第780話 追跡
「冒険者か?」
「はい、オルドウで活動しているものです」
「その冒険者が何用だ?」
「特にこれといったことではないのですが……」
迂闊なことに湖畔での戦闘では変装用マスクを着け忘れてしまったので、既に顔は露見済みと考えなきゃならない。つまり、ここは慎重を期すべき場面。
「何かあったのかと思いまして」
通りすがりの冒険者、とりあえずはこの線で話を進めてみる。
「おまえたち冒険者には関係ない」
「ですが、この街の領主様ですし我らにも少しは関係あるかと」
直接剣を交えたガイツィンガーだけなら問題はない。
湖畔の館で結構な傷を負わせた彼がここにいるとは思えないのだから。
が、シャリヌの手勢は違う。たとえ昨日の今日であったとしても、この場にいる可能性を消すことはできない。
「ふむ……」
ただ1つ幸いなのは、現場でのシャリヌがイヴの術式で隔離されていたこと。あんな状況ではこっちを完全に認識できてはいないだろう。なら、多少の顔出しくらいは問題ない、はず。
「その、今後の冒険者活動への影響も考えられますし」
「……」
「騎士様、今がどういった状況なのか、それだけでも教えていただけませんか?」
「……大逆の容疑だ」
大逆?
オルドウ伯がキュベリッツ王国に?
「これによりオルドウ伯は王都に連行、領主館は一時封鎖となる」
大逆が事実なら当然の処置。
とはいえ、さすがにそれはないだろ。
伯爵にそんな素振りは微塵も感じられなかったし、何より大逆を企んでいる者が湖畔の別荘で悠長に休暇を楽しむわけがない。
事情を知る者は皆そう思うはず。
ただ、現実は大逆罪で連行されている。
さらに、このまま王都で拘束となると……。
「そういうことだから、しばらく領主館に近づくことはできない。おまえも早く立ち去れ」
いや、そう言われても困る。
まだこっちの用事は済んじゃいないんだ。
「オルドウ伯爵の御令嬢はどうされているのでしょう?」
「彼女も王都だな」
ササリーシャ嬢も移送されたのか?
これはまずい。
まずいぞ。
「ん? おまえ?」
思わず顔を伏せた俺に、他の騎士が近づいてきた。
「コーキさん」
ここまでの無音を破り俺の袖を引くフォルディさん。
その表情が強張っている。
なぜ?
「おまえ……どこかで見たような顔だな」
っ!?
「どこかで……」
こいつ、シャリヌか?
「んん? どこだったか?」
右腕の袖を引くフォルディさんの手に力がこもる。
軽く事情を説明したところだから不安になるのも当然だ。
という俺の背にも汗が滲んできた。
「最近のような……」
「……」
ある程度想定はしていたものの、実際に直面すると言葉に詰まってしまう。
それでも、このまま無言ではいられない。
「ああ、こいつはオルドウの冒険者だからな」
何とかごまかそうと口を開く前に、騎士から一言が出てくる。
「街で見かけたんだろ」
まさにそれ。
そういうことを言いたかったんだ。
「騎士様の言われた通りだと思いますよ。私もどこかでお会いしたような気がしますので」
「そう言われれば、まあ……」
よし。
一応納得してくれたか。
なら。
「では、私たちはギルドに戻ります」
他のシャリヌが近寄って来る前に、これ以上怪しまれる前に即退散だ。
「あっ、おい」
フォルディさんとともに足を速める。
背にかかる声は聞こえない、まったく聞こえないぞ。
大通りを歩くこと数分。
幸いなことに、領主館前から急ぎ離れた俺たちを追う者はいないようだ。
「フォルディさん、こちらへ」
「あっ、はい」
感知的にも間違いないが、念のため2つ裏の路地に入る。
「それで、これからどうされるんです?」
当面の危機は脱したものの、依然として表情が硬いフォルディさん。
領主館で思うような成果が得られなかったため、この先どう動くか気が気じゃないんだろう。
「そうですねぇ……」
この不安げなフォルディさんを見ていると、俺としても少なからず心が揺れてしまう。ただ、そうはいっても。
「フォルディさんには申し訳ないですが、やはりまだ黒都方面には向かえません」
「……」
こっちの返答は予想していたはず。
それでいてこの空気。
エンノアの皆を心から心配してる気持ちが痛いほど伝わってくる。
「白都、ですか?」
「ええ、ササリーシャ嬢を追って白都に向かいます」
「……」
「ただし白都に着く前に問題が解決する可能性もありますので、その場合は目的地も変更になるかと」
「それは、つまり?」
「黒都ですね」
白都キュベルリア、黒都カーンゴルムは共にオルドウの北に位置するため、道中での行先変更にも大きな支障はない。
「あっ、ありがとうございます!」
「そんな言葉は不要ですよ」
俺がそうしたいだけなんだから。
「コーキさん……」
「ということなので、急ぎましょうか」
まずは夕連亭に戻り、色々と整えてから出発だ。
「はい!」





