第786話 絶技
「赤鬼!?」
フードを脱ぎ捨てた赤髪の大男を目にした騎士の1人が声をあげる。
「赤鬼?? あの人はこの国にいないはずじゃ?」
「俺もそう聞いたぞ」
「けど、あの剣傷の痕は」
「まさか、本当に赤鬼?」
赤鬼という人につけるとは思えぬ恐ろしげな異名、この世界で何度耳にしたことだろう。
「キュベリッツに戻っていたのか?」
ギリオンやヴァーンも事あるごとにその名を口にしていた。他の冒険者が語るのを聞いた数も数えきれない。超を越えた名声を誇る伝説の剣士。赤鬼ドゥベリンガー。
「……」
いわゆるこの世界の達人と呼ばれる者は4人。
剣姫イリサヴィア、幻影のヴァルター、大魔導師エヴドキヤーナ、そしてこの赤鬼。
そんな大物が今イヴと対峙しているというのか?
「どうした、バアさん?」
「……」
「ホントに分かんねのか? オレ様の顔も、あんたにつけられたこの傷痕も?」
いまだイヴは不動。
「おいおい、嘘だろ」
「……」
「そこまで耄碌しちまったのかよ?」
それはない。
イヴは多分気づいている。
この沈黙にも意味があるはずだ。
「それとも別人?」
「……」
「いや、そんなわけねえ。顔は違うがあんたは間違いなくバアさんだ。それに耄碌なんてするババアでもねえ」
「……」
「だったら、異世界に行って中身が変わっちまったか?」
なっ!?
異世界だと!!
「なあ、行ってきたんだろ、異世界って所によ?」
イヴに渡界経験がありかつ日本を知ってるとなると、その異世界はもう日本としか思えない。さらに、赤鬼らしきこの大男も異世界の存在を知っている。
まずい。
まずいぞ!
ここは慎重に事を進めないと、取り返しのつかない事になってしまう。
なるべく目立たぬよう、細心の注意を払って……。
「ちっ、しょうがねえ」
「……」
「喋る気がねえなら、この剣で話すだけだ!」
腰の剣を抜いた。
この抜剣だけでも力量が推測できるほどの剣の冴え。
「……ドゥエリンガーはどうした?」
「おっ、やっと喋りやがったな」
「……」
「っつうか、ちゃんと分かってんじゃねえか!」
「……ドゥエリンガーは?」
赤鬼ドゥベリンガーが振るう剣は魔剣ドゥエリンガー?
長剣のドゥエリンガー?
分かりづらすぎる。
「おう、ありゃあ使わねえ。あんたと戦うんだからよ」
「……」
「ってことで縛りはねえから、遠慮なくやってくれ」
魔剣ドゥエリンガーとイヴとの間に制約?
ここにも制約が存在すると?
イヴ、おまえ謎も制約も抱えすぎだぞ。
出会った当初から謎に満ちていた錬金術師イヴ。
いまだ俺の常識を超越する存在だが、それでもこの2日間である程度は彼女を知ることができた。ただ、それ以上に謎が深まっているのも事実。
錬金術師の枠を逸脱した様々な力量、常に冷静な彼女らしくないササリーシャ嬢への執着、様々な制約に日本に関する知識、そしてこの赤鬼との関係。
まったく、何が何だか。
分からないことが増え続けてるじゃないか。
手を組んでるこっちの身にもなってほしい。
どう考えても説明不足なんだよ。
ほんと、頭が痛くなってくる。
そんなイヴ周りのことだけでも手いっぱいだというのに、ここ数日の俺ときたら……。
離島、湖畔の館、オルドウ、そしてこの街道と、短期間でとんでもないことが起こりすぎだ。その上、赤鬼ドゥベリンガーの口から異世界の話が出てくる始末。
正直、今はもう頭痛どころじゃない。
すべきこと、考えることが多すぎて……。
けど、まあ、今は心を静めて用心深く慎重に。
そうするしかないよな。
「……」
とはいえ、数十メートル先で対峙しているのは勇名轟く大剣士赤鬼ドゥベリンガーと超絶技巧を誇る魔術とスキルの達人イヴ。
自分の置かれた状況を忘れて気になってしまう。
少しばかり、いや、大いに惹きつけられてしまう。
「ドゥエリンガーなしで私と戦うと?」
「そりゃそうだろ。あれを使っちまうと、バアさん本気出せねえんだからよ」
「……」
「ってことで開戦だ。手を抜くなよ、バアさん」
ドゥベリンガーが淡く発光する剣を右手に間合いを詰めていく。
その剣は当然ドゥエリンガーではなく他の魔剣でもない。剣身に魔力を纏うことで発光させているんだ。
「20年ぶりのオレ様の剣、受けてみろ!」
ここで大きく踏み込んだ赤鬼ドゥベリンガーが上段から剛剣を叩き込む。
イヴは動かない!?
「イヴ様ぁ!!」
動かない、が。
ドガンッ!
赤鬼の剣はイヴの眼前で静止。
イヴが障壁を展開したんだ。
けど、いつ?
まったくそんな素振りはなかったのに?
「イヴ様が、防いだ?」
これまでは発声していた術名なしでの発動。
それだけじゃない、魔力すら感じられなかった。
ずっと注視していたにもかかわらず、魔力の動きを感知できなかった。
ただ、それでも。
「あれは?」
「……魔法障壁だと思います」
魔力は感知できなかったが、まず間違いないと思う。
あれはスキルじゃなく魔法の防壁なんだろう。
「へっ、さすがバアさんだ」
「……」
「けどまあ、そりゃそうか」
頬の傷痕を大きく歪めて赤鬼が数歩後退する。
「たった20年であんたが劣化する、なんてことあり得ねえもんなぁ」





