第773話 魔剣
「どうか、どうか、父を!」
体裁を投げ捨てイヴにすがりつくササリーシャ嬢。
伯爵への思いがこれ以上なく伝わってくる、が。
「……」
答えは返ってこない。
「イヴ様!」
事ここに及んでもイヴは相変わらず。
「お願いです!」
その表情には微塵の揺らぎもなく。
「でないと、私」
不動の大樹のように優しく凪いだ目でササリーシャ嬢を見つめている。
「行きません」
「……」
「ここに残ります」
ん?
揺れたか?
「お父様と一緒に!」
ほんの僅かだが間違いない。
イヴの眼中に変化が見える。
ということは、つまり……。
「お嬢様、閣下の言葉を思い出してください」
「まずは退避を」
「……嫌」
「ですが」
「私は残ります!」
「「「お嬢様」」」
「「「ササリーシャ様」」」
しかし、よくないな。
せっかく逃れてきたというのに、この時間浪費はないだろう。
ただ幸いなのは、全員が正門裏にいるためシャリヌの追手からはこちらの姿が見えていないこと。加えて。
ガン、ガン!
ガン、ドン、ガン!
「くそっ!」
「崩せない、壊せない」
「いったい何なんだ!」
「どうなってる!」
シャリヌの追手もイヴの術の中。
行く手を阻まれ、無策に剣を振るうばかり。
これなら、しばらくは問題ないはず。
「何をもたついているんだ!」
「それが、透明な壁が前に」
「なら、迂回しろ!」
「駄目です、周りも……」
「ちっ!」
とはいえ、この場に留まっている場合でもない。
さて、どうしたものか?
「私は父のもとにまいります」
「「「いけません!」」」
シャリヌの持つ王命はキュベリッツ王のもの。
既に何度も敵対したレザンジュ王アイスタージウスによるものじゃない。
ここで王命を蔑ろにする行為はキュベリッツへの敵対行為と見なされるはず。
「……」
俺はイヴとは違う。
レザンジュ相手ならともかく、キュベリッツの王命持ちに対して無茶なことはしたくない。その真偽が若干あやしくてもだ。
かといって、この状況で俺ひとり無関係を貫くのも違うだろ。
なら、この仮面を被って……。
「お気持ちは分かりました」
イヴだ。
イヴが沈黙を破ってササリーシャ嬢の前に。
「充分理解いたしました」
「それでは!」
「いいえ、ササリーシャ様を危険にさらすわけにはいきません」
「ですが、イヴ様なら」
対処できるはず。
俺もそう思う。
「無理です」
「……」
「今はできないのです」
イヴの技量を知る俺からすると、不可能なんて考えられないことだ。
ただ、彼女の表情は嘘をついている者のそれじゃないから。
「ササリーシャ様、ここは退避を受け入れてください」
「……嫌です」
「受け入れていただけるなら、伯爵様のことは……後ほど何とかしましょう」
「えっ!?」
今は無理でも時間が経てば可能だと?
「ほんとですか?」
「はい」
「でもそれなら、今すぐ」
「無理です、今は」
「そんな、どうして?」
「理由は言えません。が、後ほど必ず」
「……」
「「「お嬢様!」」」
「「「ササリーシャ様!」」」
俯くササリーシャ嬢の表情は納得しているものじゃない。
それでも。
「父のこと、本当に助けてくれますか?」
覚悟を決めたようにも見える。
「イヴ様?」
「約束します」
「そう、ですか」
頭を軽く振り、ゆっくりと頷くササリーシャ嬢。
どうやら、この仮面の出番はなさそうだ。
と仕舞いかけたところに。
ドッガアァァン!!
表から轟音!?
「「「「「「「「おおぉぉぉ」」」」」」」」
「「「「「「「「やったぞ!」」」」」」」」
まさか、イヴの術が破られた?
「「ここは危険です」」
「「急ぎましょう」」
「「ササリーシャ様」」
侍女と騎士たちに促され裏門へと足を向けようとするも、ササリーシャ嬢の顔は正門に向けられたまま。そして目線はイヴの方へ。
「問題ありませんので、ササリーシャ様は退避ください」
「イヴ様は?」
「彼の者たちの足止めを済ませ次第、あとを追います」
そう。
術が破られたのなら、再度展開すればいい。
イヴにとっては造作もないことだろう。
とはいえ、すべてを彼女に任せるというのも座りがよろしくない。
「私も手伝いますよ」
「コーキ様まで……」
気遣ってくれるのはありがたいが、今はそれより。
「こちらの心配は無用です、ですからササリーシャ様」
少しでも早く正門から離れてほしい。
もちろん、湖畔の館を去りオルドウに戻っても追手が差し向けられる可能性はある。それでも、このまま残るよりは安全だ。
「……分かりました。ですが、どうか、どうか、無事にお戻りください」
「「承知しました」」
ササリーシャ嬢と侍女、騎士たちが去り、正門傍に残るのはイヴと俺の2人だけ。すぐそこにはシャリヌの姿。今にも正門へと足を踏み入れようとしている。
となれば当然。
「セット……アイソレーション」
先程同様の術式が発動されるというもの。
「「「「「くっ!」」」」」
「「「「「またか?」」」」」
再び現出した隔離壁を前に足が止まるシャリヌの面々。
いとも容易く足止めが成功してしまった。
のだが……。
「おまえら、そこをどけ!」
手練れらしき大男が壁に近づいてくる。
そして。
「むん!」
一閃した大剣が隔離壁に衝突。
ドガァン!!
剛剣とはいえ、たったの一撃。
それだけで隔離の術壁にひびが入った。
「あれは、ドゥエリンガー?」
ん?
「魔剣ドゥエリンガー!?」
その銘、剣姫の愛剣と同じじゃないか?





