第789話 切り札
「コーキ様?」
赤鬼ドゥベリンガーとイヴが作り出すこの空気に耐えられなくなったのか、ササリーシャ嬢が俺を見上げてくる。
「……彼の剣式のひとつだと思います」
「では、イヴ様は?」
「その剣を受けるべく待っている体勢かと?」
おそらくは必殺の技だと思われる次撃。
それを受けきって、相手をねじ伏せる。
わざわざ回復を待って完璧に叩きのめす。
イヴの狙いはそんなところなんだろう。
「大丈夫ですよね?」
戦いに絶対はない。
ましてや、相手は赤鬼ドゥベリンガー。
その切り札を受けて立つんだ、容易なことではないはず。
けど、彼女なら。
「……大丈夫です」
そう思える。
鑑定で測ることはできなくても感覚で確信できる。
「ですので、ここはイヴ様を信じて待ちましょう」
「……はい」
頷いたササリーシャ嬢の目が再び前を向く。
「……」
「……」
前方では変わらずの静止沈黙状態。
2人だけじゃない。
赤鬼とイヴの後方に立つ低フードも隔離壁の中にいる騎士、シャリヌの連中も動かない。固唾をのんで見守っている。
「……」
「……」
「……」
「……」
1分とも5分とも10分とも感じられる静寂。
その緊張に耐えられず、身動ぎする者が出てくる頃合。
スッ。
剣先が横に?
目では捉えられない微かな変化。
常時発動中の感知でぎりぎり察知したその剣先の揺らぎ、から!?
剣が消失??
と感じた次の瞬間、左下方から静謐の一撃がイヴに迫る!!
なのにイヴの目線は右。
気づいてない!
まずい!!
キンッ!!
止まった、剣が!
これは、防いだのか?
「ちっ!」
舌を鳴らした赤鬼の剣はイヴの目線の先。
左でなく右。
右下方に固定されたまま動かない。
「……」
瞬時に防壁を展開したのだろう、それは理解できる。イヴなら十分可能なことだ。けど、なぜなんだ?
ギギッ!
なぜ消えた?
なぜ左から迫っていた剣が右下に?
両眼と感知に加え全神経を集中させていたのに分からない。
理解できない。
それでも、目の前には厳然たる現実が広がってる。
「「「「「「「「おおお!」」」」」」」」
「「「「「「「「受けた!」」」」」」」」
騎士もシャリヌもこの驚愕の攻防をはっきりとは捉えられていないはず。
単に剣撃を防ぎきったという事実にどよめいているだけ、のはず。
両者の動きを正確に理解できているのは赤鬼とイヴの当人2人、それにおそらく低フード。
「なるほど」
俺とは違い左を注視していたイヴ。
その顔色はいまだ変わることなく、声色も凪いだまま。
まったく動じていない。
「意気がるだけのことはある」
「はあ?」
「見事な偽身だった」
偽身?
偽の身?
「……」
虚像を見せる剣だったのか?
「大したものだよ」
「何言ってやがる!」
「素晴らしい成長ぶりだと称賛しているのだ」
「……完璧に防がれたじゃねえか」
「そうだな」
「ちっ」
確かにイヴには通用しなかった。
が、この赤鬼ドゥベリンガーの腕はすさまじいものがある。
正直、俺の感覚的想像を大きく上回っている。
「ふむ、それでも素晴らしい剣式であることに違いはない」
「あんたに褒められても喜べねえんだよ」
ヴァルターの得意技、無拍子同様の予兆無しからの剣閃。
さらには、剣身の消失と偽の軌道。
こうして言葉にはできても仕組みは微塵も理解できない。
いまだ信じがたい剣式。
「まったく、これっぽっちも喜べねえ」
なのに、イヴはこの赤鬼の上。
本当に底が知れない。
「けどなぁ、最後に笑うのはバアさんじゃねえぞ」
「……」
「オレ様だ」
言い切った赤鬼の口の端が上がる。
ギギッ!
下段から振り上げた剣は依然として防壁に防がれたまま。
赤鬼は剣を退こうともしない。
野卑な言動とは裏腹に計算ずくの攻撃を仕掛けていた赤鬼が仕切り直しを選択せず、剣に力を込め続けている。それはつまり……。
「おらぁ!」
力が増した!
ギギギッ。
防壁に綻びは見えないが、わずかに押されてる?
ギギギギッ。
いや、明らかに押されて……なっ!?
バリィィィン!
砕け散った!
防壁が跡形もなく!
だけじゃない。
長剣は止まっていない。
イヴの眼前に!
「イヴ様っ!」
危ない!!
ブゥン!!
長剣が振り抜かれた。
が……。
切り裂いたのは中空のみ。
剣身はイヴを捉えていない?
「えっ?」
消えたんだ。
剣が身に迫ったその刹那に。
「どうして? えっ!?」
魔法かスキルか宝具か、その種は分からない。
分かっているのは瞬間移動的な何かを行使したってこと。
そして、イヴが無事であるということだけ。
「ササリーシャ様、問題ありませんよ」
赤鬼の5歩後方に現出したイヴ。
無造作に立つ姿はこれまで同様、泰然自若そのもの。
微塵も、欠片も、動揺を感じない。
「……」
そんなイヴを見つめるササリーシャ嬢の目には驚愕とともに色濃い不安が映し出されている。
「大丈夫ですよ。イヴ様を信じましょう」
「……はい」
頷くも不安の色は残ったまま。
詳細を理解できていないのだから、まっ、当然か。
という俺も違う意味で不安になってくる。
もしまたイヴと対峙する状況になったら?
俺は対応できるのか?
魔法と剣を駆使すれば切り抜けられるのか?
「……」
駄目だ。
成算が見えてこない。
それどころか、赤鬼相手でも……。
「そんな手も隠し持ってたのかよ、バアさん」
「隠してはいないが」
「ちっ! いつまで経っても口と逃げ足は達者だなぁ」
「それだけではないと思うぞ」
「なら、もっと攻めてこいよ」
「……」
「どうした、バアさん?」
「……」
「まさか、まだ手加減を!」
確かに、致命的な攻撃は避けていたような。





