第774話 剛力
俺が知っている魔剣と言えば、剣姫が振るう魔剣ドゥエリンガーだけ。
朱色の剣身に紅蓮の炎を纏うあの細剣だけ。
他の魔剣についての知識はほぼ皆無。
それでも、剣姫の愛剣だけはこの目にはっきりと焼き付いている。忘れられるわけがない。
なのに、イヴの隔離壁に傷をつけたあれがドゥエリンガーだと?
ドガンッ!
確かに剣身は薄っすらと赤みを帯びている。魔力もはっきりと感知できる。けれど、剣姫の愛剣が放つ清冽かつ凄絶な剣気は感じられない。そして何より、剣相が違う。大剣と細剣、まったく異なる形状をしているんだぞ。
ただ、あのイヴが口にしたんだ。
簡単には否定できない。
ということは……。
「ドゥエリンガーは複数存在する?」
「冒険者コーキ殿、あなたはドゥエリンガーを見たことがあるのですか?」
「細剣のドゥエリンガーでしたら」
「……」
「私の知る細剣同様、あの大剣もドゥエリンガーなのですね?」
言葉ではなく目で返事を返すイヴ。
やはり、そうだったか。
「細剣、大剣、そして長剣」
3本?
「魔剣ドゥエリンガーは3本現在しています」
異なる剣相を持つ3本をそれぞれ異なる3人が所持していると。
ガッ!
ドガッ!
なんて悠長に得心してる場合じゃないな。
今にも壁が破壊されそうだ。
「それで、どうします? 3枚目を出しますか?」
「……」
ここで壁を追加すれば応急処置にはなる。
ただし、魔剣を振るう大男を完全に止めるのは難しいだろう。
あくまで時間を稼ぐだけ。
とはいえ。
「イヴさんなら他の手もありますよね?」
強制的に俺を拘束しようとしたイヴ。
日本を知り、露見を確定させた彼女のことを全面的に信用はできない。
それでも、ササリーシャ嬢を護るという一事においては信頼をおけるはず。
ならば、今は彼女の腕を頼るべき。
「……」
どうした?
答えたくないのか?
それとも?
「まさか、他に策がない?」
いや、いや、それはないだろ。
先ほどの手合わせと鑑定から推測するだけでも、そんなことはあり得ないと断言できる。
ということは、別の理由が?
現時点ではオルドウ伯を助けられない、その理由と同じように?
ドッガン!
駄目だ、崩壊が迫ってる。
仕方ない、考えるのはあとだ。
今は。
「私が出ましょうか?」
違う手を打てないなら、俺が出た方がいい。
どうするイヴ?
「……よいのですか?」
やはり、そうくるんだな。
「お願いしても?」
「もちろんです」
ここで出渋るようなら、そもそも正門には残っていない。
ドガァァン!!
と、2枚目の壁も崩れてしまった。
当然、破壊したのは大剣ドゥエリンガーの持ち主。
その大男が不敵な笑みを浮かべながら近づいて来る。
「……」
どこからどう見ても術式は複雑で突破困難なイヴのアイソレーション。
そんな隔離壁を数撃で破壊してしまったあの大男。
当然、魔剣ドゥエリンガーの性能によるところは大きいだろう。それでも、あいつの腕は侮っていいものじゃない。
であるなら、ここは万全を期して。
「イヴさん、後ろのシャリヌの足止めは可能でしょうか?」
「任せてください……セット、アイソレーション」
新術は無理でも、そっちは使えるんだな。
まったく理解できない縛りだが、まあ、これでやり易くはなった。
よし。
「隠れてないで、こっちに出てこい」
いいタイミングだ。
「隠れているわけではありませんよ」
イヴをおいて、ひとり正門から足を踏み出す。
「待っていただけです」
「小癪な壁を作っておきながら待っていたとは、笑わせてくれる」
いいぞ、好きなだけ笑ってくれ。
その隙にじっくり鑑定させてもらうからさ。
さて、各種ステータスは……。
やはり軒並み高数値だ。
特にHPとSTRが高い。
見た目通りの攻撃型、大剣仕様の魔剣ドゥエリンガー所持者に相応しいステータスだが、それでも今の俺が恐れるほどじゃない。ただ、このスキルだけは警戒が必要だな。
剛力:一定時間腕力強化。
非常に端的な解説ではあるものの、さすがに曖昧すぎる。
10%の強化なのか20%なのか、あるいは50%、100%?
場合によっては、俺の腕力を越える可能性もあるってことだ。
さらに継続時間も連続使用の有無も分からない。推測すらできない。
すべては実際に対峙してから。
まったく、厄介この上ないぞ。
なんて、愚痴を言っても始まらないか。
とりあえず、戦えば色々と見えてくるはず。
と、その前に一応魔剣の鑑定も。
「だが、いいだろう。待っていたというなら先手を譲ってやる」
「……」
「さあ、かかってこい」
魔剣ドゥエリンガーを右手に持ち、両腕を左右に広げる余裕の大男。
ああ、名はガイツィンガーというらしい。
ドゥエリンガーを振るうガイツィンガーか……。
「どうした? 打ち合う前から臆してるのか?」
そんなわけないだろ。
「なら、これでどうだ」
両腕を下げるガイツィンガー。
剣先は地についている。
「早くこい」
「……」
よーし、その魔剣のことも概ね理解できた。
ということで。
「では、先手を」
軽く右足を踏み跳躍。
一瞬で間合いに入り。
その勢いのままに下段から。
ガギンッ!
防いだか。
続いての中段はどうだ。
ギンッ!
ガンッ!
ガギンッ!
剣身を返しての中段2撃、斜め上段からの連撃。
これらすべてを完璧に対応されてしまった。
「……」
このガイツィンガー。
どうやら技量もかなりのものがあるようだな。





