
まさにギリギリ、紙一重で避けることができた。
が、息をつく余裕はない。
もう次が迫ってる!
キンッ!
ガッ!
ガキッ!
下段、中段、中段と3合続き。
一拍後の。
ガキンッ!
上段からの強烈な一閃。
手が痺れるほどの剣撃だが、なんとか、何とか。
「……」
低フードの剣が止まり、退いていく。
とりあえず、しのぎきったか。
「……ふぅ」
しかし、凄いな。
赤鬼の剣も強烈たったが、この低フードも負けちゃいない。
恐ろしい冴えを見せてくれる。
認識阻害ゆえ実力を正確に掴めていなかったとはいえ、ちょっと認識が甘かったようだ。おかげで好機と危機が目まぐるしく入れ替わる剣交になってしまった。
が、ここからは違うぞ。
「コーキ様?」
ただし、そう考えているのは俺だけ。
後ろで見ていたササリーシャ嬢は気が気ではないだろう。
「大丈夫です」
「そう、なのですか?」
「ええ、問題ありません」
信用しづらいとは思うが信じてほしい。
「……はい」
ササリーシャ嬢から不安の色は消えないけれど。
とりあえず、今はこのままで再開だ。
さて、低フードは。
「……」
数歩の距離をとり、また頭を傾げている。
完全に不動状態。
どうした?
違和感でも覚えているのか?
という俺も、さっきの一連の攻防には感嘆以外の何かを感じてしまう。
奇妙な感覚が蘇りつつある。
「……ふむ」
フードの中で1つ2つとゆっくり頷く正体不明の低フード。
「残り時間もあとわずか、か」
剣身に濃密な魔力が宿っていく。
「ならば、よし」
再び下段に構え直し一歩を踏み出した。
次で決着をつける気だな。





