第777話 分かっていない
大穴から漂う濃厚な気配。
さっきまでとは明らかに違う。
「「「グルゥ」」」
ただし、俺にとっては既にお馴染みの気配。
幾度となく繰り返し戦った異形たちのそれ。
つまり昨日で終わりじゃなかった、と。
そういうことなんだろう。
「「「グルルゥゥゥ」」」
その異形、今にも穴から這い出そうとしているのは3体。
後方にまた3体。
さらに奥には多数の気配を感じる。
まさしく異形の群れだ。
しかし……。
「「「アァァァァ」」」
ある程度予想していたとはいえ。
安全だと言われていた夜が明けた途端これとはな。
「グガアァァ!」
まっ、それならそれでいい。
何度でも刻んでやるだけだ。
まずは先頭のおまえから。
「それで、あっちはどうだった? 平気だったの?」
「……ああ」
「その返事、問題があったのね?」
「いや、何もない。大丈夫だ」
「大丈夫じゃないでしょ」
「……」
「功己の顔見れば、すぐ分かるんだから」
嘘だろ?
顔に出るほどじゃないはずだぞ。
「でも、功己に怪我はなさそうだし……まさか、セレスさんやシアさん?」
「それは違う」
「それはって?」
「……」
「やっぱり、何かあったんだ」
確かに問題がなかったとは言い切れない。
それでも。
「幸奈が心配しているようなことじゃない」
「だったら、話して」
「……」
「功己」
「今は無理だな」
手短に話すには状況が複雑すぎる。
「時間がないから?」
「ああ」
武上は今日も朝からの取り調べで不在だが、古野白さんと里村は違う。今は少し外に出ているだけ、すぐにこの部屋に戻って来る。というか、そこの廊下に気配があるんだよ。
「ゆっくり2人の時間が取れたら話してくれるの?」
「……ああ」
「分かった。でも、1つだけ」
「何だ?」
早くしてくれ。
もう古野白さんと里村が入ってくるぞ。
「さっきのは本当? わたしが心配するようなことじゃないって?」
「間違いない。幸奈とは無関係の……」
ガチャッ。
まずい。
扉に手がかかった。
「とにかく大丈夫だから」
「うん」
「んん? 何が大丈夫なのかな?」
頷く幸奈に被せてきたのは里村。
「「……」」
「えっ? 聞いちゃまずかった?」
「里村くん、察しなさい」
無邪気に畳みかける里村を制してくれたのは古野白さん。
「あっ、うん、そうだね。2人っきりだったもんね」
「そういうこと」
いや、いや。
2人の想像しているようなことじゃないぞ。
「古野白さん、さっきのはそういうんじゃないですから」
「隠さなくてもいいのよ」
「違いますって」
「そう?」
「はい」
「だったら、何が大丈夫なのかしら?」
「それは、えっと……」
ちょっと待て。
さっき察しろと言ったじゃないか。
なぜ蒸し返すんだ。
「えっと、その……」
言葉が出てこない幸奈が俺に目線を送ってくる。
ああ、分かってる。
「幸奈の体調を尋ねていただけですよ、昨日色々ありましたからね」
「……」
「幸い心身には何の問題もないようです。だよな?」
「う、うん。わたし身体は丈夫だから」
「……そう」
「ええ。ということで古野白さん、あっちはどうでした?」
ここは、話を変えさせてもらうぞ。
「鷹郷さんは何て?」
「まだ確定ではないけれど……しばらくはここに留まることになりそうね」
やはり。
「少なくとも今日中に帰れることはないわ」
「今朝の異形が原因ですか?」
「それも原因の1つだと思う」
となると。
「島を出るのは早くて明日、場合によっては数日滞在する必要があるってことですね?」
「ええ」
本来なら延長大歓迎の離島旅行。
なのに、今はもう異形と異能者の襲撃で楽しめる状況じゃなくなっている。
「数日かぁ」
「うん……」
当然、延長を喜ぶ者もいない。
「「「「……」」」」
空気が重い。
「あっ、でも、有馬くんのおかげで色々助かってるから」
「そう、そうだよ!」
古野白さん、里村。
急にどうした?
「昨日も今日も有馬くんがいなかったら、こんな風にみんなが無事ってこともなかったと思うし」
確かに、異形討伐、異能者撃退に貢献した自覚はある。
ただ、皆が無事なのは時間遡行のおかげ。あの反則級の切り札のおかげ。
俺じゃなく、神様の恩恵によるものなんだよ。
「だからね、有馬くんには心から感謝してるの」
「うん,ボクも!」
しかし、これは何なんだ?
どうして、そんなに気を遣う?
俺は何ともないぞ。
「功己……」
ん?
『顔だよ』
耳元で囁く幸奈の声。
『ひどい顔してたから』
いや、そんなはず……。
あるのか?
『うん』
「……」
ここ数日、俺の体感的数日が大変だったのは間違いない。
疲労も尋常じゃなかった。
ただそうはいっても、今は随分と落ち着いたんだ。
精神的にも平静を保てているはず。
なのに、古野白さんや里村が気を遣うほどだと?
「それにね有馬くん、単に滞在が長引くだけで特に問題なんてないし、ゆっくり休むこともできるし」
「うん、うん、ちょうどいいよね」
どうやら、自分で思っている以上に顔に出ていたらしい。
「……」
異世界でも、こっちの世界でも最近は色々と思い知らされてしまう。
40年も生きているのに、ほんと分かってないことが多すぎる。





