第779話 現状
「急遽決まったんです」
予定を大幅に前倒ししての進軍。
ワディンあるいはエリシティア軍に、急遽決行せざるを得ない事情があったんだな。
「進軍先はワディナートでしょうか?」
「いえ、カーンゴルムになります」
「……」
目指す先はレザンジュの王都カーンゴルム。
すなわち、対するは父殺しの大逆王アイスタージウスということ。
セレス様たちワディンではなくエリシティア王女の標的。
「ワディンの皆も納得しているので?」
「はい」
「……」
「成功の暁には旧ワディン領すべてを返還するという約定がなされたようです」
エリシティア王女がそこまでの約束を。
けど、まあ、そういうことなら得心もいく。
「ですので、急ぎコーキさんにお知らせしようと」
ただ、その行動は。
「セレス様やエリシティア様の指示ですか?」
「……」
だろうな。
俺が山を下りたあの日の状況から考えて、彼女たちが今こちらに助力を求めるとは思えないのだから。
「では、フォルディさんの一存で?」
「いいえ、エンノアの総意です」
なるほど。
「ですが、我らだけではなくお二方もきっと」
それは……。
「コーキさん!」
フォルディさんの目の色が変わった。
「……何でしょう?」
「テポレン山から離れたばかりのコーキさんにこんなお願いをするのは、本当に心苦しいのですが」
その言葉通り、雄弁な目が辛そうに下へと向かっていく。
ただ、それでも、言葉は止まらない。
「私と一緒に来てくださいませんか?」
「カーンゴルムまで? 一緒に?」
「はい!」
「……」
以前なら返答に迷うこともなかったであろうフォルディさんからの要請。
セレス様への助力もそう。これまでは絶無だった躊躇いが今は消えてくれない。
精神的にも物理的にも……。
「コーキさん?」
「……いつです? セレス様とエリシティア王女がテポレン山を下りたのは?」
「5日前になります」
山を下りた後、北上しながら将兵を集めカーンゴルムに向かう。
おそらくは到着まで30日以上要するはず。
であれば、少なくとも25日の猶予がある。
もちろんアイスタージウス軍がカーンゴルムを出ての決戦を選択するなら、この限りではないが、その可能性は極めて低い。
やはり、25日以上の猶予があると考えていいだろう。
「申し訳ないのですが、すぐに向かうことはできません」
時間的猶予があるなら、現状優先すべきはほかにある。
「それは、なぜでしょう?」
無論、領主館に向かいたいからだ。
しかし、この現状。
あちらでもこちらでも、考えてもいなかった展開の連続に頭が痛くなってくる。
とはいえ、現実は回避できるものではない。ならば、直視するのみ。
まずは、現時点での各所の状況整理だ。
幸奈、古野白さん、里村、武上が滞在する離島では研究所の面々による調査取り調べが継続中。今のところ大きな問題は見られないが、異形の氾濫や江良たち異能者の襲撃可能性など依然懸念は残ったまま。そんな中でも俺がオルドウに渡って来れたのは異形出現兆候をほぼ見極められるという研究所の新術式があればこそ。まさに能力開発研究所員の努力の賜物。本当にありがたいことだと思う。
セレス様、エリシティア王女、エンノアの動向は先の通り。5日前にテポレン山を下り黒都カーンゴルムに向け北上中とのこと。俺の知る情報とフォルディさんの言葉から推測するに、各地で旧ワディン軍族や親王女派の権門と合流し連合軍を再編成しつつカーンゴルムへ進軍するはず。つまり黒都での決戦までには幾分の猶予が考えられる。もちろん、各所でアイスタージウス軍との戦闘も起きるだろうが、それらは全て小規模にとどまる、と思いたい。そうなるよう可能な限りの手を打ってきたのだから。
最後にササリーシャ嬢が帰還したオルドウ領主館。
イヴの言伝では詳細までは分からない。
ただ、おそらくは……好転ではなく、より切迫していると見るのが妥当なんだろうな。
「コーキさん」
こういった各所の情勢、個々の状況を踏まえると。
やはり、まずはオルドウ領主館だ。
そこでササリーシャ嬢の安否とオルドウ伯の現状を確認し、イヴの考えを聞く。
今後どう動くか、何をすべきか、すべてはそれ次第になってくる。
「理由を教えてください」
「訪れねばならぬ場所があるからです」
「それは?」
「……オルドウ領主館」
夕連亭で急ぎ支度を整え中央大通りに出る。
そのまま領主館へと歩を進めること数分。
「これは、いったい?」
同行することになったフォルディさんの目に映っているのは領主館前に広がる騎士たちの姿。
「オルドウで何が起こってるんです?」
事情を把握していないフォルデイさんが戸惑うのも当然。
通常時ならあり得ない剣呑な雰囲気を漂わせた騎士たちが領主館への道を遮っているのだから。
「詳細は後で話しますので、今は私の後ろに隠れていてください」
「……分かりました」
と言ったものの、さて、どうする?
イヴに会えれば話は早いのだが、どこにもその姿が見えない現状では。
「……」
仕方ない。
まずは、話しかけてみるか。
「すみません」
相手はシャリヌ家の者じゃない。
そこにいる王家直属の騎士だ。





