第781話 奇妙な感覚
「では、お気をつけて」
「はい、行ってきます」
夕連亭の主人ベリルさんに挨拶をして外に出る。
通りにはシャリヌも王家の騎士たちの姿も見えない。気配もなし。
どうやら追手がかかることはないようだ。
「コーキさん、宿の主人に話をしたんですか?」
「話はしましたが、白都に向かうとだけですよ」
「目的は話してないのですね?」
「ええ、話さない方がいいでしょ」
世情に通じた夕連亭の方たちに詳細を話せば相応の助言を貰えたかもしれないが、芳しくなさそうなオルドウ伯爵と彼らの関係を考えてここは黙した方が良いと。
「はい、それがいいと思います」
断言するこの様子。
まさか。
「何か読み取りました?」
読心能力で誰かの心を?
「いえ、さすがに無理ですよ。彼らにはまったく触れてませんので」
「そうでしたか」
「ええ。それに必要に迫られない限りは使わないという決まりもありますし」
「……」
「ですが、何というか、うーん……話さない方がいいよう気がしまして」
なるほど。
読心能力ではなく勘なんだな。
「単に感覚的なものですけどね」
つまり、事情を知らないフォルディさんにも感じ取れるものがあったということ。それは。
「充分に重要なことですよ」
エンノアの能力者の中でも特に秀でているフォルディさんの感覚なんだ。
軽視できるわけがない。
「えっ?」
本人に自覚はないのか。
「でも、無事出発もできましたし、今はもう何の問題もないということで」
「……そうですね」
「フォルディさん、それではいったんお別れになります」
今は無事オルドウの城門を出たところ。
「次はナガアランですね?」
「早期に解決できればになりますが、その場合はナガアランの駅舎でお会いしましょう」
当然のことながら、フォルディさんと俺では走力も体力も違い過ぎる。そんな2人が急ぎの追跡行を共にできるわけがない。
「はい」
なので、まずは分かれて動きオルドウと白都の中間点であるナガアランで合流することになったんだ。
「ただ……」
「どうしました?」
「ひとり旅でナガアランの駅舎まで辿り着けるのか、本当にコーキさんと再会できるのか、そう考えると心配で」
ああ、そういうことか。
「駅馬車に乗ればナガアランの駅舎まで無事送り届けてもらえます。心配はいりませんよ」
ほぼ地下にこもったままのエンノアの民にとって地上の街は異境の地。これはオルドウに来ることが多くなったフォルディさんでも変わらない。そんな彼がひとりで駅馬車に乗り街を越えて行くんだ。懸念、憂慮も仕方ない。
「早期解決できずナガアランで合流できない場合でも駅舎には伝言を残しておきますから。いずれにしろ、近い内には再会できるはずです」
「……分かりました。何とかやってみます」
オルドウの城門でフォルディさんと別れそのまま疾走すること1刻。今のところ街道に異状は見られない。かといって成果もなし。ササリーシャ嬢を追い走るだけの時間が続く。
いや、違うな。
ただ走ってるだけじゃない。
つい諸々を考えて。
「……」
イヴはどうしてるだろう?
実はもう彼女がササリーシャ嬢を救出したのでは?
というか、イヴなら領主館から連れ去られる前に手を打てたのでは?
それができなかったってことは、現場にいなかったのか。あるいは、あの謎の制約が彼女を縛っているか?
いや、仮に制約があったとしてもだ。
イヴのササリーシャ嬢に対する傾倒は並じゃなかった。
何があろうとも彼女を放置するとは思えない。
だったら……。
なんて、いくら考えてもいまだ街道走行中の俺に真相なんて分かるわけがない。
今できるのは走ることだけ。
走って感知してササリーシャ嬢を見つけ出し、そうしてなるべく穏便に彼女を救出する、それだけなのだが……。
ちょっと待てよ。
そもそものところ、なぜなんだ?
なぜ俺はここまで必死になってる?
躍起になって追いかけてる?
「……」
ササリーシャ嬢とは知り合ってまだ間もない、特別に深い縁があるわけでもない。採取した秘薬が彼女の命を救ったという事実はあるものの、実際は結果としてそうなっただけ。救命への強い思いがあったからじゃないんだ。もちろん、可能なら救いたいと考えてはいたけれど。
そんなササリーシャ嬢を何より優先する必要があるのだろうか?
彼女には凄腕のイヴがついている。
キュベリッツ王家との不穏な未来も避けられそうにない。
一方のこちらも色々と問題を抱えたまま。
なのに、どうして?
なぜ俺は、たいして悩むこともなくここまでやって来たんだ?
どう考えても。
「普通じゃないよな」
ここのところ、何度も感じた奇妙な感覚。
ふとした拍子に覚える違和感。
多忙や疲労などを原因と考えることもできるが、それでも、やはりどこかおかしいと思わざるを得ない。
ほんと、どういうことなのか?
「……」
「……」
「……」
しかし、そうはいっても今回の件。
イヴと交わした約定だけは軽視できない。
ここをおろそかにすれば最悪の結果へと繋がる可能性もあるのだから。
ただし、あれが曖昧なものだったというのもまた事実。
オルドウ領主館で合流できなかった今、通常ではあり得ない労力を要しての追跡や救出など約定内容を大幅に越えてるとも考えられる。
それに、湖畔の館での戦闘である程度の約定は履行できたはず。
なら?
だったら?
もうやめるか?
フォルディさんと共に黒都を目指すか?
いや、それはそれで……。
難しいところだな。
「ふぅぅぅ」
ただ、まあ、現状の俺は単身北上してるだけ。
この街道を走り続ければ当面の目的地ナガアランには到着できる。
いずれを選択しようと今の行動自体に変わりはない。
であるなら、この先のことはその時その場の状況で。
などと考えていたところに感知の網が反応。
「はは……」
ササリーシャ嬢だ。





