第787話 切断
20年前に赤鬼とイヴの間に何があったのかは分からない。
ただ、この執着を見ているだけでも推測できるものはある。
「一応心配してたんだぜ、あんたの腕が落ちてんじゃねえかってよ」
「……」
「さあて、ひとつ安心できたところで、こっから本番といこうか」
赤鬼の言葉とともに剣身に纏う光が増していく。
光質も変化している。
今度はただの強化じゃない。
おそらく、剣内部も魔力で強化してるんだ。
「バアさん」
俺が苦労して身につけた内部強化。
それを赤鬼も。
「この剣も受けてくれよぉ」
魔力迸る長剣が防壁と衝突。
ガキンッッ!!
さっきとは異なる硬質な音が響き渡る。
が、壁は無事。完璧に長剣を防いでいる。
「ふっ、ふふ」
対する赤鬼は下がらない。
防壁に剣を当てたまま、足を止め。
「ふは、ははは」
身をよじっての大笑。
「はは、ははは……だよな、そうだよな。あんたに当たり前の攻撃が通用するわけねえよな」
今の剣撃はそんな生易しいものじゃない。俺が湖畔の館で受けたガイツィンガーの剛剣を超越する、まさに一撃必殺と呼んでいいほどの代物だった。それを当たり前と評する赤鬼も、涼しい顔で防ぎきるイヴも尋常の腕じゃない。一般的な凄腕をはるかに超えている。
というかイヴ。
世に誉れ高い大剣士赤鬼にここまで言わせるなんて。
あんたいったい何者?
そもそも何歳なんだ?
今さらながらの疑問が溢れてきた、その時。
「よーし」
赤鬼が剣を引き後退していく。
「次だ、次!」
ただし、後退は僅か数歩のみ。
そこで地を蹴り、イヴに向かって再度突進。
また同じような剣撃を……ちがう!
「おらぁ!」
跳んだ。
イヴを越え、防壁も超える大跳躍だ。
ダンッ!
着地と同時に身を返す。
イヴの背に剣を放ってくる。
そこに。
ガキンッ!
2枚目の防壁。
ガンッ!
またも防いだ。
ドガッ!
ガゴッ!
ガキンッ!
猛攻を受けても、崩れる兆候すらない。
王家騎士やシャリヌに対する防壁とは明らかに質が違う。
ガギンッ!
そんな最強の防壁を展開するイヴは赤鬼に背を向けた体勢。
振り向きもせず、平然と立っている。
ガギンッ!
ガッ!
「ちっ!」
このまま振り続けても無駄だと感じたのか、赤鬼の剣が止まった。
「相変わらずかってえなぁ、バアさんの壁はよ。けど、そのまま籠ってるだけじゃオレには勝てないぜ」
その通り。
護ってるだけでは勝負は決しない。
ただ、俺は知っている。
護りを固めたあの状態からでも、イヴは強力な攻撃を放てることを。
「それともあれか? 勝つ気ねえのか?」
まさか、赤鬼は知らない?
ひょっとして20年前にはできなかった?
「本気かよ?」
「……」
「おい、おい、それはねえぞ」
「……」
「ドゥエリンガーを使ってない俺になら攻撃できんだろうが! それとも、バアさん、また変な制約でも追加したのか?」
「……」
「なら、そんな制約捨てちまえ。そんで、今すぐかかってこい!」
「……」
「バアさん、こっち向けや!」
防壁の中のイヴはいまだ赤鬼に正対しようとしない。
「何か喋れや!」
背を向けたまま無言が続いてるんだ、赤鬼が苛立つのも当然。
「おい!!」
しかし、イヴのこの態度。
本当に何らかの制約があるのかもしれない。
「ちっ、ちっ! ここまで片意地張るかよ」
まあ、そうだとしても、ちょっとやりすぎな感が……。
「なら、しょうがねえ」
「……」
「あの娘、もらってくぞ!」
赤鬼がこっちに顔を向ける。
視線が飛んでくる。
「私のこと、ですよね?」
「……多分」
他に娘なんていないからな。
「コーキ様?」
「大丈夫です」
俺が護る、というより、イヴが何とかするはずだ。
「いいんだな、バアさん?」
「……はぁ」
っと、イヴが振り返った。
防壁も解除している。
「おっ、やる気になったのか?」
「……大人しく帰ればいいものを」
壁なしで仕掛けると?
「ここで帰れるわけねえだろ」
「……」
「だから、バアさん、今度はそっちが仕掛けてこい」
「……愚かな」
「愚かでいいんだよ、ほら、早くしろ!」
「はぁ……」
二度目の溜息をついたイヴの胸前に魔力。
防壁展開の際にはまったく感じなかった魔力が集まっていく。
「そう、それだ、それ」
凄まじく濃密な魔力を感じているだろう赤鬼が満面に笑みを浮かべている。
対照的にイヴは無表情そのもの。
「はぁ」
三度目の溜息。
その息に吹かれたように魔力が弾け。
無色の刃が射出された。
赤鬼は。
「っ!」
キンッ!
眼前で無色刃を切断。
キンッ!
キンッ!
キンッ!
さらに飛来する3つの刃も切断に成功。
ただ、これじゃあ終わらない。
新たに生み出された10の無色刃が上下左右から赤鬼に襲い掛かる。
「はは、いいぞ!」
それでも笑みが消えない赤鬼。
身を屈め上方の無色刃を後ろへと流し、地面を這うように剣を振るう。
キン、キン、キンッ!
一振りで下方の無色刃複数を破壊。
「おっと」
次いで迫る左右の刃には身を捻って一回転。
キン、キンッ!
二回転。
キン、キンッ!
10の無色刃すべてに対応してしまった。
「おーし!」
「……」
「ん? どうしたバアさん?」
ここまでの完璧な対応は予想していなかったのか、イヴの表情が変化している。
「顔色が良くないぞ」
とはいえ、そこまでではない。
僅かに眉が上がった程度だ。
「まさか、終わりじゃないよな?」
「……」
「終わりじゃねえなら、続けようぜ」
イヴの胸前の魔力は依然として凝縮状態。
そこに新たな魔力が。





